フリーゲームの森

フリーゲームのレビューブログです。 ノベルゲーム・アドベンチャーゲームを中心にお勧めの作品を紹介します。
初めての方は、ぜひごあいさつをご覧ください。評価の基準については、レビューについてに記してあります。
記事一覧ページを作りました。記事探しはこちらから。Twitterはこちら。リンク等はご自由にどうぞ。
YouTube始めました。フリーゲーム攻略動画などを投稿してます。

2023年08月

こんにちは。
今回はらふわーかーさんの「かみさまの心臓」のレビューをしていきたいと思います。

kamisama1

ジャンル:ホラー風謎解き探索型ADV(ReadMeより引用)
プレイ時間:エンド到達まで2時間強。フルコンプまで3~4時間
分岐:エンディング4種。その他GameOver多数
ツール:Wolf RPGエディター
リリース:2015/3



ホラー風と銘打っている本作ですが、脅かし要素はかなり控えめですのであまりホラーが得意でない方でもプレイしやすい作品かと思います。(ただし嫌な気分になるようなギミックは複数あります。後述)
さっそく内容の紹介に移りましょう。


冒頭プロローグの部分が終わると、主人公、目黒誠を操作可能になります。真っ暗な部屋で何も見えませんのでひたすら前進していきましょう。次の部屋から探索ADVらしい謎解きゲームが始まります。
最初のトラックのある部屋では、おそらく多くの方が一度はゲームオーバーになると思います。初見殺しではあるのですが理不尽に感じない内容で良いですね。確かに、アレはそのために存在しているというのが初見でもわかります。
しかしその部屋の扉を開けて次に進むためには、先ほどのゲームオーバーになるギミックを使って特定の操作をする必要があります。進むためにはこうしなきゃいけないだろうというのはすぐに理解できるのですが、実際にやるには心理的抵抗があるような内容ですごくホラーゲームらしいんですよね。

ホラーゲームというのは当然プレイヤーをびっくりさせたり脅かしたりするものですが、私はそういう怖さには弱いのであまりホラーを好き好んでプレイするわけではないんです。しかしホラーゲームにおけるプレイヤーの怖がらせ方というのはそれだけでなく、ふんわりと嫌な雰囲気を漂わせるとか、選びたくない選択肢を選ばせるとか、そういったじんわりとした怖さというのもあると思うんです。
有名な作品でいうと、青鬼的なホラーではなくて魔女の家的、というと伝わるでしょうか? そして私はこちらのタイプの作品を好むのです。

本作においてこれがかなりいい方向に働いているなと思ったのがこのトラックの部屋のギミックでした。

kamisama2

さて、この部屋を突破すると次は本棚の部屋です。ここに来て初めてストーリーのようなものが明らかになってきます。何でもできる完璧な兄を持って誇らしくも悔しい気持ちで生きてきた弟の誉(ほまれ、でしょうか)の手記のようなものがばらばらに散らばっています。誉の兄は本当に何でもできて人格者でもあったのですが、交通事故に遭った結果介護なしでは生きられない状態になってしまいます。そんな弟の誉の日記を読んでいくと、順番に部屋の鍵が開いていきます。扉の先では兄弟の関係性や過去の出来事を使ったギミックになっていて良く考えられています。


この本棚の部屋を越えた先で、本作のタイトルの意味が次第に明らかになっていきます。なにやら主人公に好意を持っていそうな謎の少女が登場。いったい彼女とはどういう関係なのか、彼女の目的、そして正体は何なのか。そうした謎がストーリーを進めていくうちに解けていくのが気持ちいい作品です。


物語が進行するのと同期して、ゲームを進行していくためのギミックも兄弟の2人を交互に操作して突破していく方式へと変わっていきます。兄である誠が何を考え、それを弟である誉がどう受け止めていたのか、そのすれ違いの様子が伝わってきます。
同時にエカチェリーナと名乗る謎の少女に関することも分かってきます。本作の冒頭で意味深に登場した”かみさま”という単語がどういう文脈で使われていたのか、悲しい真実が明らかになっていきます。

kamisama3

そんなギミックが上手く作られている本作ですが、謎解きはやや難しめと感じました。いくつかのアイテムを入手できますが、持ち物に入っているだけで自動的に使用されたりしません。怪しい対象の前に立ってメニュー画面から能動的に使用するアイテムを選択する必要があります。詰まったと感じたらいろいろなものを単に調べるだけでなく、アイテムを使用できないかも確かめていくとよいでしょう。
必要な推理や謎解きに関しては理不尽なものもなく、納得できる範囲で作られていると思います。記憶力が必要になるギミックもあるため、不安ならヒントをスクリーンショットに撮っておくと安心です。
また、一部の追いかけっこで(キーボードのせいかもしれませんが)操作性が微妙で難しいかなと感じました。

そして本作のエンディングは計4種類に分かれます。Bad, Normalエンドに関しては難しくありません。普通にシナリオを進行していけばたどり着けます。しかし残りのエンディングについては初見での到達はまず無理でしょう。ハッピーエンド到達条件を満たしているかは最奥の部屋の様子で分かるのですが、それをどこで満たせるかを探すのが難しいです。合計12か所を調べる必要があり、その多くは調べられる時期が限定されています。無理だと感じたら作者さんサイトに攻略が載っているので参考にしましょう。


というわけで今回は「かみさまの心臓」でした。
結局すれ違ったままになってしまったバッドエンドの後でハッピーエンドを見ると幸せも倍増です。おまけ部屋ではやたらコミカルな会話も見られるのでぜひハッピーエンド目指して頑張ってみてください。

それでは。

先週の土日にコミックマーケットが開催されましたね。以前から1回行ってみたいなあと思って機会をうかがっていたのですが、今回Twitterで相互の方とかレビューで扱った方がサークル参加されるという情報をいろいろと聞いたので、ついに行ってきました。本記事はその感想などとなります。
bigsite


さて当日、雨が降ったりやんだり微妙な天気でしたが無事に東京ビッグサイトにたどり着きます。そこで見たのは駅から会場まで続く長い行列と案内を行うスタッフの方々。2月にコミティアに行ったので駅から会場までの道などは分かっていましたが、その時とは全く違う光景が広がっていました。

さらに会場は東・西・南の3か所に大別され、各会場に出展サークルがぎっちりと詰まっているのを見るとこのイベントの規模の大きさを感じます。私が興味のあるのはオリジナルの同人ゲームで、西会場の端っこにまとまっているようだったためまずそこに直行しました。


会場で最初に見つけたのは未来色原石の浦田一香さん。コミティアで少しだけお話ししたのでお会いするのは2回目でした。本ブログでは「あなたの命の価値リメイクver2」のレビューを掲載しています。
今回は「人生はつづくよ、どこまでも」の頒布ということでしたが、私はノベコレからDLしてプレイ済みだったので、頒布物は頂かずにまた他のサークルを探すことにしました。

次に見つけたのは会場の一番隅にいたぱすてぃぶソフトの一ツ屋成貴さんです。新作の「魔女をたずねてコンビニバイト」と前作の「委員長は僕の救世少女」を頒布していました。嬉しいことに私のことも認知されていたようで、レビューの話とか「親愛なる彼女の痕跡」の話とかもできました。
今回頒布されていた2作品はどちらもプレイ済みだったのでこちらもパッケージ版は頂かずにご挨拶してお別れしました。でもせっかくだからパッケージを1部頂いていくのも良かったかな?


次はえるりんごさんのスペースに行きます。ビジュアルノベルオンリーで知ったサークルさんで、今回もM.Mさんがいらっしゃいました。「ぽんぽんランド」を無料配布されていたので1部頂きました。帰った後最初にプレイしたのですが、闇落ちしていた前作「神絵師養成所」とは違った変態コメディ?になっていて私の好みでした。望くんルートおまけのアレは私もさすがに擁護できないよ…
あとビジュアルノベルオンリーの寄せ書きが展示されていて良いな~と思いました。

ところでビジュアルノベルオンリー開催プラットフォームであったpictSQUAREで個人情報流出騒動がありましたが大丈夫ですかね…?
もしパスワードやIDを使いまわしている方がいたら速攻で変更してくださいね。Twitterの連係解除もお忘れなく(私は翌日気が付いて解除済みです)。

その後はもう順番は忘れたのですが、Cynical HoneyさんやChloroさん、ポロンテスタさんなど私がレビューを掲載した方には(たぶん)全員挨拶できました。それぞれ「終わりの鐘が鳴る前に Chapter.1」「西暦2236年の秘書」「道徳ビデオ」がとても良かったので、今回購入したものもプレイするのを楽しみにしています。
そしてたんすかいさん、セイランソフトさん、Nonlinearさんなど過去作をプレイしたことがある作者さんのところに向かいます。cream△さんのところではちょうどつばさお座りアクスタが最後の1個だったので新作「残余の羊」と一緒に頂いていくことにしました。
tubasa

その後はおすすめ同人紹介さんの同人ゲーム・オブ・ザ・イヤー2022(通称どげざ)で見かけて気になっていた作品(イハナシの魔女灰色の夜が明けたとき)を見に行きました。「灰色の夜が明けたとき」の白砂庵さんのところにはどげざ2022の表彰状が飾ってあったのを見られたのも良かったです。

これで一応事前に見ようと思っていたサークルさんは全部見たことになるので、あとはふらっと適当に見に行きたいのですが、その時の丁度いい指標になったのがセイランソフトさん、STailさんが企画されていた「同人縁日」でした。企画参加サークルでチケットがもらえ、他のサークルで使うと100円引きになったりノベルティなどの特典があるというものです。参加サークルさんがお互いに宣伝し合っていて、私も自然に参加サークルへ足が向きました。お祭り感が増して一般参加の側としても楽しかったので次の機会があればまたやってほしいですね。


ゲームエリアを大体見終わって、目的は果たしたのですがせっかくの機会なので他のエリアも歩いてきました。イラスト集などはかなりの人気ジャンルなんだなと感じましたし、東ホールなどでは私には全然分からない分野の同人誌もたくさん並んでいて、幅広いものだなと圧倒されました。
全くの想定範囲外だったのですが、私のリアルでの知人が鉄道の同人誌を出している可能性があることが発覚したので行ってみたらどうも本人のようでびっくり。買って読んでみましたが難しくて良く分からなかった…

最後に南ホールで企業ブースやコスプレなどを見に行くことに。コスプレはみんなすごい格好しているなと思ったのですが、元ネタが全然わからなくていまいちピンとこず。推しの子とNARUTOだけ分かりました。

企業ブースは一つ一つのブースが大きくて、巨大な展示やグッズ販売、撮影会的なことをしているところもあってこちらも活気にあふれていました。残念ながらこちらも私が分かる内容がほとんどなかったので1周歩いて帰ってきました。


そんなこんなでもう午後4時前になっていたので帰ることにします。会場から駅までずらっと並んだ行列に、これだけの人数がこの会場に来ていたんだなあと感じます。結局ゆりかもめに乗るまでに20分くらいかかりました。

senrihin
↑今回入手した作品たち

今回初めてコミケに行ってみて、やはり規模の大きさが桁違いだなと感じました。コミティアは会場外の交通整理とかなかったし、コンビニに待機列ができていたりはしなかったしなあ。これを2日間やっているというんだからすごいです。1日目は天気も悪くなかったようですし、さらに盛り上がっていたのでしょうか?

あとはいつ見てもクラシックショコラさんのところに行列ができていて、有名サークルはすごいなあと思いました。NOeSIS未履修なので今回はいいやと思って並ばなかったのですが、そのうちプレイしてみたいですね。


ちなみに私は会場に向かう時に熱中症対策のためのペットボトルを(500mlで)3本用意していたのですが、全然足りませんでした。会場の熱気もすごいですしあっという間に飲み干してしまい、会場で追加で3本買っています。皆さんもお気を付けを!

というわけで今回はここまでです。
今回入手した作品も順番にプレイしていきたいと思います。Twitterにも何か書くかも。

それでは。

こんにちは。今回はポロンテスタさんの「道徳ビデオ」のレビューをしていきたいと思います。

doutoku1

★favo
ジャンル:いじめを描いた群像劇鬱ノベル
プレイ時間:45分
分岐:1か所
ツール:ティラノスクリプト
リリース:2023/7
備考:製品版あり


ポロンテスタさんと言えば、私は「ポルノ地獄・完全版」(18禁)をプレイしたことがあり、ブラックな世界観の中にも良心をのぞかせるような独特な作風が印象に残っていました。そして最近になって本作「道徳ビデオ」が公開されました。色々な所で好意的な評価を見ますし私も気になってプレイしてみたところ、非常に印象的な作品でしたのでご紹介したいと思います。刺激的な内容を含みますが全年齢対象の作品となります。


作品ページの紹介などでも明らかにされていますが、本作は「いじめ更生委員会」が制作するいじめ防止のための教材「道徳ビデオ」に関する内容で、既にお分かりかと思いますがかなりブラックな要素を含みます。しかし単に風刺的だったり皮肉的だったりするだけでなく、読み終えてすっきりするような、いじめのはびこる社会はろくでもないけど、それでも希望だってあるんだという気持ちにさせてくれる作品ですので、ぜひ抵抗感を持たずにプレイしてみてください。


本作は主要な登場人物3人の視点が交互に入れ替わるようにして進行していきます。
まず最初に登場するのが「いじめ更生委員会」から教材用のビデオ、「道徳ビデオ」を作成するために星の砂小学校に派遣された潮見ヒヨリです。6年2組の児童に出演してもらってビデオの撮影を行います。クラスでの説明の時には表向きの理由を明るく説明し、子供たちにも受け入れられているようですが、彼女にはビデオを作る真の理由があることが序盤早々に明かされます。一体その目的とは何なのでしょうか。


続いて舞台は唐突に8年後の現在へ。ビデオにはいじめっ子役で出演した黒瀧ナギトがヒヨリに連絡してくる場面から始まります。彼が言うには、いじめられっ子役の成海ミナミを殺してしまったというのです。いったい道徳ビデオの撮影現場で何があったのか。親友であったはずの彼ら二人がその後8年間かけても修復できないほどに関係が歪んでしまったのはなぜか。ヒヨリはそれを聞いてどうするのか。
彼らに幸せな未来はあるのでしょうか……

doutoku3



さて、本来は教材撮影のための演技であったはずのいじめですが、実際のところ演技の範囲を超えてエスカレートし、いじめられっ子役であったミナミに深い傷を残したということは容易に想像できると思います。ナギトがミナミに対してわざと聞こえるように悪口を言う。台本にあるものだとしても気持ちよいことではないでしょうし、次第にナギトはアドリブと称して台本にない悪口をぶつけていくようになります。

日本語には言霊(ことだま)という言葉があります。手元で明鏡国語辞典を引くと、「古代日本で、ことばに宿ると信じられていた神秘的な霊力。」とあります。本当に魔法のような力があるわけではありませんが、本気ではないはずの言葉がいつの間にか本当にそう思うようになっていた、というような力が言葉には込められていると思うのです。おそらく無意識のうちに影響を受けているのでしょう。自分で発さなくても、繰り返し告知を見せたり聞かせたりといった宣伝に効果があるのはまさにその効果の応用でしょうし、逆にある対象に対してネガティブな発言を聞いているだけでいつの間にか自分も嫌いになっていたりします。怖いものです。

道徳ビデオの撮影においては、最初は演技であったはずの台詞が無意識下においても作用し、ミナミをいじめる方向に傾いてしまったのでしょう。台本にない悪口を、カメラが回っていないところでも、……こうしてエスカレートしていくわけです。

こうしていじめは苛烈を極めただろうことは容易に読み取れるのですが、本作の中では具体的ないじめ行為は悪口を言う以上の内容は一切描かれません。これは本作をゲームとしての娯楽作品として成立させるために計算して設定した限界だったのではないでしょうか。
ニュースで報道されるようないじめ事件で起こっていたこととか、暴力事件とか、具体的な行為を描こうとしたらもっとずっと細かく、鮮明に、ショッキングな内容を込められたはずです。しかしそうするともはや本作自体が”教材”、あるいはドキュメンタリーになってしまうんですよ。
誰もが目をそむけたくなるようないじめを描いて、いじめは良くないことであると伝える。そういう(ゲーム以外を含めた)作品は多くありますし、フリーゲームでもいくつか知っています。しかし本作がそうした作品と一線を画していると感じるのは、あえて具体的で過激な行為の描写を排したことで娯楽作品としての魅力を保ったことだと思うのです。過激な内容はあえてプレイヤーに想像させるにとどめ(本当にありありと想像されるんですよ、作内で描かれるよりもずっとひどい行為があったと)、説教臭いと感じさせることなくこの重いテーマを描き切り、幸せになれる選択肢を提示してくれたこの作品の価値は大きなものであると感じています。


さて、道徳ビデオの撮影中、ナギトが不必要に辛らつな言葉を吐くたび、最初のうちは担任のリン先生はきちんとたしなめていましたし、ヒヨリはミナミへの精神的フォローをしっかりと行っていました。良識ある大人が目を光らせ、厳格に演技の内容を監督した場合はあそこまでの事態にはならなかったでしょう。途中からミナミへのフォローがおろそかになってしまった理由は、本作の最終章で語られます。

ヒヨリが「道徳ビデオ」を作ろうとしたきっかけは、かつて自分をいじめたものに対する見せしめ・復讐のためでした。彼らに合法的にダメージを与えるために。あるいは裏でこっそりと手を回すための布石として。そんな打算的な目的で道徳ビデオ事業に乗り出したヒヨリでしたが、打算的であるがゆえに理性的でもありました。撮影の最中に出演児童へのカウンセリングを怠り、精神的ダメージを与えたりして最悪撮影が完遂できなかったら元も子もありません。
しかしヒヨリから復讐の執念を解消してくれた人物がいました。リン先生です。リン先生の行為は非難されるようなことではないし、むしろ良き先生でしょう。ところがそれゆえにヒヨリが道徳ビデオへ注力するのを妨げてしまったのです。復讐にしか生きがいを見出せなかったヒヨリに、別の生産的な生きる理由を与えてくれたリン先生。「今が幸せだから過去を許せる」という意味の台詞が出てきますが、これは本当にそうだと思います。余裕がある人なら別に復讐に執着しなくても良いはずです。いじめに限らず、例えば犯罪被害者(の遺族など)だったり、あるいは社会に対して一方的に逆恨みしている人でさえ、人並みの幸せを得られれば怒りの矛を収められるという人は多いと思います。福祉の役割とはこういうところにもあるのだなあと思わされます。

doutoku2

道徳ビデオ撮影時の事件をきっかけに、それまで親友であったはずのナギトとミナミの間には決定的な溝が生じ、8年後に至っても解消されない歪みが起きています。いじめっ子役であったナギトは当時の申し訳なさから、もう何年もほとんどミナミの言いなりになっています。ここで大事なことは、「事件の後罪悪感から何年も相手の要求を断れずに言いなりになる程度には良心のある人物でさえ、演技のはずのいじめがエスカレートしていった」という事実です。報道されるようないじめ事件を耳にすると、なんと酷いやつだ、あいつらには人の心ってものがないんだ、と感じます。しかしそれが事実かどうかは分からないんですよね。
撮影開始前にはナギトはいじめなんて当然いけないし自分がすることもあり得ないと思っていました。実際、ちょっと言葉遣いは悪いですがミナミとは確かな信頼関係が築かれています(あの遊びはちょっと歪んでるとは思うけど…)。しかし、平常心を持っていればいじめなど行わなかったであろう人物も、”演技”という大義名分を得てストッパーが外れた結果事件を起こします。環境さえ整えば善良な市民でも凶悪な行動に至ることがあるのだから、いじめや犯罪は潜在的な犯罪者に機会を与えないことによって未然に防ぐことが大切。この考え方は犯罪機会論と呼ばれるらしいです。

本作において、単純になにを考えているのか分からない悪人が問題を引き起こすのではなく、各人物が自分の行動原理に基づいて行動した結果、悲劇的な結果を引き起こしてしまいます。物語を進めるための壁や障害、悪人が単なる舞台装置としてでなく、生きたキャラクターであるために同情的な感情も想起させ、より物語へ引き込む力となっているのですよね。ずっと前に「まい、ルーム」のレビューでも指摘したことですが、この点は私が物語を読むにあたって重点を置くポイントのようです。


本作のエンディングは2つ。選択肢は1か所です。どちらが幸せな未来へと繋がっているかは一目瞭然でしょう。正解の選択肢を選べば、どん底であったナギトへ一筋の光が差し込みます。8年後の未来にどうなっているか。エンディングタイトルを含めて素晴らしい内容だと思います。
1つだけ気になるのは、独特な絵柄から人物の年齢が読み取りにくいことでしょうか。本作の時間軸は頻繁に8年前と現在を切り替えており、登場人物の年齢層も小学生と先生ということで離れています。しかし大きく表示される立ち絵から時間の経過や人物の世代差が読み取りにくいんですよね。”ヒヨリお姉さん”のお姉さんらしさをアピールする一つの手段になると思うのでちょっともったいない気がしました。
しかし1人のキャラクターとみれば可愛らしいですし、タイトル画面のグラフィックなどもダークな世界観を表現しているようでいいと思います。


と、このように1時間未満で様々なところまで思いをはせることのできる作品でした。
この重いテーマをしっかりと最後まで描き切り、かつ希望を感じさせるエンディングが気持ちいい類まれなる作品だと思います。この手の作品にありがちなご都合主義も私は感じませんでした。ぜひプレイしてみてください。


それでは。

(2024/8/25追記:コミックマーケット103にて本作の製品版(15禁)が発表されました。パッケージ版はBOOTH、ダウンロード版はDLsiteなどで購入可能になっています(私はコミックマーケット104で購入しました)。本編はフリー版と同じですが各登場人物の掘り下げエピソードが計5話収録されておりそれだけで本編に近いボリュームがあります。
追加エピソードの内容ですが……かなりエグいです。私の印象に残っているのはナナミ編。いじめる側って本当に軽く考えているし自分の行いもすぐ忘れる、それに対してやられた側の負う傷は深く恨みは長い、この非対称性を感じさせる胸糞エピソードですね。他のエピソードも本編よりさらに人の醜い側面を強調した性格となっており、本編の雰囲気を気に入った人向けの内容と言えるでしょう。
追加エピソードの中で最後のミナミ編は唯一本編のTRUE ENDへつながるお話です。あんなにねちっこく復讐して口も悪かったミナミが、ナギトと距離を置いて生活をするようになってどう変化していったのかが如実に表れています。本編で最後に名前だけ登場した女の子のチカちゃんが及ぼした影響も大きかったようです。本編と同じくとんでもなく陰湿だった物語をこう希望の光に包んでエンディングへ向かうのか、と感じさせられるエピソードでした。……と思っていたら最後の最後!!なんとも油断ならない作者さんです。より濃さを求める方はぜひ購入を検討してみてください)

↑このページのトップヘ