フリーゲームの森

フリーゲームのレビューブログです。 ノベルゲーム・アドベンチャーゲームを中心にお勧めの作品を紹介します。
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2022年10月

こんにちは。今回はTwitterで予告した通り、サカモトトマトさんの「ジュエ☆スタ!」のご紹介となります。

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ジャンル:さめがめ系パズルゲーム
プレイ時間:1プレイ2~3分
リリース:2022/10



Twitterで作者さんの宣伝ツイートが流れてきたのでブラウザでちょこっとやってみるか~と始めてみたらいつの間にか1時間経ってました。
落ちもの系に分類されるシンプルなスコアアタックパズルゲームですが、ノルマという要素が含まれることによって運の要素が加わり、次こそはハイスコアをとる! という気持ちにさせられる作品です。


ルールはよく見る”さめがめ”に近い内容です。盤面上にある宝石をクリックすると、同じ色の宝石が隣り合っている部分が丸ごと消え、上から新たな宝石が降ってきます。この時に消した宝石の数に応じてスコアの加算があります。(1度に消した宝石の数-1)の2乗に比例する点数が入るので、一気に多くの宝石を消した方が有利になります。
さらに一気に5つ以上の宝石を消した場合、クリックした地点に通常は出現しない銀色の宝石が登場します。他の宝石と消すルールは一緒ですが、消したときの得点が3倍になります。

そしてもう一つ重要なのがノルマです。
ゲーム中常に画面上部に「赤で300点取ろう」「3連続で5個つなげる」などの目標が表示されています。この目標を達成したときにはスコアボーナスに加え、5秒のタイムボーナスもあります。これが非常に重要なので、本作を攻略するときにはいかにノルマを素早く達成するかという争いになります。
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まだflashが生きていたころ、daina's worldというサイトの「殲滅 斉色乱舞」というゲームを割とやり込んでいたのを思い出しました。残念ながら現在はサイトが消滅してしまっているようですが、web archiveRuffleを使うとなんとプレイできました。今やってみてもレベルMAX到達はできたのでそこまで腕はなまってなさそうです。

さて、本作の攻略感と殲滅 斉色乱舞のそれはちょこっと似ています。どこが似ているかというと、正確な判断よりは素早い判断が求められるという点です。本作ではさめがめ系パズルには珍しく、同じ色の宝石と隣接していない孤立した宝石もクリックで消すことができます(ただし得点は入らない)。そのため少ないクリック数で宝石を消すには……ということを考えるよりも、1つずつでもいいから消したい宝石を素早くクリックしていった方が高得点に結びつきやすいのです。このことから若干ゲーム性が単調な感じはします。


本作にはもう一つ、キャラクターという要素があります。ゲーム開始時にどのキャラクターを選ぶかによって異なる特殊効果を得ることができます。
一番左のシェリーを選ぶと、2つある補助効果を他のキャラより1回ずつ多く使うことができます。ただしクリック時のアニメーションが遅くなり、次の入力受付までの時間が延びるというデメリットがあります。
真ん中のエルミアは初期制限時間が30秒短くなる代わりに、ノルマ達成時のタイムボーナスが3秒長くなり、スコアボーナスも1割増しとなります。
右のセナードは、銀宝石のスコア倍率が3倍から4倍になります。

と、3人のキャラクターがいるわけですが、高得点を目指すならエルミア一択です。タイムボーナス+3秒のメリットが大きすぎて他の効果がかすみます。慣れてくるとノルマ15達成は当たり前。ハイスコアを競う場合はノルマ25達成とかの世界になってくるので、初期制限時間の減少を差し引いても40秒ほどの延長効果が見込めます。
逆にシェリーは待機時間延長が非常に痛い。純粋にクリックできる回数が減ります。補助効果を計4回も使う暇がありません。


私は金曜日に本作をだいぶやり込みまして、ランキング1位になったのですが、現在確認するとその記録は抜かれて私は2位ですね。現在の私の記録が117,424点なのに対しトップが14万点超えなのでだいぶ引き離されてます。
(10/30追記:現在の記録は163,762点となり、トップに返り咲きました。いつまで持つかな…)
ハイスコアを目指そうと思ったらノルマの当たり外れにかなり左右されるため相当の試行回数を要するゲーム性となっています。終盤で4連続5個消しとか難しいのを求められると厳しいですし、黄色20個等の単純にクリック回数が多くなるタイプのもの、同じ色の指示が連続で来るなどは外れのノルマです。逆に盤面に多い色の指示が来ると当たりですね。
もう一度トップ獲りたいなーと思ってプレイしていたんですが、1時間半くらいやったところで指がめっちゃ痛くなってきたので諦めました。マウスクリックを多用するのでガチ勢はやりすぎて腱鞘炎にならないようお気を付けください…リトライボタンですぐに再チャレンジできるのでついついやりすぎちゃうんですよね…

それでは。

こんにちは。今回はアクアポラリスさんの「さよなら、リアル」です。

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ジャンル:ボーイミーツガール系ノベルゲーム
分岐:基本1本道
プレイ時間:1時間
ツール:LiveMaker
リリース:2017/9


久々に心を大きく揺り動かされる系の作品に出合いました。まずはあらすじの紹介からまいりましょう。


主人公の柴里孝太郎は幼いころから母親に「あなたには奇跡を起こす力がある」といわれて育ってきた。母親亡き今も奇跡をかなえる相手を探す旅の最中。孝太郎はある田舎町で出会った少女、桂奈月に何となく奇跡の相手であるような予感を抱く。果たして謎多き少女奈月の抱える問題とは何なのか。孝太郎は奇跡を起こすことができるのか…


こんな感じでしょう。
今回は諸事情によりプレイ中の私の心境を青色の文字で示す中継方式でいきます。重要なネタバレのある場所は折りたたむのでネタバレOKな方は展開して読んでください。


~~~~~
まずはreadme.txtを読む。
辿り着いた海の町。
そこで出会った一人の少女。

二人だけの、短くて長い夏が、今、始まる―――
ふむふむ。所謂ボーイミーツガールものだな。

-オープニングテーマ-
『月の雫』
作曲:多夢(TAM)
TAM Music Factory 様
http://www.tam-music.com
お、TAMさんの月の雫じゃん。悲しげだけど優しく落ち着くあの曲、けっこう好きなんだよな~

-エンディングテーマ-
『愛の歌』
作曲:龍崎一
作詞/歌:Mai
龍崎一 様
http://dova-s.jp/_contents/author/profile061.html

「も~し~ 叶うなら~♪
あした~もあ~なた~のとなりで♪」
(唐突に脳内で鳴り響く音楽)

エンディング曲龍崎一さんの愛の歌じゃん!!
この曲好きなんだよね~なんと最近ちょうど目覚ましの音この曲にしてるし!!


確かにこの曲風はアクアポラリスさんの作品に合うかも~


~~~~~
ゲーム起動、開始する。
なにやら主人公は”特別な力”を持っていて、一生に一度奇跡をかなえられるらしい。

あ~冒頭に意味深なシーンを置いとくタイプのやつか。
ファンタジー気味の話なのか、単に思わせぶりなだけなのか…今後に期待。


~~~~~
海辺で奈月と出会う。

いきなりヒロインの登場!
ん~、ちょっと子供っぽ過ぎる?16にしては天然とかいうレベルじゃない気も。いい子な感じはするけどね。

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~~~~~
別れ際。

なるほど。ちゃんと冒頭で提示された”奇跡”が物語に絡んできそう。
期待できるかもな~


~~~~~
奈月と駄菓子屋に行ったり、神社で水鉄砲合戦したり。

楽しそう。でもこの様子見てると孝太郎の方も奈月のことを言えないくらいには非常識なのでは?
奈月自身が何かをあきらめようとしているところを見ると、これをどうにかできるかが奇跡の成否を分けるのかな~


~~~~~
3日目。旅館へ

ええ~ちょっと気が早くない??
サクサク進んで良いという見方ができないこともないけど…これはエロゲか?


~~~~~
その後……

なるほど。思いが届けば叶う。予定調和的で意外性がないともいえるけど、この安心感とほんのり心温まる感じがこの作者さんの持ち味だなあ。「五月雨の記憶」とかもそうだもんな~
ちゃんとタイトルにもつながる解決法で良かったなあ。

この後、本作の核心に関わるネタバレがあります。

クリックで展開 ~~~~~
タイトルに戻ると、"Real"編がプレイできるようになっている。

これは本編読了後に別視点からの話を読めるタイプのやつだな。よしよし。
本作でいうと、この話を奈月視点で読めるという事だろうか。
奈月の境遇については若干語られたけど、孝太郎は正直正体不明感が強いしな~その辺も分かってくるのかな。



~~~~~
冒頭の意味深なシーンを終えて…

???
なんだこのBGMは!

そ、そうか"Real"と"Phantasm"ってそういう事だったのか!!(期待値急上昇)
これは……救われるのだろうか。

~~~~~
何事もなかったかのように描かれる孝太郎と奈月の邂逅

ああ、ここから次第に話がずれていくのか。きつい展開になりそう。
ところでこれ既読スキップは効かないみたいだけど文章全く同じなのかな。


~~~~~
駄菓子屋で

確かに1周目に違和感あったけど…。
あの一般常識の無さ。そしてあの発言。
その原因に得心。


~~~~~
その後…

辛すぎる…騙されたぜチクショウ!!
後書きが…悔しいことにその通りだ!
それにしてもさっきまであった立ち絵が消えるだけでもここまでの虚しさ。
この演出効果的だなあ。

しかしさすがに救いがなさ過ぎてなあ。もう少しいい落としどころみたいなところなかったかなあ。
ふわふわしていて理不尽感も強いからなあ。

~~~~~
そして最後にIF編へ

そうそう、これこれ。この安心感。平穏のありがたみ。身にしみて感じるよ…
~~~~~


という感じなんですが、プレイしていてどうしてももったいなく感じたところが1つ。
おまけのIF編で孝太郎のことを「考ちゃん」と呼ぶシーン!!
絶対漢字が間違ってる!! もったいない!



以上、「さよなら、リアル」のご紹介でした。
「田舎の夏で女の子に遭遇」の古き良き展開の魅力を確認できると思います。

それでは。

こんにちは。今回はGigabit Millionさんの「おもいをつたえるプログラム」のレビューです。

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ジャンル:SF風ギャルゲー
プレイ時間:1プレイ3分/フルコンプまで20~30分
分岐:ゲームオーバーあり
ツール:ティラノスクリプト
リリース:2022/8


最近はやりのAIっぽいタイトルとノベルゲームには珍しい絵柄に目が留まってダウンロードしました。
いつものようにあらすじの紹介からまいりましょう。

主人公の高次宙(たかつぎ・そら)はRPG開発が趣味の高校生。なんとRPGに搭載するAIを開発し、そのAIがRPG世界を作り上げた神となったのです。しかし現実世界の宙は超絶コミュ障。女の子と目を合わせる事すらままならない始末。そんな宙を案じて神が現実世界へAIのピアを送ってくれました。ピアとともに思いを伝えられるよう特訓し、告白を成功させよう!



プロローグを読み終わったら”チュートリアル”へ行きましょう。ここでやや独特な本作のシステムをピアが可愛くノリ良く説明してくれます。
基本は一般的なノベルゲームやシミュレーションゲームと変わらない選択肢形式。各ステージごとに定められた目標を達成すればクリアです。しかし本作では選択肢は事前に選んでおかなくてはなりません。この後何が起こるのかを想像しながら適切な選択をして指示を与えましょう。その行動を起こす具体的なシチュエーションが分からないまま選ぶことになるので、初見だとナンセンスな行動を起こしてしまったりしますがそのあたりがギャグに転化されて面白いところだなと思います。


チュートリアルの目標は”じゃんけんに勝つ”こと。ピアと真剣1本勝負です。しかしその選択肢が

  • 「グー」
  • 「チョキ」
  • 「志村け〇」
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???????

こ、これは私に選べというのか? かの有名なバカ殿を???

というわけで真っ先に選びました。
……結果はもちろんミッション失敗。知ってたけどな! あとじゃんけんのお約束と志村けんに関係があることは知らなかった!


とこんな具合にネタをはさみながら思いを伝えるための特訓は続きます。

さて、スクリーンショットをみて気付いた方もいるかと思いますが、本作で登場する立ち絵はちょっと独特です。おそらく3Dモデルが作られていて、それを2Dのゲーム画面に落とし込んでいるんじゃないでしょうか。動いたりはしないのですがなかなか面白いなと思いました。
この方式のいいところは、ピアに様々なポーズをさせることができるということでしょう。先ほどのじゃんけんミッション失敗時なんか、
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こんなに腰を折って全身で残念な気持ちをアピールしてくれます。
他のステージでもビシッと様々なポーズを決めてくれるピア。そのキレの良さが楽しい。

あの「女教師・美喜」シリーズの影絵を連想するレベルです。本作には影絵だけじゃなくて色も顔もついてますから、そのパワーは強力です。
(「君の瞳はサンダーボルト殺人事件」シリーズはプレイしたことないのです。私が存在を知った時にはすでにDLできない状態でした。リンク先はなぜか2020年に記事が書かれたニコニコ大百科です。)



異世界での特訓を通して成長した宙。果たして憧れの千風瑠(ちふる)さんへの告白を成功させることはできるのか! それはあなたの選択にかかっています。
ちなみにこの最終ステージである学園ラブコメ編、ミッション成功のハッピーエンド以外にも、すごく切なく魅力的な展開を起こすルートが存在してます! むしろこのルートがタイトルにも沿っていて感心でした。私が先に到達したのもこちらのエンディングです。

ピア自身の思いはどうなのか。それはステージ間の小話でも匂わされます。最後にはエピローグでも効いてくるので、私の選択順は作者さんの想定通りなのかな~と思いました。


本作をプレイしていて気になったのはコンフィグ画面です。
本編中いつでもCONFIGボタンから飛べるのですが、なぜかこの画面がピントが合っていないようにぼやけて映る。最初疲れて私の目がおかしくなったのかと思って、1回寝て翌日にプレイしたのですがやっぱりコンフィグ画面だけピンボケのようになってます。なんでですかね?
(10/30追記:10/14付けの更新でこの現象は修正されました。選択肢の履歴も見やすくなるよう改善されてます)
その他についてはUI、システム含めて特に不満はありません。ステージ開始時に前フリから見るのか選択肢選ぶところから行くのか選べて親切ですね。特に学園ラブコメ編ではいくつかのゲームオーバーパターンとイラストがありますから、回収に役立ちます。皆さんもぜひコンプリートまでやってみてください。不良なんかより先生の方がよっぽど怖くなりますよ(笑)


というわけで「おもいをつたえるプログラム」のレビューでした。皆さんも全身で主人公の応援をするピアに癒されつつ、ナンセンスな展開に一緒にツッコミつつ、最後に待っているちょっとだけ感動的な展開を求めて冒険に出ましょう!

こんにちは。今回のレビューは浦田一香さんの「あなたの命の価値リメイクver2」となります。

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ジャンル:シリアス系ノベルゲーム
プレイ時間:4時間程度
分岐:なし
ツール:ティラノスクリプト
リリース:2021/8
備考:リメイク前のバージョンも公開中


さて、本作についてはレビューを書くのに結構苦労しました。プレイして思うところはいろいろあるけれど、ゲームのレビューとしては関係ないような内容も多く文章をまとめるのも難しいです。決して大衆向けというわけでもない内容。執筆にも相当な期間を要しました。
それでも私はコンシューマーではなくフリーのゲームを好んでプレイしてレビューを書いておきながら、本作をスルーするわけにはいかないだろうと思ったのです。作者の伝えたいことがストレートに表現され、良い作品にしようという意気込みも感じられる。それこそがフリーゲームの魅力の1つでしょう。


本作のストーリーは終始シリアスな内容が続きます。主人公の岩佐勇気は高校2年生。虐待のあった家庭から離れ、妹の由紀とともに児童養護施設”絆の学園”で生活しています。そこには同じように家庭の問題を抱えた子供たちが数十人。彼らが抱える心の傷や経済的な問題、さらには偏見問題などが扱われ、エンターテイメント性のあるゲームというよりはドキュメンタリーを見ているような感じと言っていいでしょう。


あらすじをなぞって説明するのは簡単ですが、それはなんだか本作の趣旨から外れているように私には感じられます。というのも本作については物語として楽しむというところよりも、勇気たちの境遇と成長を見て我々プレイヤーがどう考えるのかということの方がよほど大事に思えるのです。というわけでストーリーの内容にはほぼ触れずに感想を述べる感じで書いていこうと思います。

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こうした話を読んでまず思うのは、ありきたりですが自分は恵まれた環境で生きてきたなということです。勇気は幼いころに両親から虐待を受け、施設で保護されるわけですが、私の場合は優しい両親がいて、寝食に困ることもなく、暴力におびえることもなく育ち、大学にも行かせてもらいました。高校に通いながらも将来のためにアルバイトで貯蓄し、高校の先生に進学を勧められる学力がありながら早い段階での生活の安定を求めて就職を決意した勇気に比べたらほとんど何も考えずに過ごしていたようなものです。
…と、経済的な面が最初に目につきます。しかし、本作をプレイすればそれだけでない虐待の負の影響が見えてきます。それは精神的な悪影響です。

勇気だけでなく、夏美も、佳奈も(2人とも同じ施設で生活する子たちです)、私からしたらなぜそこまでと思えるほどネガティブな言動が見られます。例えば、本作前半のあるシーンで勇気は学校の友人である沙希との関係について沙希の父親から相当に失礼なことを言われます。”虐待を受けてきたような子は親にきちんとしつけられていない。さらに自身も子供へ虐待する可能性が高い”というような内容です。自分自身はあからさまには差別しないというような口ぶりですが、あの発言内容は家庭での問題を抱えた人たちに対する差別以外の何物でもありません。自分は気にしないけど世間の人たちもそうとは限らないよというような言い回しは、自分は汚れ役になりたくないけど文句は言いたいという大人に使われやすい常套句ですよね。
確かに親からの愛情に問題があった場合、自分の子供に虐待する割合がその他の人よりも高いというデータは私も見たことがあります。しかしそれは被虐待児の責任ではありません。勇気のような子供達には思いを寄せる人と一緒に幸せになる権利はないのでしょうか。また、単に確率の話を個人に当てはめるのも不適当です。子供への虐待を100%防ぎたいなら唯一の方法は子供を作らないことでしょう。

……今の私であれば、これくらいの反論はすぐに思い浮かびます。しかしこれができるのは私が幸せな家庭に育ち、親の十分な愛情を受け、自分が生きていること自体に代替の利かない貴重な価値があることを信じて疑わないからです。勇気の場合残念ながらそうではありませんでした。過去の出来事にふたをし、自身のアイデンティティを”幸せな家庭を築く”という目標の達成1点に絞っていた結果、それが(虐待の無かった人に比べて)統計的に難しいと言われただけで強い不安に駆られ、反論の気力も浮かばなかったのでしょう。だからこそ施設での智恵理先生のような人ときちんと信頼を深め、心に穴の開いた部分を埋めていく努力が必要なのでしょう(本人も、支える側もです)。福祉は、”金さえあれば何とかなる”というような問題ではないことが分かります。


本作をプレイしていてその他にもいろいろな悲しい気付きがありました。元や佳奈、夏美など、様々な事情を抱えた人物が登場するのは、こうした気付きを得て欲しいという作者さんの思いなのでしょう。その気合の入り方は、ReadMeに列挙された参考文献の数でもわかります。アカデミックな内容を含む作品などで参考文献が載っているものは他にも見たことがありますが、本作のように列挙というにふさわしい数が並んでいるのは初めて見たと思います。私の卒論の引用文献数より多いのでは?
このように作者のメッセージを受け取れたり一緒に考えたりということができるのは、フリーゲームらしさの1つと言ってよいでしょう。

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虐待問題を扱うにあたって、被虐待児自身が成長して大人になるだけでなく、幸せな家庭を築き上げ立派に子供を産み育て、虐待の連鎖を断ち切ることは作者さんが絶対に描きたかった内容と見えます。その思いを反映するように、勇気の人生の目標が”幸せな家庭を築くこと”だというのは物語冒頭で提示されますし、物語の時間軸も高校在学時から娘の優美が家を出て独り立ちするまでの30年程度とかなり長期スパンです。児童養護施設が舞台なのだから大体2年くらいだろうと思っていたプレイ開始当初の私は浅はかでした。
就職し施設を出た後も力の入ったシーンが続きます。仕事に苦労し、虐待の後遺症に苦しみながらも優美が誕生し、成長していき、結婚するまで。優美の成長がほほえましいのはもちろん、勇気と夏美の成長を確認できるシーンでもあるでしょう。施設に来たばかりの時のように周囲におびえ、自分の生きる価値を見出せず、自分の居場所も分からなかった勇気はもういません。立派に社会人となり、親となり、着実に目標達成への道を歩んでいきます。優美が両親の過去を受け入れ、感謝を述べるあたりなんかはかなり感動的です。
いやあ、こういう作品をプレイすると、下手に恋愛ものとかを読むよりよっぽど結婚したくなりますね。



さて、ゲームとしてみたときに気になった点も2点だけ触れましょう。
1つは脇役のエピソードの挟み方です。本作においてメインになるのは勇気と夏美が虐待の経験を乗り越える話です。しかし序盤のうちは夏美の抱える問題がはっきり提示されません。何となくクラスになじめていなそうだなという描写があって、何とかしたいなとは思うものの具体的な行動がないまま佳奈や沙希など別の人物の問題を解決していく章に入っていきます。なので私は前半の間は夏美が重要な人物であることに気付かなかったのです。ここがちょっともったいない気がしました。物語開始後真っ先に夏美の状況が語られて、勇気も何とか力になってあげたいと決意する(具体的な行動ができるかは別にして)描写とかがあると、物語の1本の軸が最初から分かりやすくなるんじゃないでしょうか。
夏美以外の抱える問題についてのシーン自体はとても良いと思います。おそらく様々な事情を抱えた人がいるというのは作者さんの伝えたい内容の1つでもあるでしょう。特に沙希に関しての、1回勇気との衝突があって、後に「沙希さんの夢がより具体的になっている。」と表現されるあたりがよい。物語内の出来事を受けて沙希も成長したことが伝わり、物語に厚みが出たような気がします。佳奈やリリィなどについてはいったん解決したらもうその話には触れずにそのまま、という感じだったので、後の章で過去の出来事を受けて変わっていった部分などが語られたらよりよかったんじゃないでしょうか。

もう1点は、作品内のメリハリについてです。本作では勇気たちが生活していく様々なシーンが登場します。学校に行ったり、アルバイトしたり、買い物をしたり、施設に戻って話し合ったり。しかしそれぞれのシーンにテンションの差がなく、どこが大事なところなのかわかりにくかったように思いました。移動の間のシーンなどもかなり短いものも別で切り分けられているので、思い切って短い部分は削ったり前後のシーンにくっつけたりすると場面転換が少なくなってすっきりする気がします。また、逆にためるところはもっともったいぶっていいと思います。例えば、物語終盤、「僕は時間が止まったかのような錯覚に陥った。」とまで言われるシーンがありますが、ここは文字通りもっと引き延ばして印象に残るようにしていいんじゃないでしょうか。そのままさらっと流れて夜になってしまうのはちょっともったいない気がします。スチルがあるシーンなども同様に、ここが重要なシーンなんだ! という主張を尺的にも入れていいと思います。
これは登場人物の扱いについても同じです。上で夏美との話がメインなのが分かりにくかったと書きましたが、これも理由の一つだと思います。会話シーンだったり心情描写のだったりの際に全員が同じくらいの頻度で出てきて中心となる人物がいないのです。それにしては登場人物が多いため、常に頭の中に多くのキャラクターを思い浮かべていなければならず読んでいて少し疲れます。会話シーンで頻出させるのは夏美の性格上違うとしても、勇気の心情描写ではもっと夏美のことを気にかけていることを物語序盤から主張してよかったんじゃないでしょうか。中盤以降は物語の軸が勇気と夏美であることがはっきりし、大変読みやすくなったように思います。



と細々書いてきましたが、多くの人に本作をプレイしてもらいたいのは変わりませんので、ぜひダウンロードして、いろいろと感じ取ってください。

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