フリーゲームの森

フリーゲームのレビューブログです。 ノベルゲーム・アドベンチャーゲームを中心にお勧めの作品を紹介します。
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2022年02月

こんにちは。今回はばするぅむさんの「かえりみち」です。今回についてはいつものレビュー回というよりコラム回のノリに近くなると思いますがご了承ください。

kaerimiti1

★favo
ジャンル:ノスタルジー系恋愛ノベルゲーム
プレイ時間:1時間
分岐:なし
ツール:吉里吉里
リリース:2012/4


まずはいつも通り大まかなあらすじをご紹介しましょう。
主人公の高木圭一は鹿児島県の霧島町(現・霧島市)に住む高校3年生。同学年で家の近い小湊ほのかとは小学生のころからの縁で、田舎特有の長い通学路をずっと一緒に通ってきた。しかし進路のことを考えなくてはならない年齢になり、この関係ももう長くは続かないことを寂しく感じていた……。

という感じでしょう。まさにタイトルの通り"かえりみち"にほのかと会話しながら帰ってくるというのが物語の大部分を占めるテーマでもあります。
さて本作ですが、プレイしていて大変驚いたところがあるので最初にそれについて書きましょう。

作風が完全に「むきりょくかん。」の作品のそれ!!!

はい、プレイ開始前にReadMeを読んだときに、背景画像提供としてむきりょくかん。のクレジットがあり、さらに本作のメッセージウィンドウが「ごがつのそら。」「ほしのの。」のそれと似ていたので気にはしていたんですが(ただしゲームエンジンは異なる)、そんな表面的なところにとどまらないほどにそっくりです。特定の目的なく緩やかなおしゃべりをするシーンが根底にある、文章は1人称で時折ノスタルジックな発言やその他の感想のような文が入る、ピアノ曲中心のBGM選曲、舞台となった実在の地名が明らかにされる、シーンの切り替わりで情景描写が入る、などなど何をとってもむきりょくかん。を連想する要素のオンパレード。中盤で"「ほしのの。」という映画"の感想の話が出てきたところで、本当にこれ別人だよな、むきりょくかん。の吉村さんの別名義とかじゃないよなと途中でサークルのHPを確認に行ってしまったほどです。

その結果、ばするぅむさんのサイトトップにはあの懐かしのツッコミフォーム(by むきりょくかん。)が! (注:コメント送信用CGI)
さらにハンドルネームで検索すると、作者の成井芳織さんはむきりょくかん。の日記へのコメント常連であったことが分かって、ファンが高じて自作にこんなに明確な影響を受けることもあるんだなと感じました。

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本作の話に戻ります。そんなことがあって雰囲気が似ているのもあり、私は本作の雰囲気がかなり好きなんですよ。何らの目的もなく続くような日常の描写って、往々にして飽きてしまうようなことがありますが本作はそんなこともなく、圭一とほのかの距離感だったり、受験や進路に向けて何となく考えていることだったり、そう言ったシーンを微笑ましく眺めることができました。


というようなことばっかり言っていると、他者の作品の劣化コピーなのかと思われるかもしれませんが、そのようなことはありません。本作の場合、独自の魅力としてまず幼馴染ものという要素がありますね。子供のころは帰り道でこんな寄り道をした、とか、中学校のスクールバスが懐かしいとかの表現によって、キャラクターに立体感が生まれるのです。当然ですがプレイヤーは登場人物について、作内で描写される情報しか持っていません。単純にシーンを順に脚本のように紡いでいっても、キャラクターの平面的な部分しか見ることができませんが、思い出のシーンなどが入ることによってキャラクターに過去からの流れという新たな次元が交わり、より多角的に魅力を受け取ることができるように感じます。

また、本作は帰り道にだらだらと喋りながら歩いていくという、誰にでも経験のあるシーンがテーマとなっています。物語は基本的に何でも主人公の立場になって読むタイプの私にとって、これは非常に感情移入しやすい内容でした。私の場合残念ながら、毎日一緒に通った幼馴染がいたわけではないのですが、それでも部活の後で友人と歩いて帰り、受験のこととかも考えなきゃな~とか思っていたのは今となっては貴重な出来事だったと思い出させてくれました。
舞台となった地域の描写がしっかりしているのも、2人の空間を想像しやすくなってよかったと思います。本作内の時間は2005年(公開は2012年です)。調べたところこれは旧霧島町が実際に市町村合併で霧島市となった年でした。作内でその描写もあるなど、現実に忠実であることによって舞台のリアルさが増し、私をより深く圭一とほのかの世界へと連れて行ってくれたのではないでしょうか。

そして、文章力も確かですね。比喩を用いた表現などが多用され、どちらかというとゲームというか小説寄りのテキストかもしれません。私が好きなのは、受験が終わって帰るときの「色のない街の中を帰っていた。」ですね。私も大学入学を機に地元を離れた経験があるので、あの時の希望と不安と緊張が綯い交ぜになったような気持ちを思い出したりしました。

さて、本作をプレイしていて気になった点もあります。まずは、シーン同士の繋がりがあまり感じられなかったように思います。例えばお祭りの場面。圭一はほのかを怒らせてしまいますが、その前ぶれだったりフォローだったりという部分が十分でなかったのではないでしょうか。一応なぜそんなに怒っていたのかは判明しますし、翌日謝って許してもらったというような描写はありますが、その後の展開に結びついていないように感じてしまいました。ここだけ孤立していて、なかったとしても成立してしまいそうな感じです。ほかにもところどころ、話の流れから独立してしまっていると感じる場面がありました。
しかしそれらのシーンも個別の場面としてみれば、圭一とほのかの関係性が浮かんでくる良いシーンだなとも思えるので惜しいところです。

そしてエンディングも、確かにまとまってはいるんですが、そこはオーソドックスに1年後の話をして欲しかった。これは単に私の好みというレベルではありますが……。


というわけで、脱線も多くなりましたが今回は「かえりみち」でした。
田舎で幼馴染ものというワードに惹かれる方、地元にノスタルジーを覚える方、むきりょくかん。(特に「ごがつのそら。」)のファンの方は読んで損のない作品だと思います。

それでは。

こんにちは。今回は月の側面さんの「夕暮れ叙事詩」のご紹介です。


ジャンル:現代探索ホラーアドベンチャー
プレイ時間:1時間半
分岐:なし(ゲームオーバーあり)
ツール:RPGツクール
リリース:2017/8

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本作は、一人の小説家にかかわる物語を追うアドベンチャーゲームとなっています。最近はホラー系の作品の記事が続いています。本作はその中でも割としっかりホラー要素がありますが、そんなに得意でもない私でも十分クリアできたので、苦手な方でも物語を楽しめる範囲でしょう。


本作の物語は、主人公の高月秋乃が謎の少女から「近くの石碑に来て」という電話を受けるところから始まります。不審に思ったもののその声にどこか聞き覚えがあるようにも感じた秋乃は、指示通り石碑に向かいます。そこで何かを埋めた跡を発見した秋乃は掘り返してみると、なんと先ほど電話をかけてきたと思しい少女の遺体が埋まっているのだった…。
さらに電話で謎の男から、少女の名前は帷(とばり)ということを聞き、また帷の遺体を持って家に来いと要求される秋乃。困惑しながらも指示に従って男の家に行くと、なんと目を離した隙に帷が動き出した。さらには家の中に散在していた帷の日記らしきメモ。男に監禁されていたと読めるそのメモの内容に、秋乃は帷を救うことを決意する。

このあたりまでが本作の導入部分と言えるでしょう。帷はなぜ男の家にいたのか、そもそも何者なのかといったあたりは物語の大切なテーマとなります。
本作ではそれ以外に、"戸隠桂馬"という作家の人物像や、その作品たちも非常に大きな役割を果たします。彼はどうやって作品を書いていたのか、帷とはどういう関係なのかというあたりが物語中盤以降の肝となってくるでしょう。


概要の説明はこのあたりにしておいて、本作をプレイした感想としてまず思うのは、雰囲気などの演出が優れているなというところです。冒頭の、秋乃が石碑のところに向かう場面。山道を歩いていくのがオープニングムービーを兼ねるような演出となっており、単純ながら面白い手法だなと感じました。イラストもすごくかわいらしいですね。土の中に埋まっていたはずの帷ですが、どこか美しいと感じられるスチル。動き出してからの寡黙なキャラクター性も謎に包まれた感じを出していてストーリーに合っていたと思います。
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その他でいうと、メモの中で足音が迫ってくる場面。帷のメモがそのまま秋乃たちの世界に影響してコツ、コツと得体の知れない足音が迫ってくるのが上手かったと思います。その後はそのまま探索ホラー定番の追いかけっことなるのですが、狭い場所で切り返して脱出する必要があり結構難しいです。その他にも何度か追いかけっこのシーンがありますが、当然どれも一発ミスれば死亡の上追手の速度も速いので、そこに来るまでの探索中にしっかりとマップの通路を把握しておかないと逃げきれないでしょう。頻繁なセーブで自衛しましょう。
また、終盤の病院で患者たちを避けるところもかなり難しかったです。ちょっと観察すれば、簡単な行動パターンをしていることがわかるので、落ち着いて安全なルートを考察し出口に向かいましょう。


さて、本作の特徴的な要素として、ストーリー中の多くの場面で見ることのできる"フェイスチャット"があります。進行フラグを進めるとよく左下に、その場面のタイトルっぽかったり、人物の感想っぽかったりするテキストが表示されます。私は初回プレイでは、フラグが進行したことを示したり、行動指針のための親切な設計なのかなと思っていたのですが、後からそこをクリックできることに気付きました。吹き出しアイコンをクリック、あるいはキーボードのC押下でちょっとした会話を見ることができます。なかなか面白い仕掛けですが、いかんせん気付きにくい。readmeにもこの機能の紹介は一応あるのですが、イベントの発生のさせ方が書いていなかったのでスルーしちゃってました。というわけで皆さんは見逃さないようにしてくださいね。


本作において様々な怪奇現象やホラー的要素が現れる原因としては、"小説を書く者の恨み"のような部分があります。ファンレターはたくさん来るが、その中にはどれ一つとっても作家である自分を理解してくれる内容はない。こうした状況がまた孤独感を強めたとも読めます。なるほどと思いますし、本作における帷の悲劇性をよく表しているなとも感じるのですが、同時にゲームの作者もこうした感情を持つことがあるのだろうかと少しだけ気になりました。私は小説ではありませんが、ゲームについてこうして感想やレビューを書いているのであまり他人事ともいえないですね。もし私が書いた内容が作者の意図からして的外れだったとしても、そう感じる人もいるんだなあくらいに思ってもらえたらうれしいです。


脱線はこのくらいにしておいて、本作の重要な登場人物は他にも、秋乃の親戚(はとこ)の朱莉と、その友人の千歳がいます。彼女らもキャラクターが立っていて、フェイスチャットの会話の幅が広がり良いですね。さらに終盤では彼女らの友情、過去といったところに帷が干渉していきます。この展開については、なぜ帷は朱莉にも手を加えるのだろうという疑問が先立ってしまいます。帷が秋乃にこだわる理由については納得感もあったし、良い話だなと思えたのですが朱莉と千歳の過去も知っているとなるとこれは単なる超能力ではないかと感じてしまいます。秋乃については(中盤くらいで見当がつくと思いますが)プレイヤーにしっかりと因果関係が見えて気持ち良いです。私はやっぱり、ゲームの中といえどなんでそうなるか全くわからない理不尽な部分はあまり好きになれないみたいです(そのシュールさが逆に笑えるコメディなら別なのですが)。


といろいろ書きましたが、エンディングがとても綺麗で、冒頭部分の秋乃の行動が回収されていたので(私はそれまですっかり忘れていました)、読後感もすっきり良好な作品です。きちんと理解者に出会えてよかったですね。

それでは。

こんにちは。今回は皐月の夢さんの新作「ミライカガミ」をご紹介します。

(2023/6/20追記:現在、本作品のフリー版は公開を終了しています。追加シナリオ、スチルの入った製品版が公開中です)


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ジャンル:サスペンスアドベンチャーゲーム(ちょっぴり陰鬱)
プレイ時間:1時間半、フルコンプで2時間強
分岐:Bad3、Happy1
ツール:WOLF RPGエディター
リリース:2022/1


まずは本作のあらすじを軽くまとめておきましょう。
柊イツキと有明アカネは高校2年生。ともに吹奏楽部へ入っており親友でもある彼女らは、進路に関する雑談をしたりする中で、10年後の夢を見られるというおまじないを試すという話になる。信じてはいなかったイツキだが、夢の中で本当に自分が10年後の自分になっていることに気付く。しかしなぜか見知らぬ男と手錠につながれ、燃え盛る倉庫の中に倒れているという恐ろしい状況。もう2度とおまじないを試すことはないと思うイツキであったが、なんとアカネの見た10年後は棺桶の中だったという。アカネの死を阻止するべく、イツキは再び10年後の世界へ行って事件の真相を突き止めることを誓うのだった…。

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ちょっと長くなりましたがこんなところでしょう。本作のタイトルとなっている「ミライカガミ」は、この10年後の夢を見られるというおまじないのことです。手鏡に口紅で名前を書いて枕の下に入れておくと、自分の10年後の夢が見られるという都市伝説風のおまじないです。ホラーの導入としてもすごくよくありそうな内容ですが、本作はホラー要素はほとんどありません。しかし、"ホラー風"の演出は所々に仕掛けられており、本作の面白いところの1つでしょう。タクシーの運転手の話とか、めちゃくちゃホラーっぽいのに直後に脱力系のオチがあってめちゃくちゃ意外でした。
また、調査の最終局面では暗い室内を探索する場面があります。ここではホラー的ギミックもありますが、これも苦手な人にも問題なくプレイできる範囲でしょう。しかもこのギミックが物語の進行にかかわっており良いですね。

また、本作では登場人物のキャラクター性や背景などがきちんと描かれているのも良いですね。最初の夢の時点ではさっぱり正体の分からない謎の人物であった灰谷ムツミ。イツキのことを知っている風だけれども別に未来の友人とは思えない態度には、最初のうちはコイツ誰だよと感じますが、居酒屋調査でのいたずらだったり、メロンパンのエピソードだったりといったものが挟まっていくうちに親近感の持てるキャラクターになっていきます。イツキの依頼を受けて調査に付き合ってくれる理由が語られるシーンなどはおおっと思いました。
その他にも、被害者であるアカネ、吹奏楽部の先輩でアカネと付き合っているイオリ先輩、先輩と以前に付き合っていたらしいミナコ先輩なども魅力的に描けており、イツキが現在時間での彼らとの交流から10年後の世界で調査を頑張るエネルギーをもらう様子も納得感のあるものでした。

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さて、無視するわけにはいかない事件の捜査パートのお話です。
現在と10年後を行き来しながら情報を仕入れ、真相解明に向かうというのは先に述べたとおりです。この捜査パート、難易度という面では高くありません。特定の場所を調べたり、簡単な暗号を解いて鍵を開けたりすることでフラグが進行します。Bad End1、Bad End2の分岐に関しても、かなりわかりやすいと思います。詰まった場合でもreadmeに攻略ページへのリンクがあるので安心です。
また、夢(10年後)の世界と現在の世界の2つを交互に探索し調査するという仕組みのため、情報が次第に手に入ってきて真相に次第に近づいていくという演出に関して、とてもよくできていると感じました。
そしてBad End3とHappy Endの分岐ですが、ここはきちんと探索をしておかなくてはなりません(とはいっても難しくはありませんが)。主にムツミさんに指示を受けて調査する夢の世界ではなく、イツキ自身が動いて立てるフラグがHappy Endへのカギを握っているため、自らの手で未来を切り開いたという達成感を得ることができるでしょう。ちなみにその反面、3つのBad Endはどれも救いのない内容です。特にBad End3は落差があるのでわりとショックでした。


というわけで今回は「ミライカガミ」でした。最後のシーンのムツミさんがかっこいいのとアカネの貢献が素晴らしかった(時差をうまく活用してますね)のでぜひHappy End回収までプレイしてみてください。ちなみに、作者さんの前作「親愛なる○○へ」がプレイ済みだとにやりとできる場面多数です。陸と陽介が仲良さそうなのを見ると、良かったな~という気持ちになります。また、現在と10年後と言いながら、生年月日の設定を見る限り2022年なのは10年後の世界のようです。でないと"事故物件"も時効ですね。

それでは。

こんにちは。今回はフリーゲーム周辺の話題をお届けする回です。

さて、昨年の末頃にTwitterにて、東大のミュージカルサークルがホラーゲームのIbを原作とした舞台をやるという情報が回ってきまして、観劇の申し込みをしていました。今日はその際の動画を観賞しましたので、その感想なんかについて書いていきたいと思います。
ミュージカルを見たことは数えるほどしかなく技術的なことも分かりませんので、原作との比較とかそのうえで公演の良さみたいなことを中心にしていきます。



まずその公演「Ib -the Musical-」を行ったのは、東京大学ミュージカルサークルClavisさんです。該当公演の特設ページはこちら。原作となった「Ib」はkouriさんによって2012年に公開された超有名フリーホラーアドベンチャーゲームなので、このブログを見る方はご存じの方が多いでしょう。一応軽くまとめておくと、両親と一緒に美術館へ"ゲルテナ展"を見に来たイヴが絵画の中の世界に迷い込んでしまい、そこで出会ったギャリーやメアリーと一緒に不条理な世界からの脱出を目指すという内容です。本公演は、原作者kouriさんに許諾をもらったうえで舞台化したものということで、きちんとしてるなと思うと同時にその珍しい試みが大変興味を引きました。
原作の魅力の1つに、美術館内に多数登場する絵画や彫刻などの作りこまれた世界観があります。ゲームというデジタル媒体で築かれたこの世界をどう舞台に落とし込むのか、というところに注目しようと思ってみていました。

一応注意しますが、本記事・本公演は原作のネタバレ多数なので、ネタバレが嫌な方はぜひ先に原作をプレイしてください。













ネタバレOKですね? いきますよ。
見終わってですね、まず思うのは、原作リスペクトしてるな~という心地よさです。例えば幕が上がって間もなくの場面から登場する赤青黄のドレスの三人組。原作を最後にプレイしたのは多分5年位前だと思うのですが、一発で「無個性」だと分かりました。再現度たけ~。
もう一つ挙げると、「赤色の目」でしょうか。原作前半のトラウマシーンで有名なところですね。こうした"それ知ってる!"となるシーンがあるというのも、"物語の先が気になる!"と同じように作品の魅力になるんだなあと感じました。
他にも、ここでイヴが登場してギャリーの薔薇を集めるんだ! とか、ここで「聞き耳」がいてメアリーに「告げ口」するんだ! とか、ファンならたまらない箇所が満載でしょう。

さて、ミュージカルの要素と言えば脚本だけじゃないですね。音楽・歌も欠かせません。本公演内では、原作内で使われていたBGMの編曲による楽曲とオリジナルの楽曲が両方使われているようです。
公演冒頭のシーン。イヴが母親とゲルテナ展に来るところですが、このシーンの音楽は原作をプレイした人ならピンと来るはず。そう、原作内で同じシーンで使われていた曲です。そして先ほど述べた「無個性」を見つけたりして、原作そのままなのかな~なんて思っていたら、きちんとミュージカルらしく歌が始まります。しかしそのメロディラインは先ほどのBGMと同じ。なるほど、素材を編曲して歌詞をつけたんですね。先ほどまで私の頭はゲームになっていましたが、これによってシームレスにミュージカルの世界へと誘い込まれた感じがします。ただ、ちょっと音域が低くて歌いにくそうな役者さんが多いかなとも感じました。女性が多いみたいですし、原曲から多少移調しておいた方がよかったのではないかな。私が合唱に取り組んでいるせいで評価が厳しくなっているのかもしれませんが。感染対策のフェースシールドのせいで歌声がこもっちゃうとかもあるかも。

とか思いつつも続いていく公演で続々登場するオリジナル楽曲と歌たち。歌詞によって伝えられる内容って、台詞だったりテキストだったりとかよりも直接的に私たちに訴えかけてくる力があるように思います。それを一番感じたのは、クライマックスともいえる"最後の舞台"のシーンです。「あああーーここで分岐あるんだよぉ」と思ってみていた私。額縁を通り抜け現実世界に戻ったギャリーと、すぐ隣で甘い言葉で引き留めるお母さん。ここすごく良かったですね。現実からのギャリーの叫びの迫真、何とかして美術品の中にとどめようという執念の誘い文句。普段ドラマなどを見ない私ですが、素直に演技がいいと感じました。
歌が一番うまかったと思ったのはゲルテナです。ほかの役者さんと一線を画すような歌い上げだと感心しました。”あの子の願いは”の場面ですね。メアリーがあのような最期を迎えた後でのしっとりした歌声、イヴに問いかける内容の歌詞。完璧と感じます。「うん」「すごく」の返答が曲に心地よく溶け込み高音と低音の対比を生んで、編曲もよいですね。「約束したの。メアリーが憧れた外の世界を大切に生きていくって」名台詞だ。
変わった歌の枠では、蟻の歌が好きですね。カッコいい自分の絵に見惚れる蟻。調子のいい感じのキャラクター性を出した歌い方と、薔薇の花びらがライフになっているというゲームシステムを説明してしまうというアイデアが面白かったです。流石にそのカッコいい絵を踏みつけるあのイヤ~なギミックは組み込めなかったか。


キャラクターでいうとギャリーが好きでした。原作で特に推しとかいう感じには思ってなかったんですが、公演見て好きになりましたね。オネエ口調だったのとビビりだったのは覚えてますが、あんないい人だったっけ。"人間と美術品"のところの歌や演技がよかったと感じました。また、イヴを先導して頑張るんだっていう意思が全編であふれてますよね。原作でどんな感じだったか確かめなければ。

そして、雰囲気を作るという点では、"傀儡道化"のシーンが好きです。外の世界に出ても望みは叶わないと知ってしまったメアリー。自分を置いて出ていこうとするイヴとギャリーに対する憎悪へと進み、美術品全体がイヴの選択を非難する。世界そのものがメアリーによって変化したり、彼女に対しても理不尽な現実があったり、といった世界観は原作でも大きな魅力でした。そこをうまくミュージカルという形式で表現していると感じます。


全体として、原作の思い出を想起させてくれると同時に、ミュージカルという媒体の表現力についても良さを感じさせてくれる内容でとても楽しめました。現実派のノベルゲームとかならともかく、怪奇現象のあるホラーゲームなんて普通にやったらその内容を舞台の上で表現するなんて無理じゃないかと感じちゃいます。しかし、シーンの取捨選択に始まり、台詞や歌詞のほかにしぐさや表情で状況を伝える手段。音響効果や照明器具の使い方にも伝える力があるんだなと思いました。物語のカギとなる絵はプロジェクターで表示したりといった使い方は想定内でしたが、場面の連続や移り変わりを照明の具合によって自然に感じ取れたりするのはなるほどと思いましたし、蟻の表現方法についても面白かったです。

こうしたものを見ると、私が好きなほかのゲームも違う媒体で味わえないかななんて言う妄想もはかどりますね。「夏ゆめ彼方」や「ビューティフルパフォーマー」はぜひドラマで見たいし、「1999ChristmasEve」や「ひとかた」がアクションゲームになったらそれも名作になる気がします。

いつもと違う感じで記事を書いてきました。全美術品を登録するくらいにはやりこんだIbですが、最後にプレイしたのはもうずいぶん昔なので忘れているかな~と思っていましたが、公演を見ると何のシーンか一発でわかる。それほどまでの表現力がありました。気になるという方、Ibが好きという方はぜひ特設サイトの申し込みフォームから申し込んで、公開URLをもらってください。2/27までの公開予定ということですよ。
Ibの方も公開10周年となる今年にリメイク版の発表を予定しているとのことなので、そちらも気になりますね。

それでは。

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