こんにちは。今回はまた攻略対象の一風変わった学園恋愛もののご紹介です。冬至さんの「高対称のi」です。

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ジャンル:学園もの乙女ゲーム
プレイ時間:30分
分岐:3つ
ツール:ティラノスクリプト
リリース:2021/5


少し前に、攻略対象が人外クリーチャーのノベルゲームをご紹介しました。今回取り上げる「高対称のi」も攻略対象は人ではありません。では何か。幾何学図形です。攻略対象となるのは完全無欠のまる先輩、子分に慕われ威勢のいいさんかく先輩、読書と四字熟語が好きでいつも冷静なしかくくんの3人。
数年前にかなり話題になった黒城ろこさんの「どとこい」「ドトコイ」を思い浮かべる方もいるかもしれませんが、好感度が上がるにつれて解像度も上がり、しっかり人間の姿として見えるようになっていったあの作品とは異なり、本作では幾何学図形が真の姿。いつまで経っても円や正方形の姿のままです。

そんな攻略対象たち。単に図形が攻略対象ですというだけでは全く想像できないほどきちんとしたキャラ付けがされており、それにプラスして数学の豆知識が登場。詳しくは後述しますが、このあたりの設定の付け方や話の持っていき方が凄く上手いんですよね。そんな3人を軽く紹介しましょう。

まずは喜華学(きかがく)学園に入学初日、道に迷っていた主人公(名前任意)を優しく案内してくれた生徒会長のまる先輩と出会います。
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「非の打ち所無い対称性がとても眩しい。」などの言葉遣いが味わい深くて面白い。
どの方向から見ても同じ対称性を保っている円の性質を反映するように、まる会長は誰に対しても平等にとても優しい。しかし主人公の”わたし”とは何かしら深い縁を感じている様子。その秘密はまる会長ルートの最後で明らかになります。


続いて放送室へ向かう主人公はまたしても道が分からず、今度はさんかく先輩に道を教えてもらいます。
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ピシッとした角度で威勢のいいさんかく先輩ですが、多くの子分たちに慕われるリーダーシップと思いやりのある先輩です。小さい三角形(子分たち)がなついている様子がとてもかわいらしい。

最後に図書室で出会った主人公と同じく新入生のしかくくんです。
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どっしりと構えた正方形らしい性格のしかくくん。4という数字に共鳴するところがあるらしく、四字熟語や漢詩の絶句が好き。数学ネタが多いこの作品の中で文系ネタのアクセントを加えてくれます。彼も主人公と重要な共通点があるようだがそれはいったい…?


学園恋愛ものには不可欠な同性の友人もいます。それがこちらの二階微分(にかい・びぶん)ちゃん。
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xの上に2つの目玉。私にはこのネタは通じましたが、大学で物理をやったことのある人にしか分からないかも。物理量xの時間微分を数学の世界では(時間を表す変数をtとして)dx/dtで表しますが、物理では簡略化のためにxの上に点を1つ打って表現したりします。それをさらに時間微分する(つまり二階微分になる)と点を2つにして表現します。ニュートン記法と言われる書き方ですが、この点を目玉に見立てる発想が分かる人には面白いネタでした。


さて、こんな感じで数学のネタが大量にちりばめられた本作ですが、それぞれの図形の特徴を生かしてキャラクター性をつけ、さらには乙女ゲー的展開に持っていくのが上手いんですよね。あまりしゃべるとネタバレになってしまいますが、本作では主人公はとある秘密・悩みを抱えています。それゆえにみんなと仲良くしてもらっても自身を持てずにいるのですが、まる会長もさんかく先輩もしかくくんも、みんなそんなこと気にしなくて大丈夫だよとそれぞれ別のアプローチから勇気づけてくれます。その方法を数学に絡めており、テーマが一貫しているのがすごいところです。
多分ある程度数学が得意な方なら、主人公の悩みについては予想がつくし、さんかく先輩が教えてくれる事実についても知っているでしょう。しかしまる会長の持つ悩みについて主人公の秘密がリンクして逆に勇気づけたりとか、しかくくんが主人公と一体感を覚える理由については言われるまで気づきませんでした。言われてみればその通りで納得感もあるんですよね。誰のルートに入っても、主人公がしっかりと自分を受け入れて前を向いて進んでいけるのが気持ちいい。

本筋の秘密ではないのでこれは書いちゃいますが、よく「見た目がすべてじゃないよ」というような言説があります。しかしそれは外見に悩む人が多いから言われるわけですよね。本作においては、「見た目の形に注目する」のがユークリッド幾何、「中身(図形の持つ角の数だったり、他の点とのつながり方だったり)に注目する」のが非ユークリッド幾何として表現されているのが絶妙。高校までで習う普通の幾何学だけでなく、アフィン幾何やシンプレクティック幾何といった直感的ではない幾何もあるのです。この辺は私も理解しているとはいいがたい分野ですが、ここまでゲームで触れられるのか!と驚いた点でもあります。

もう一つ。自分が普通の人と違うといって悩むことも良くあります。本作においては、これは普通だと思っていたものよりも実は普通でないものの方が多い例として代数的数と超越数が出てきます。代数的数というのは代数方程式の根となる数のこと。超越数とはそうでない数のこと。
確かに、私たちが普通に数と言って思い浮かべるものは大抵代数的数です。整数や有理数はもちろん、ルート2などもすべて代数的数なので、これが普通なのかと思ったりします。しかし実は"普通"でない数、超越数の方がずっと多く存在するというのがカントールの対角線論法によって割と簡単に示せます。だから、何が普通なのかなんかで悩むのは無意味だし簡単にひっくり返っちゃうから気にしないでいいよ、ということになるのです。
私がこれまで単に数学的事実と思っていたことが、こうして乙女ゲーに活用できるんだというのが私の感動ポイントでした。


という感じで本作は、乙女ゲーとして美味しい部分に数学のスパイスが使われています。しかしそれ以外の小ネタも盛りだくさんなので、私が拾えた範囲で書いてみましょう。



  • 入学式でユークリッド校長が説明した5か条
    ユークリッド幾何学における5つの公準のことですね。最近は5条目に異議を唱える生徒もいる、というのは非ユークリッド幾何学のことを指しています。
  • 二階微分ちゃん
    物理委員になった時「ん-、私がこの見た目でいられるのも物理のおかげみたいなところあるからね。」は前述の物理で使うニュートン記法を指しています。彼女がニュートン先生を好きなのもそのためでしょう。
  • まる会長の対称性
    周りから、「SO(2)の対称性らしいぞ」と言われているシーンがあります。これは特殊直交群と呼ばれるリー群の一種ですね。中心を固定して任意の角度に回転させても同じ形になることを表現する群です。ちなみに、中心を通る直線に関する線対称であることも含めるならO(2)という群になります。
    (7/17追記)ややネタバレなのでたたみます。クリックで展開SO(2)は回転対称のみを含んでおりO(2)には含まれる反転は含まないので、裏表で区別があることを意味します。ということは、まる会長の表ではみんなの期待に応えて真円としてふるまっているけれども、裏では真円とのずれについて人知れず悩んでいるのを表現しているとも考えられるなと思いました。

  • グループ課題の時、群に分かれる
    上の項目で述べたように、図形の対称性は群で表現することができます。円ならO(2)、正三角形ならD3、正方形ならD4と書けます。(Dnは二面体群と呼ばれます)
  • フェルマー先生が、「余白がない」と言う
    フェルマーの最終定理の証明に関して、フェルマー自身が「この定理に関して、私は真に驚くべき証明を見つけたが、この余白はそれを書くには狭すぎる。」というメモ書きを残した逸話のネタです。
  • フランス語のガロア先生が「時間がない」と言う
    ガロアは今日ではガロア理論と呼ばれる理論などに大きな功績を残した数学者ですが、なんと決闘によって弱冠二十歳で亡くなっています。決闘を翌日に控えた日に書いた手紙には「僕にはもう時間がない」という走り書きがあったという逸話があります。
  • 日本史の関先生
    和算で有名な江戸時代の日本の数学者、関孝和のことですね。


というわけでゲームから外れた内容も多くなりましたが、「高対称のi」でした。
数学ネタが拾えなくても、王道の乙女ゲームとして楽しめると思いますのでぜひ。