フリーゲームの森

フリーゲームのレビューブログです。 ノベルゲーム・アドベンチャーゲームを中心にお勧めの作品を紹介します。
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2023年10月

こんにちは。今回は、かなり古めの懐かしいともいえる作品、太郎2さんの「Knight Night」について書いていこうと思います。

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ジャンル:コメディ系RPG
プレイ時間:一直線でエンディングまで5時間半
分岐:基本一本道
ツール:RPGツクール
リリース:2008/1


本作はかなり有名な部類だと思うのですが、これまでプレイしたことがありませんでした。今週プレイしてみて、やはり面白かったなあと思うのでご紹介します。

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主人公のアドニス(名前変更可)は”ちゃっちい王城”に仕える騎士団長。ある日王様に呼び出され命じられたのは魔王の討伐。超王道なファンタジーRPGのオープニングではありますが本作の雰囲気は一味違います。王様からの伝令で、自らの部下でもある騎士に対して「どちら様ですか」扱い。さらにはアドニスはちゃっちい王城の隣に立てたテントで生活していると言います。すでにツッコミどころ多数。このゲームでは2択の選択肢が大量に出てきますが、どちらを選んでも直後の会話が変わるだけでストーリーの流れは変わりません。それなら俺はせっかくだからカオスな方の選択肢を選ぶぜ! というマインドをお持ちの方なら本作を存分に楽しめるでしょう。

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王様バーンズ。RPGの導入でお馴染みの命令

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これすらも断れます。まあ断っても無理やり"神下ろしの儀"に進まされるのですが…


ちなみにこの神下ろしの儀、めちゃくちゃ危険でアドニスが死んでしまう可能性もあるようですが、本人や王子ゲイル、姫ミカの反対も構わずに儀式を決行してしまいます。その結果アドニスに宿ったのは神の力などではなく…やたらうるさくて自信過剰な別の世界の魔王キーファでした。
こうしたドタバタ劇の中、アドニスは魔王討伐の旅へ出ることを余儀なくされるのでした。



アドニス自発的にしゃべることは全くない(RPG主人公にありがち)のですが、道中では常にキーファが御託を並べまくっているので大変賑やか。プレイヤーに多くのツッコミどころを提供してくれます。

道中で仲間になるメンバーも曲者ぞろい。成り行きでアドニスに助けられた薬売りの娘リュカは、恩を返せていないといって半分無理やりアドニスの旅についていきます。山越えの最中で出会った魔女ナナリーはただ女装してるだけの男(でも魔女を名乗ってる)。寂しいとか言って魔王討伐の旅に同行してきます。最後に仲間になるのは賢者ケイト。アドニスが出会う前から重度の変態であることが明かされています。

こんな濃~いメンバーを抱えて進行していくストーリーですが、終盤に近付くにつれ壮大な設定が見えてきます。
本作のストーリーは主にケイトを仲間にするまで(ここでは1部と呼ぶことにしましょう)、北西諸島をクリアして魔王城を攻略するまで(2部)、エンディングまで(3部)の3つにおおよそ分けることができるでしょう。

1部では先ほど見たようなツッコミどころの嵐。賢者に会うまでに散々寄り道しなくてはならなかったり、途中で立ち寄る村がとんでもない所だったり、別の勇者一行に出会って罵り合ったり。これらのイベントを楽しみながら進めていくことになるでしょう。回復やセーブのために各ダンジョンに先回りしてくれているゲイルやミカが好きで、あの音楽ですでに笑えて来ちゃいます。バーンズはいらない(笑)
2部に入ると物語が少し不穏な雰囲気を帯びてきます。キーファが封印されてしまったり、リュカが呪われてしまったり…。しかし全体的な雰囲気はまだまだコメディ色が強いです。私は、敵の足音だ!と警戒していたらアドニス一行をスルーして走り去ってしまうやつが好きでした。
物語の終盤、私が3部と呼ぶことにした辺りまでくると、この世界に隠された壮大な設定が明らかになってきます。序盤からたびたび登場していたけれど意味深な事しか言わずにきたあの人の正体や目的も明らかに。まさかこんなふざけたイベントばかりのRPGでがっつり設定や世界観が練られているとは思いませんでした。


さて、RPGとしての戦闘部分を見ていきましょう。本作の難易度は易しめに分類されるでしょう。
ザコ戦は物理で殴っているだけでも大体何とかなりますし、敵HPは低めなのでMP消費を辞さなければ1ターンで倒し切ることも可能でしょう。入手経験値やゴールドも高めに設定されているため、新しい村に着いて強い武具が解禁されるたびに最強装備に買い替えることもできます。そこまでのお金が足りない場合は武器を優先することをお勧めします。

ただ最序盤のアドニス一人で冒険しているころは割と死にがちでした。序盤のステータスでは魔法攻撃にめっぽう弱く、回復手段も乏しいため2回くらい食らうと普通に死にます。慎重を期す場合、逃走コマンドなども使っていきましょう。
リュカが仲間になって以降はかなり安定します。どんどん新しい武器を買って先へ進んでいきましょう。

ちなみに敵モンスターの名前やアイテム、技の名称もふざけまくってます。
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↑なぜジブリキャラなのか。

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↑敵というか食材として見てる?

ボス戦においても難易度は高くないでしょう。ステータス変動魔法が永続効果を持つため、最初に数回使っておくだけでかなり楽になります。一部状態異常が厄介な場合があるので、回復アイテムを数個持ち歩いていると安心でしょう。MP回復アイテムもあれば万全です。

ラスボス戦においてはこれまで出会った仲間(?)たちの協力もあったりして熱い展開です。散々ふざけたストーリーを展開してきた本作ですが、こうした王道の感動シーンもしっかり用意してくれています。

ちなみに本作はクリア後のおまけ部屋がかなり豪華です。
一枚絵、BGM鑑賞モードのほか、各キャラクターについての裏話だったり登場する村の設定の話などが盛りだくさん。ここで私は初めて気づいたのですが、メインシナリオに関わらないサブクエストも多数あったようです。そのほとんどは2部の間の時限イベントということで、私はほとんどスルーしていたようでした。気付かなかった…


というわけで今回は「Knight Night」でした。
古い作品ゆえに解像度が粗かったり、親切なシステムはなかったりしますが、それもあまり気にならない大作ですのでぜひプレイしてみてください。

こんにちは。今回は鳥籠さんの「何も事件は起こらなかった」のレビューです。

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ジャンル:微ホラー探索アドベンチャー
プレイ時間:30分
分岐:エンディング3種
ツール:Wolf RPGエディター
リリース:2016/12
備考:第12回ふりーむ!ゲームコンテスト短編部門銅賞受賞作


さて、最近は新しめの作品が続いていましたが、今回はやや古め、2016年公開の短編ホラーとなります。
では簡単なあらすじ紹介からまいりましょう。

主人公のレンは小学1年生。公園で友達の志乃と遊んでいましたが、夕方になりお姉ちゃん(真弓)が迎えに来ます。家に帰ってからも一見平和そうなものの、たまに現れる幽霊のような影や不気味な現象。表に見せない苦悩を抱えていそうな真弓。
果たして幽霊の正体は何なのでしょうか。真弓とレンの間には何があったのでしょうか。幽霊のいう「ここにいてはいけない」はどういう意味だったのでしょうか…

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ゲーム開始時点では平穏そのものであり、怪しい洋館に肝試しに行ったり異世界に迷い込んだりするわけではない本作ですが、すぐにホラーの面が見えてきます。
家の中で、廊下や子供部屋、書斎など様々な場所で幽霊のような影に出会います。影たちはしきりに「お前はだれだ」「ここは悲しい家だ」「ここにいてはいけないから帰れ」などと伝えてきます。それほど怖いわけではありませんが、例えば「この家で過去に事件や事故があったんじゃないか」とか、「主人公は本当に生きた人間なのか、彼岸の使者が迎えに来ているのではないか」などの想像が膨らみます。

家の中がこのような状態であるのに対し、真弓は明らかに明るすぎるというか、空元気のような感じがします。この違和感は、真弓に対しても「この人は何かを隠しているんじゃないだろうか」という疑念を抱かせてきます。そしてその疑問はGOOD ENDによって意外な方向に解決されることとなります。


このエンディング分岐についてです。
GOOD, NORMAL, BADの3種類があることや、いずれも1周目から回収できることはゲームの開始時点で案内されています。となると多くの方は初見からGOODエンドを目指してプレイしていくのではないでしょうか。ところが本作は分岐の仕掛けが特殊であり、ほとんどの場合最初はBADにたどり着くのではないでしょうか。少なくとも初見GOODはほぼ無理だと思います。

BADエンドでは、レンも真弓もすべての疑問を忘れ去ってそのままおしまいになってしまいます。穏やかではあるけれども何も真実が明らかにならないルートです。このルートを見たうえでちょっと試してみればNORMALエンドにも簡単に行くことができるでしょう。こちらではレンは前を向いて進んでいくことができます。真弓の口からも本当のことが述べられますが前を向くことができず、なんともむずむずする結末になってしまいます。

というわけで皆さんにはぜひGOODエンドまで見て欲しいのですが、これは分かってしまえば簡単とはいえ気付くのは相当難しいと思います。人によっては永遠に気付かないかもしれません。
この分岐方法に私は非常に驚き、類を見ない仕掛けだなと大変感心しました。それは盲点だったよ…。
そしてたどり着いたGOODエンドでは2人とも現実を受け入れて前に進んでいくだけでなく、本作のタイトルであった「何も事件は起こらなかった」の意味も明らかになる大変気持ちの良いエンディングです。本編内で登場機会のなかった両親に関する気持ちなどを含めて解決されるのが素晴らしい。
このエンディングを見て初めて、幽霊の言葉だったりNORMALエンドでの会話だったりがプレイヤーに効果的にミスリードを誘っていることが分かるのです。

どうしても分からなかった場合、ヒントの見方がReadMeに書いてありますのでよく読んでみてください。それでも分からない場合、下に攻略を畳んで書いておくのでクリックして読んでください。この作品はGOODエンドまで見ないと評価できません。そしてエンディング回収後にはこの仕掛けが良くできていることに驚き、温かい結末に感動することができるでしょう。

GOOD ENDを見る方法(クリックで展開) トイレに起きた後おまじないをせずにそのまま眠り、翌朝真弓と話している最中に登場する幽霊に従って、話し続ける真弓を無視してリビングを出てください。→キー長押ししながらzもしくはEnterキーを押してメッセージを送っていけばよいです。
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さて、本作をホラーゲームとして見た場合、やや物足りなく感じるかもしれません。プレイ時間は短いですし、幽霊に話しかけられること以外に怖いことは起こりません(一か所だけ視覚的に怖いシーンがありますが、よほどホラーが苦手な方でなければ大丈夫でしょう)。
ゲームの進行も、家の中をノーヒントで探索して特定のものを調べる必要があったりと、すこし不親切というかお遣い感のある探索だなあと正直なところ感じました。
しかしそれでもエンディングのきれいさがそれらをすべてカバーできるすごい作品だなと感じました。

ややマニアックだけれども良かった点として、バックログが可能な点を挙げておきましょう。
ウディタ製のADVゲームにおいてバックログが使える作品は私はほとんど知らないのですが、本作にはばっちり実装されています。
イベント中に参照できないのは不便ですが、探索中はxキーで表示できるメニューからいつでも会話履歴をさかのぼって確認することが可能です。大変珍しい機能で私的には高ポイントです。


というわけで今回は「何も事件は起こらなかった」でした。
ぜひGOODエンドまで見てください。そうでないとこの作品を楽しんだことにならないのではないか、そのくらいのパワーがありますので頑張って攻略してみてください。

それでは。

こんにちは。今回は水温25℃さんの「月明かりと夜風のワルツ」のレビューとなります。

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ジャンル:魔術師ファンタジー乙女ゲーム
プレイ時間:1時間弱
分岐:なし
ツール:ティラノスクリプト
リリース:2023/8


本作についてはTwitter上などで制作過程を拝見していました。絵が割と私の好みのタイプであり、作者さんの過去作「はこにわのみこ」が良かったので公開を楽しみにしていました。結局プレイするまでに公開からしばらく時間がかかってしまいましたが先日読了したのでレビューという形にしておきたいと思います。


本作の舞台となるのは街のあらゆる場面で魔術の飛び交うルーナ王国です。空気中に漂う魔素を魔力に変換してエネルギー源として使用することで動く工業製品も身近な存在で、魔術を職業にすることのない一般人でも日常で魔術を使っています。
主人公のリシュア(ver1.02以降名前変更可能)は魔術学校に通う3年生。卒業研究に励みながらも、間近に迫った学校の創立記念ダンスパーティーに誰を誘うか迷っています。住み込みのお手伝いさんであるレナートのことが気になりますが、去年のパーティーへ誘ったところ断られてしまったため、声をかける勇気が出ないようです。二人の間を隔てる線とは何なのでしょうか。魔術学校を卒業するまでにその関係性に変化は訪れるのでしょうか…


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さて、本作の良かったところを簡単に説明していきますが、まず絵が可愛らしいですよね。最初にも書きましたがかなり私の好きな絵柄です。短編で登場人物の数も少なめですがみないい子たちで、登場機会の少ないサブキャラまで表情豊かに描かれています。私は何かしらの失敗をして涙目になったレナートが好きです(笑)
メインの画面に表示される立ち絵だけでなく、左下にいる主人公もまばたきしていて良く作りこまれてます。この主人公の顔グラですがかなりアップで表示されていますね。これまでプレイしてきた作品の中でも一番かも。それくらい存在感があります。

立ち絵やスチルのみならず、背景やUIなんかもきれいに統一された雰囲気をまとっていて素敵ですね。メニューや文字色などが主人公のテーマカラーと一緒になっていて気持ちいいですし、メニューアイコンも大きくて一見して意味が分かります。ゲーム内からヘルプや2次利用ガイドラインなどが読める仕組みまで整っています。これは過去作でもそうだったかな?
URLをクリックしても直接サイトへ飛ばない(クリップボードにコピーされた状態になる)のは掲載サイトの規約対策でしょうか。確かふりーむが最近その辺非常に厳しかったはずです。ちなみに私がこの記事を書く際に公式サイトにリンクを張るときにURLのコピーが一瞬でできて便利だったなんていうちょっとどうでもいい話もあります。



さて、シナリオの方に話を移しましょう。
本作の特徴として、物語開始時点からすでに主人公リシュアがレナートへ(恋愛的な意味で)好意を抱いているのが明らかというところが挙げられるでしょう。しかしそれに対して、レナートはそもそもリシュアのことは恋愛対象ではないといった様子。お手伝いさんと雇い主の娘という関係としては良好なので微笑ましいシーンがほとんどを占めるのですが、それ以外の個人的な関係についてはレナートが遠慮しているというか拒否しているように見えます。したがってリシュアの片思い的な面が強く、乙女ゲームとしての糖度は控えめな感じです。


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そんな本作のシナリオにおいて優れた点は、はっきりとした世界観の説明や設定が存在していること、それに基づいて登場人物の思いや行動が描写されていることでしょう。
舞台となっているルーナ王国では魔術が広く普及していることは最初に述べましたが、それはいわゆる魔法のように何でも好きなことができる、科学を無視したような特異な能力が使えるといったものではありません。大気中に存在している魔素を吸収して魔力に変換する、魔力を動力源として仕掛けを動かし、加熱器具にしたり玩具にしたりといった理屈が存在しているのです。

魔素の吸収効率に個人差がある、国家として定められた資格としての魔術師や魔導士などの肩書がある、といった設定が丁寧に説明されるからこそ、レナートが主人公の誘いに首を縦に振らない理由や主人公の父親トヴァルの矜持・信念といったものが理解できるのです。
科学との比較がされるシーンもあり、SFというにはファンタジー感が強いですがそれくらい設定がしっかりしており、だからこそ登場人物の心情が読者に伝わってくる構造になっていて、良く作られているなあと感じます。リシュアが卒業研究に力を入れている理由も分かりますし、授業のシーンはないですが魔術学校(高校卒業後に入学するということなので大学相当でしょう)に通っている必然性があるんですよね。学校が都合のいい行事が存在するだけの空想上の存在になっておらず、理由のある設定としてスムーズに受け入れられるようになっています。

先ほどシステムが整っていると言いましたが、その中の用語説明機能はこの点の理解にも寄与しているでしょう。右上のメニューボタンの下にある本のアイコンをクリックすると、作中に出てきた用語の解説を読むことができます。必要な部分だけをまとめて見られますし、UIもかわいくていい感じ。


物語終盤ではちょっとした事件が起こります。心を痛め、最善の選択ができなかったと悩むリシュア。そんな中でのレナートとの会話が、2人の信条を活かした内容になっていて上手いよなあと感じます。
事件をきっかけに決意をしてくれたレナート。優しいけれどもちょっぴりドジで、よくリシュアに慰められていた彼が初めてたくましく、かっこよく見えた瞬間でした。

そんなエンドロール後のエピローグ。あの台詞にはシリアスな雰囲気が吹き飛んで文字通り吹き出してしまいました。そして突然の糖度UP。これまでが爽やかなレモネードだとしたらガムシロップくらい甘いです(私は何を言ってるんだ?)。切実にスチル閲覧モードの実装を希望します!
(同日追記:スチル閲覧モードはチャプター選択画面の左上アイコンから行けるようです! 作者のななづこさんに直々に教えていただきました。ありがとうございます。)


というわけで今回は「月明かりと夜風のワルツ」でした。
エピローグまでちゃんと見て幸せな気分になってくださいね!

それでは。

こんにちは。今回は成瀬紫苑さんの「人間裏街道」のレビューをお送りします。

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オススメ!
ジャンル:探索ホラーアドベンチャー
プレイ時間:エンディングまで3時間、フルコンプまで6時間程度
分岐:エンディング7種
ツール:Wolf RPGエディター
リリース:2023/3
備考:15禁、自殺/殺人描写あり



先週に引き続き、フリーゲーム夢現で見つけた作品になります。以前から気になっていたのですがようやくプレイすることができました。シナリオにグラフィックにとてもよくできていて、ゲーム初制作とのことでしたがそれでこの出来栄えなら才能ある方なんだなと思える作品です。


主人公のアリスは”死にたがり”の高校3年生。生きる目的を失い、自宅で練炭自殺をしようと思い立ちます。道具もそろえていざ実行するにあたり恐怖を感じたその瞬間、鏡の向こうから謎の少年メイに裏街道へといざなわれます。表(現実世界)の反対であるという裏街道は暗く静かな場所で、住人たちも他人との関わりを避けているようですが、その分厄介な人間関係に悩まされることもなくのびのびと自由に暮らしています。
裏街道で一緒に遊んでとメイにせがまれたアリスは、夏休みが終わるまでという約束でそれを了承します。自殺を決行するまでの1か月間、メイと遊ぶついでに裏街道を探検することにしたアリスは一体何を見つけるのでしょうか。裏街道とはどんなところで、住人たちはどんな人なのでしょうか。彼らに未来はあるのでしょうか……


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本作の良かったところの1つ目として、まずはシナリオを挙げようと思います。本作の主人公であるアリスは先ほども述べましたが相当な死にたがりです。ゲーム開始時点で上のような状態ですし、裏街道へ行ってからも基本的には夏休みの最後の日に表に帰って死ぬという決意は揺らぎません。それでいて、何かプレイヤーの同情を誘うような深刻な理由が語られることはありません。つまり、感情移入しやすいタイプの主人公ではないのです。
このブログでも何度か書いていると思いますが、私は物語を楽しむときはおおむね主人公になり切って読むタイプです。本作のように何を考えているのか分かりにくかったりして感情移入できない主人公はあまり好きではなく、実際ゲーム序盤における印象もさほど良くありませんでした。

しかしゲーム中盤終盤と進み、エンディングを回収するころには最初の印象は完全に覆されていました。その理由の一つとして、裏街道で出会ったガラクとの相性の良さがあるでしょう。裏街道に住んで長いというガラクはメイの扱いにも慣れていて、メイの世話をしながらもアリスに今後の生活についてアドバイスをしてくれます。
そんなガラクはアリスと対照的な”生きたがり”。生きたがりのガラクがどんな経緯で裏街道に来ることになったかはゲーム終盤で明らかになります。理不尽な現実に悩まされたガラクの事情を知れば人生に絶望しても仕方がないと思えるのと同時に、何とか希望を見失わないで欲しいという気持ちが生まれます。

そのガラクが表に戻って生きたいという希望を叶えるために必要だったのがアリスの存在だったのでした。裏街道に来て日が浅いアリスはまだ表での生き方を忘れておらず、さらには死を覚悟したゆえの危険を顧みない行動力があります。本やスマホを取りに1回表に戻ったり、メイの行動を不審に思ってガラクに相談したり。そういったアリスの行動が意図せずにガラクの計画の手助けとなっていたのです。
このあたりの伏線の張り方が上手いですね。



逆にアリスにとってもガラクは欠かすことのできない存在になりました。死んでもいいやと思っているアリスが生きていくにあたり、生きたがりのガラクが表で生活するのを助けるという具体的で小さな目標が非常に大切だったのです。

人生における夢のような大きな目標を持って、それに向かって努力している人を見ると立派だなあ感じます。しかし胸を張って宣言できるような立派な夢を持っている人ばかりではありません。まして死にたがりのアリスにはそのようなものは全くありませんでした。
裏街道に長居しすぎたために表での生活に支障をきたしたガラクを手助けするというのは、人に誇るようなことではないかもしれないけれど確実にアリスに活きる理由を与えてくれます。立派な理由がなくても、目の前の毎日に手いっぱいだったとしても、小さな目標があるだけで生きるエネルギーになるんだと思うと同時に、我々も現実世界を生きることに高いハードルを感じなくてもいいんだよというメッセージのように受け取れました。


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さて、次にビジュアル面が良かったことについて書きましょう。
ここまでに載せたスクリーンショットでもわかると思いますが大変綺麗ですね。それに加えて本作においては、裏街道には日が昇ることはなく、ガラクがくれた特殊なメガネをかけないと色の判別も難しい程度に暗いという設定があります。ネタバレになってしまうので詳しくは言及しませんが、その点が反映されたスチルや立ち絵になっているのがとても良いですね。


本作にはストーリーのメインにかかわってくるキャラクターのみでなく、探索時に会話などをすることができるサブキャラも多数存在しています。彼らについても立ち絵が用意されているだけでなく、専用のスチルまであったりしてこれは相当な力の入れ具合だと思います。このスチルはそのキャラクターのサブシナリオをクリアすることで見ることができるようになります。

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これらのスチルは一度見たものはおまけ部屋で再度閲覧可能になっています。同時にそのシーンで印象的なBGMと合わせて鑑賞できるシステムは何気に初めて見たかもしれません。曲名なども同時に表示されていて、私のような音楽素材マニアには大変うれしいシステムです。



本作の攻略についてです。
公式サイトなどの記載では難易度は低いとのことでしたが、エンディングをすべて回収しようとすると私には難しく感じられました。簡単というよりは”余計なことをしない”というタイプの分岐条件になっているのです。分岐ありの探索ADVにおいては特定のアイテムを入手するとか謎を解くとかの分岐条件になっているものが大多数ですから、本作はややトリッキーな分岐条件をしている分難しいなと感じられました。もちろん、そのうえで必須のフラグは立てておかなくてはなりません。自力では難しいなと思ったら素直に公式サイトにあるヒントを見ることをお勧めします。
とはいえ、ゲームオーバーを避けてエンディングまで進むのは(いくつか不意打ちポイントがあるとはいえ)簡単ですので、まずは自力で回収できるだけやってみるのがよいでしょう。

ストーリー進行に必須でないサブクエストについてはさらに難しいです。9部屋あるアパートの一部屋一部屋を丹念に調査しないといけなかったり、非常に早いタイミングで必須フラグを取る必要があったり、当然のように時限イベントのクリアを要求されたりします。こちらは一部のイベントについてはおまけ部屋でヒントが見られます。分岐しうると私が認識していないタイミングでのフラグなどもあって、理不尽とまでは言いませんがやや不親切かなと感じました。

あとはマップ上で領域の指定が上手くいっていないのか木などをすり抜けてしまう箇所がいくつかあるのも少し気になったでしょうか。
マップの表現自体は面白く、ソファに座っている状態がわざわざ用意されているのはなごみますし、そんなモザイクの使い方あるのか、と驚かされもしました。

ホラー要素はそこまででもなく、あまり得意でない私でも最後までプレイできました。ただし過激ではないとはいえ脅かし表現はありますし、そこそこグロい絵もあるので血とか無理~という方はやめておいた方が無難でしょう。



というわけで今回は「人間裏街道」でした。
死にたがりが裏街道で見つけた目標とは。生きていく理由とは。大変に後味の良いエンディングとなっているのでぜひあなたの手で見つけてください。

それでは。

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