フリーゲームの森

フリーゲームのレビューブログです。 ノベルゲーム・アドベンチャーゲームを中心にお勧めの作品を紹介します。
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ノベルゲーム

こんにちは。今回はBlu Lunettaさんの「チェックメイト」のレビューをお送りします。

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ジャンル:童話絵本風ダークメルヘンサウンドノベル(公式サイトより引用)
プレイ時間:45分
分岐:なし
ツール:Light.vn
リリース:2017/9


上のスクリーンショットやタイトルからお分かりと思いますが、今回ご紹介する「チェックメイト」はチェスがモチーフになっている作品です。白黒メインで描かれたタイトル画面の雰囲気は作中全体を通して続き、童話風、寓話風の印象を強く残してくる作品となっています。
また、本作はside:whiteとside:blackの2本の短編からなるオムニバス形式となっています。


2本の短編は完全に独立しているのでどちらから読んでもいいですが、私はside:whiteから読み始めました。
whiteは白の国と黒の国の間で続いていた戦争のお話です。白の国は真実と平等の国。嘘をつくことは重い罪と見なされます。黒の国は嘘と力の国。強いものが支配し、人々は自由に己の力を競っていました。

仲の悪い2つの国はずっと戦争を続けています。終わらない戦渦にしびれを切らした白の国のクイーンは、直接黒の国に出向いて黒のキングに直談判を企てます。しかし彼女が黒の国へ実際に行ってみると、戦いが好きで常に争っているというイメージとは全く違う姿が広がっていたのです。パレードでにぎわう大通りは、人々の笑顔と音楽であふれています。黒の国の人々に話を聞くと、戦争を終わらせてくれないのはむしろ白の国のキングの方だと口を揃えて言っています。

白のキングから聞いていた話と自分の目で見た姿が一致していないことにクイーンは戸惑いを隠せません。白と黒、真実と嘘つき。言葉を聞いたら普通は白の方がよいと思うでしょう。しかし白の国が白のままでいられたのは、嘘をつくこと自体が重い罪となるというある種の恐怖政治の結果だったのです。

この展開が大変に寓話的で良かったです。絵本風のイラストや手書き風フォントも雰囲気づくりに貢献していますね。クイーンと白の国の行く末も白と黒というイメージを活かした結末だと思うのでぜひ皆さんで確かめてみてください。5分から10分くらいの掌編です。


ではside:blackの話に移りましょう。舞台はガラッと変わってチェスの腕がすべてをいう国になります。ある平民の家に大変美しい少年がいました。彼はとある子爵に見初められて養子となります。しかしその子爵が若くして病に倒れ、少年はわずか13歳で子爵の家を継ぐことになります。
しかし少年に当主の立場は荷が重く、ほとんどのことを秘書に任せて気ままな生活を続けるのでした。

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そんなある日伯爵家の令嬢が屋敷を訪れ、爵位継承祝いの夜会に誘われます。平民出身で貴族の付き合いや権力争いに巻き込まれたくなかった少年は一度は断るのですが、結局は出席せざるを得なくなります。

実はこの夜会出席までの間で少年と秘書の間でひと悶着あるのですが、その描き方が結構良かったです。ただの平民であった少年がいきなり子爵の跡継ぎとなったことについて、良く思わない人がいるのではないかという懸念は自然なものです。しかしそのために揺らいだ秘書への信頼を回復するために本作の重要な設定である"チェスの腕ですべてが決まる"という世界観が生きています。

しかしその夜会において令嬢は少年に何か意味深な忠告を残し、その後何と射殺されてしまいます。その時の秘書の様子や後日訪ねてきた伯爵家の執事の話を総合すると、再び秘書が味方であるかどうか疑わしいと言わざるを得ない状況となってしまいます。

このように誰が味方で誰が敵か、信用できるものが何かが目まぐるしい速度で入れ替わっていくのが本作の特徴と言えるでしょう。side:whiteでもそうでした。なるほどチェスの白と黒という色からの連想として理解できます。この後さらに皇太子とのやり取りで少年は心を揺さぶられることになるのですが、それはぜひ皆さんの目で確かめてください。

side:blackにおいてはさらに時折スチルが挟み込まれます。普段は黒ともう1色程度で表現されたシンプルな背景と影絵だったのが、重要なシーンでカラーのスチルになると大変印象に残ります。効果的な演出法だったように感じました。

またside:blackの方はside:whiteよりかなり長く、30分程度のボリュームがあります。どちらもその尺の中で良くまとまったシナリオになっていると思います。担当されたライターさんが異なるようですが、そうは見えない統一性というかまとまりが感じられたのも良かったです。

本作をプレイしていて少し気になったのはフォントです。手書き風で絵本チックな世界観の演出には一役買っていて、実際side:whiteを読んだときにはいいなあと思っていたのですが、side:blackくらいの尺があるとやや読みにくいなという気持ちになってしまいました。またblackくらいの尺になってくると全ての登場人物が肩書で呼ばれ、名前が一切登場しないのは少し寂しいでしょう。
あとは動作の安定性がやや低いところでしょうか。素早くクリックするとたまにソフト自体が落ちてしまいます。Light.vnはやや珍しいツールかと思いますので、デフォルトの操作に慣れるまではすこし大変でした(マウスホイール操作でログに入れない、SKIP/AUTO解除には右クリックしなくてはいけないなど)。


本作にはwhite、blackともにボイスが付いているのですが、クレジット等を拝見するになんと全て一人の方が担当されているということで驚きました。男性の役も女性の役もあるのですが、きちんと演じ分けられていてすごいですね。すべて聞くとプレイ時間はかなり長くなると思います。


ちなみに本作の中でたまにチェスに関する用語などが登場しますが、特にチェスを知らない方が読んでも問題なく楽しめるはずです。一応知識があるとより分かりやすい箇所もありますので少しだけご紹介。
  • ポーン
    前に1マスだけ進める最も弱い駒。将棋でいう歩兵に相当。実際には特殊なルールが多くてもう少し複雑ですが、本作を読むうえではこれで十分です。
  • アイソレーテッドポーン
    文字通りポーンが1つだけ孤立している状態。ポーンは斜めにつながっていると前列のポーンを後列のポーンが守ることができ効率がいい(ポーンチェーン)と言われているが、孤立してしまうと守ってくれるポーンがいなくなってしまう。
  • プロモーション
    ポーンは敵陣最奥に進むと好きな駒に変化することができる。将棋でいう成りに相当。最強の駒であるクイーンにすら成れるので非常に強力
  • 先手・後手
    チェスにおいては白を持ったプレイヤーが初手を着手する。囲碁やオセロや五目並べ(連珠)では黒が先番なのとは逆である。
こんな感じでしょうか。

全体として出来上がった世界観が素敵な作品ですのでぜひプレイしてみてください。
それでは。

こんにちは。今回は初めてシェア版を前提にした作品紹介をしたいと思います。
TetraScopeさんの「桜哉」です。

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オススメ!
ジャンル:SF乙女ゲーム
プレイ時間:フルコンプまで5~6時間
分岐:計6エンド
ツール:NScripter
リリース:2013/1
備考:18禁。有償作品(フリー版もあり、15禁)



TetraScopeさんと言えば全年齢対象のフリーゲーム「私のリアルは充実しすぎている」を以前このブログでも扱いました。シナリオもイラストも、音楽についてもハイクオリティで素晴らしい作品でした。その時に、ああこのサークルさんは18禁シェアゲーも出してるんだなと思っていたのですが、今回ついに購入してプレイしてみました。期待度は高かったのですが、実際にプレイしたところそれを優に上回る衝撃を受けたので今回初めて有償作品の紹介をしようと思い立ちました。

特に物語の余韻の強さ、そしてテーマ性という部分で私がこれまでプレイしてきた作品たちの中で5本の指には入ると感じました。気になる方は下の私の文章なんて読まなくていいのですぐに上のリンクから作品ページに飛んでダウンロードしてください。


物語の舞台は現代から数百年後、人型のロボット(アンドロイド)の開発が進み、接客業の多くを代替するなど広く普及しています。主人公の九条茜(名前変更可)は亡き父が開発したアンドロイド、桜哉と2人で生活しています。しかし桜哉は定型的なやり取りしかできず感情も持たない一般的なアンドロイドとは一線を画す存在で、外見や触った感触、会話内容でもアンドロイドとは分からないほどよくできており、人間らしい感情も持ち合わせています。
高校卒業以来数年ぶりに会った幼馴染の上村榛(うえむら・しん)には、ぜひ桜哉の研究がしたいから会社で買い取らせてくれと請われるが、もはや家族同然の存在と感じられる桜哉を物のように売り払ってしまうような話は当然拒否。榛にも、もはや桜哉はアンドロイドを超えた家族、友人として見てくれないかと交渉するが榛の態度も強硬。榛には「桜哉が好きなのか?」と問いかけられる。
幼いころから余りにも当たり前に隣にいた桜哉。彼のことを自分自身でどう思っているのか深く考えるのは避けてきたが、この問題に決着をつけなければならない時が近づいています。桜哉は人間なのか、アンドロイドに過ぎないのか。そして人とアンドロイドは愛し合うことができるのか?。


本作のおよその内容は上の通りです。それでは本作のどこが素晴らしかったのか説明していきましょう。

まずは上にも貼ったタイトル画面の段階でSFの世界観がすごい。CONFIGやEXTRA内のフローチャートなどもスタイリッシュですね。BGMも透明感があって、広大なサイバー空間に解き放たれたような気がします。UIや背景、音楽などの要素で未来感のあふれる世界観を作り出せるのはさすがです。


作品の中身、シナリオに移りましょう。
先述した通り、本作は”人とアンドロイドが愛し合うこと”がテーマとなっています。この重厚なテーマがありながら乙女ゲームとしてのエンターテインメント性はしっかり確保されています。
まずは攻略対象となる桜哉。イケメンかつ可愛らしい。そして茜のことが好きなのが見ていてすごく伝わってきます。本作は物語開始時点で主人公の茜と攻略対象の桜哉は同居しているので、積み上げられた信頼感のようなものが既に存在しているのです。

しかし物語前半におけるこの感情は恋人同士という感じではありません。長く同居しているからそういう雰囲気というよりは家族に近いというのもありますが、この時点では茜も桜哉も「人とアンドロイドが恋愛するものではない」という意識をふんわりと抱えています。はっきりとそう意識しているわけではないというのがミソで、物語中の出来事に影響されて意識させられるようになる、そしてお互いへの認識が変化していくというのが上手いんです。


SFなどの世界観が現代でない物語で登場人物たちが抱く感情は、当然その世界での常識や世情が反映されたものになります。本作においてはこの部分もきちんとプレイヤーに伝わるようになっています。例えば3章、カラーズランドへ桜哉・榛と3人で遊びに行くときです。入場時にアンドロイドへいちゃもんをつける人間の存在、あるいは人間対アンドロイドでの事故発生時の扱い。こういった状況が自然に挟み込まれることで作品世界への理解が深まり、プレイヤーの意識はより主人公に近い形へと向かっていきます。

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アンドロイドに対する愛好派と反対派の抗争が存在するという現実は、茜に嫌でも桜哉がアンドロイドであることを意識させ、物語終盤に至るまで何度も考えていくことになります。人工的に作り出されたことに間違いはない桜哉。しかし一般的なアンドロイドとは一線を画すほど人間らしく、事実茜と榛以外の人にその正体がバレたことはありません。そんな桜哉ともう何年も一緒に暮らしている茜にとっては、ただのアンドロイドとは到底思えないのです。

そしてこの問題をさらに複雑にしているのは春樹という人物の存在でした。茜と榛の幼馴染としてかつて親しくしていた春樹でしたが、幼くして亡くなってしまいます。彼の母親の強い希望で、医学と工学に通じていた茜の父が生み出した存在が桜哉なのでした。
幼いながらも春樹に恋心を抱いていたかつての茜。オリジナルの肉体は死んでしまったけれども意識を引き継いだ存在として現に生きている桜哉。その複雑な状況の前で榛は茜に「桜哉の中に春樹を見ているのか」という問いを投げかけます。茜は今生きている桜哉が好きなんだと即答することができないのでした。


物語が進むと桜哉はアルバイトを始め、徐々に茜・榛以外との関係を築いていくようになります。
事情を知らない人から見れば人間にしか見えない桜哉はそのルックスの良さからたちまち人気を集めていきます。そんな桜哉をみて茜は焦り、そして気付いていくわけです。「あれ、私嫉妬しているのかな。桜哉のことを異性として好きなんだろうか?」と。


そんな嫉妬やすれ違いを乗り越えて迎えた7章。本作の18禁たる所以のシーンがあります。
この描写が本当にえっちなのに上品で上品で…。桜哉が茜をいたわってくれているのが本当に良く分かります。
なんせ前回プレイした18禁が「スレガル」ですからね(方向性が違いすぎて比較できない)。
こんなに愛にあふれて見ているこっちまで幸せになるようなえっちシーンあるんだ~、思っていたのより3倍エロかったなぁ~


などと思いながらメインルートを完走。過去回想も大変気持ちよく感動的な仕掛けになっています。エンディングムービーで桜哉と博士(桜哉を生み出した張本人)の対話が見られる演出も非常に効果的。
「君は人を愛することを知ってしまったから
愛されることを、望みたくもなるだろう」
作中で常に問いかけられていた、人とアンドロイドが愛し合えるかという問題に、こんなに幸せな回答を示してくれました。
たっぷりと幸福な気分に浸りながらおまけシナリオなどを読んでいきます。

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ちなみに最後の選択肢によって結末はEND1とEND2に分岐します。桜哉をより深く理解していた方がよい結末を迎えられる、とても納得感のある分岐です。ぜひ両方読んで、桜哉が何を思っていたのか、自分についてどう考えていたのかを感じ取ってください。


一応本作をプレイして気になる点を書いておくと、アンドロイドが普及している点以外で舞台の未来っぽさが感じにくかったことでしょうか。アンドロイドの普及とそれに伴う社会の変化や世論についてはしっかりと触れられますが、現代から数世紀後の話という割に榛は車を手動で運転していますし、本屋の様子も現代と変わらないように思えます。



…といろいろ書いてきましたが、この時の私は本作の本当の顔に全く気付いていなかったのです!



フローチャートを見れば、本作には6章以降、another routeが存在していることが分かります。それも結構な分量です。メインルートを読んで、榛だけ報われてないな~と思っていた私は、彼が何らかの形で望みを叶える展開はないだろうかという希望を持ちながらこのアナザールートに突入していくことになります。結果的に私の期待は良い方向に裏切られました。



アナザールートに入った私はEND3~5をまず回収。どれも過度にドラマチックでない自然な展開で、プレイしていてスッと受け入れることができました。自分だったらEND4あたりで平穏な結末を迎えている気がするなあと思ったりもしました。この、「言葉には出さないけど確かに存在している信頼感、むしろ明言すると儚く消えてしまいそうなこの関係性」が素晴らしい。私のツボです。


さて、最も入るのが難しかったのはEND6のルートです。このルートでは、榛が思い切ってプロポーズしてきたのを受けることになります。メインルートとは違い榛と繰り広げられる18禁シーン。このころの私はまだ、(ああ、販売サイトにあったサンプルスチルまだ見てないもんな、こっちのルートにあったんだなあ)、などと考える余裕がありました。しかしその後私は衝撃のあまり満足に声も出せなくなってしまいます。

榛との行為中に家に帰ってきてしまった桜哉。3人の間に気まずい空気が流れます。とりあえず榛には帰ってもらいますが、表情を失った桜哉が怖い。衣服もはだけたままの茜。私はこの状態でも辛いなと思っていたんですが、何と桜哉はそのまま茜との行為に及んでしまいます。私は意味をなさない声を上げて驚きます。(なんで?そんな展開あり??桜哉どうしちゃったの???)

しかもこのシーンが長いこと長いこと。体感でメインルートの倍くらいあった気がします。
私はこの衝撃を受け止めきれないまま物語は最終章へ。そこで桜哉から投げかけられるある願い。茜は冗談と笑って返したあの台詞。その意味するところを理解した私は絶句し、涙し、震えることになりました。
正直、私は本作が18禁であることの意味を甘く見ていました。しかし本作で描かれる桜哉の胸中、アンドロイドであるが故の葛藤はそんな生ぬるいものではありませんでした。18禁シーンを通すことでしか表現できないこの切ない結末を私は全く予想していなかったのです。

以後、核心に関わるネタバレがあります。OKな方のみクリックして閲覧してください。

クリックで展開(ネタバレあり) 桜哉はあの瞬間、この世界に絶望してしまったのです。
茜が自分以外の男性と行為をしていたからではありません。茜と榛、人間と人間が行為をすることによって生まれる快感であったり、新たな命であったり。桜哉は茜と行為をしてみて、自分にはその快感を得ることは不可能であり、茜を生物の本能の部分から満足させる能力が存在しないことに気付いて絶望したのです。

私は”人間とアンドロイドが愛し合えるか”が本作のテーマになっていると述べました。他のENDでも十分に表現されていると感じましたが、ここまで深い意味で、ショッキングな結末をもって描かれるものだとは想像もしていませんでした。本当にこのテーマが作品全体で一貫していて大変印象的です。
まさに、18禁だからこそ描けるテーマ性。私がフリーゲームの森というタイトルを掲げながらブログで有償である本作を扱った理由はそこにあります。桜哉との時と榛との時で茜の様子の差異も丁寧に描かれている。先ほど思っていたより3倍エロかったなぁ~とかいう何も考えていない感想を書きましたが、そのシーンは単にえっちなだけでなく、このテーマを語るのに必要不可欠だったわけです。ここが本当に感動するポイントで、私はこういう作品が大好きです。
単純にエロシーンがあるだけの作品もそれはそれでありですが、そのシーンが今後の展開や作品のテーマに必然性を持って絡んでくると作品の奥深さが段違い。名作と評するのに十分な理由です。



1つだけ惜しいと思ったのは「第一原則」などの用語です。作品を通して幾度となく出てくるこの言葉は、ロボット工学三原則の第一条を意味していると思います。「Campus Notes vol.2」などでも登場しましたね。榛に自分を壊してほしいと依頼した桜哉は、自分ではできなかったと語ります。生への執着と作中では説明されますが、散々ロボット工学三原則を引用してきたなら、ここは第三原則に違反するからとしておいたほうがきれいだったのではないでしょうか。


しかしそんなのは些細な問題です。桜哉の悲痛な叫びが聞ける車内でのあのシーンへの入り方が完璧。味わうようにゆっくりプレイしていると、直前で始まったエンディングテーマの歌詞が入るタイミングで桜哉の独白が始まります。

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この「よかったね」にどんな感情が込められていたのかがこれ以上ないくらい雄弁に語られるこのスチルと表情。
「やっぱり、羨ましかったのかもしれない」
「茜のことを、人間の女性の本能の部分まで満たしてあげられる、能力が」

「アンドロイドとしての俺を、愛してもらいたいんだ」

何という重い言葉でしょうか。
初見でプレイしていた時は全くそんな余裕もなく流していたエンディングテーマの歌詞ですが、聞き込んでみると桜哉の心情をそのまま表現していて心を打ちます。
それでもまだ 近づきたい
強まっていく気持ちは
君のものと同じはずなのに
別の、違う色に見え

そして戻ってきたタイトル画面でまた泣かされます。美しすぎる。こんな幸せな未来が…あったのだろうか。

この結末が分かったうえで再度END6のルートをたどってみると、確かにお互いの理解がすれ違っていくような選択を重ねていった結果であることが納得できるんです。後から選択肢と分岐の正当性がこんなに感じられる作品も珍しいと思いました。


ちなみに本作のサウンドトラックは公式サイトから購入者限定で無料でダウンロードできます。
しかもボーカル曲についてはカラオケ版とイラスト付き歌詞カードもついてくるという豪華さ。見逃さないでくださいね。

また、同じところから、本作の5年前を舞台にした「Sweet Present for Shin」もダウンロードできます。
榛に予想外の人気が集まったことから作られたおまけ過去話であるということです。本作を気に入った方はこちらもぜひ!

私はプレイしながら、「バレンタインテロリズム」の及川颯太を笑えないレベルで榛のフラグを折りまくっている茜に笑ってしまいました。榛も恥ずかしくなって赤くなったりしちゃうんだなあ。


以前レビューした同サークルの「私のリアルは充実しすぎている」についてはフリーゲームですので、何と無料でボーカル曲のダウンロードができます。こちらもカラオケ版と歌詞カードつき。
firstcomplex」も購入者限定でサウンドトラックがダウンロードできます。


本当に素晴らしい作品でしたので、ぜひ多くの方にプレイしていただきたいなと思います。まずはフリー版だけでも物語として十分まとまっていますので気軽に手に取ってみてください。
そして気に入った方は、フリー版では決して描けない、18禁だからこその感情の動きとテーマ性を製品版で味わってください。私がなぜここまで熱烈に語ったのか、その理由を分かっていただけると思います。

こんにちは。今回は★Blue Cometさんの「カルマの願い箱」のレビューです。

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★favo
ジャンル:現代ファンタジーノベル
プレイ時間:コンプまで1時間半~2時間程度
分岐:ED6種
ツール:NScripter
リリース:2022/12

はい、crAsM.Mビジュアルノベルオンリーの記事でちょっとだけ触れた作品です。レビューの形でちゃんと扱っておきたいと思います。
いつも通りあらすじを簡単に紹介するとこんな感じ。

主人公の如月零音(きさらぎ・れいん)は音楽一家の長男で高校2年生。ピアノの天才と言われコンクールの優勝歴もありますが、フルート奏者だった父の影響もあり高校では吹奏楽部に所属。「親友」の日向晴夫(ひゅうが・はるお)とともに楽しい学校生活を送りながら、夜にはピアノの練習に励んでいます。
ある日零音が帰宅中に迷い込んだ不思議な街で、謎の人物ミレーから”3つの願いが叶う”というアンティークな箱を受け取ります。そんな怪しい力に頼ることはないと箱をしまい込むが、目の前で晴夫が車にはねられるのを目撃した零音は箱に願いをかける。願いはどのような形で叶うのか。その代償は何だったのか。彼らがまた笑顔で音楽に取り組むことはできるのか…


まず主人公の名前が変わっていますよね。零音と書いてれいんと読む。英語で雨を意味するこのネーミングは、彼が生まれたときに雨が降っていたことも由来の1つだそうです。雨を好む零音はなぜ雨が好きになったのか。その答えは彼がピアノの才能を持ち合わせていたことにありました。

幼いころからピアニストとしての才能をあらわにしていた彼は、周囲の”普通の子供”と一緒に遊ぶことができなかったのです。万一転んで手にけがをさせたら困る、と周りの子供たちも遊びに誘うのを遠慮してしまいます。悲しいのはそれが本人の希望と一致していなかったことです。彼は自分のことをピアニストとして見られてしまうのがあまり好きではなかった。一人の人間として友達と遊んだり漫画を読んだりしたかった。しかしそれが叶わなかった彼は、周りで遊ぶ子供たちの声が聞こえない雨の日が好きなのでした。

以前紹介した「夏ゆめ彼方」も主人公朝川桂一は才能ある少年でした。彼の場合は将棋でしたが、将来を期待される天才だったという点では一緒です。しかし桂一と零音では才能に対する考え方は真逆でした。周りとは違うんだ、自分は選ばれし人間なんだという意識の強かった桂一に対し、周りと一緒に遊びたかった零音。結果的に彼らの考え方は違ってもどちらもそれに至る思考の過程が描かれるので、読んでいて物語をスッと受け入れやすいんですね。

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そんな主人公零音は高校に入って初めて自分をピアノの天才という色眼鏡を通さずに見てくれる人物、晴夫に出会います。ようやく自分という人間を見てくれる人物と出会えた彼は本当にうれしそうですし、彼らの交流は私の心も軽くしてくれました。雨と晴れのように対比が効いた性格なのも分かりやすいですね。


さて、ここまでは物語の前提であって、本作のストーリーはミレーから願い箱をもらうところからが本編です。最初ははなから信じてもいないし使うつもりもなかった零音ですが、晴夫が交通事故に遭うのを目撃しては箱を使わないわけにはいきません。ここでどんな願いをかけるかで物語は分岐していくわけです。

しかしこんな怪しい箱が簡単に思い通りに願いをかなえてくれるわけはありません。確かに願った通りではあるけれどもそういう事じゃない。零音はままならなさに悩んでいくことになります。
晴夫のために苦悩している姿がきちんと描かれるので、プレイヤーである私も頑張って良い結末を目指そう! と思えるような内容でした。


零音の人間関係は晴夫だけではありません。吹奏楽部の仲間であったり、クラスメイトであったりも登場して零音と晴夫に影響していくことになります。交通事故についてひと段落した後は今度は人間関係に悩まされるようになるのです。うっすらBLの匂いも。
しかし常に天才という目で見られており対等なコミュニケーションの経験に乏しい零音は少し感覚がずれているんですよね。対する晴夫が良い人過ぎて一時は見てられないくらいの状態になりますが、真ルートでのこの解決の仕方がよかった。脇役のセツナちゃんもいい人過ぎて泣けます(彼女はそれ以外のルートでは別にいい人って感じでもないんですが、晴夫は常に聖人のようです)。周囲に恵まれた零音は幸せですね。
ただ恋愛がらみについては唐突な印象が拭えないですね。このままでも不自然とは言いませんが、物語前半で何か予兆みたいなものがあると嬉しいかなと思いました。

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もう一人主要人物として、雪村奏(ゆきむら・かなで)がいます。彼は零音が優勝したピアノコンクールで2位だったライバル。高校で吹奏楽部に入ってフルートを吹いたりしている零音に対して「ピアノはどうしたんだよ」というような態度をとります。この件については願い箱とあまり関わりがないというか、他の問題と断絶されている感じを受けました。とはいえ真ルートでのあのまとめ方は綺麗だったのでこれはこれでありだと感じました。ここでも晴夫の活躍ぶりがすごかった!(サブストーリー5を読んでいると奏の反省も理解できると思います)

シナリオに関してもう一つ気になったのは、結局願いを3つ叶えたときに起きる”何か”がはっきりしていないかなという点です。


さて、本作は音楽がテーマになっていることもあり、ショパンのピアノ曲がBGMとして使われています。零音のテーマともいえるのが名前ともかかわる「雨だれのプレリュード Op.28-15」で、本編開始後すぐに耳にすることでしょう。その直後には「ワルツイ短調(遺作)」。実はこの曲は私が初めて弾いたショパンの曲で個人的な思い入れもあって嬉しかったです。同じく使用されている「木枯らしのエチュード」「別れの曲」などより知名度が低い曲なので、よくこの曲の素材あったな~などと謎の感心をしていました。これらの曲を含め使用されているBGMはおまけから聞くことができます。「木枯らし」は本編内で使用されているときは冒頭がカットされていますが、おまけ内では通して聴けます。



本作のシステムはやや変わっています。通常のノベルゲームのように任意の場所でセーブ、ロードすることができません。代わりにシナリオが細かく章に分かれていて、章ごとにプレイできる形になっています。以前紹介した作品でいうと「RADIANT*SIGN」に似ています。しかし一本道だったRADIANT*SIGNと違い本作は選択肢も複数あり分岐も複雑です。正直このシステムは分岐がないか、あるにしても単純なものにしか向かないんじゃないかと疑問でした。選んだ選択肢によって2つに分岐する程度ならともかく、複数の選択肢の組み合わせで分岐したり、あるいは合流したりといった仕掛けはかなりやりにくいと思います。しかし本作は入念にデバッグされておりかつ章区切りも計算されているらしく、繋がりがおかしいと感じられるようなことはありませんでした。さらに新章解放時のエフェクトなども凝っています。なぜ開発の手間もかかるだろうにこのシステムを採用したのか考えるに、私が思ったのはサブストーリーの演出効果でした。本作は本編を読み進めるうちにサブストーリーも解放されていきます。おおよそ時系列順に解放されるため、メインストーリーを進めつつサブストーリーは解放され次第読んでいくというプレイスタイルが本作を味わうのにちょうどいいのかなと感じます。そのため区切りの多いこのシステムを採用し、メインストーリーとサブストーリーを往復させようという狙いだったのではないでしょうか。確かにサブストーリーの内容を全部本編に組み込んで自然に分岐させるのはかなり難しいように思えるので、なるほど効果的かもしれないと思いました。


もう一つ作者さんの本作にかける執念のようなものを感じた話をしましょう。
私がおまけ内の登場人物紹介を読んでいた時です。そこでちょっと私の常識にはなかった文を目にします。

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「※本編には登場していません」
だと?!


登場してない人物を紹介する必要があるのか???
crAsM.Mビジュアルノベルオンリーで作者の深嶺ユミアさんと話す機会があったので直接聞いてみました。すると非常に筋の通った答えが返ってきてびっくり。

本編で零音たち吹奏楽部が練習している曲は「般若」という実在の難曲。私は吹奏楽は素人なので全く知らない曲でしたがかなり難しいらしいです。このこと自体は本編中やReadMe内で記述があるので気付いていました。
そしてこの曲を演奏するのに必要なパーカッションの人数が4人ということで、晴夫、パートリーダー(雨村理子)、後輩(安雲竜)、そして問題の人物(雪峯さくら)を割り当てていたが、結局物語の都合上さくら以外の3人しか本編での登場機会がなかったというのです!
しかしせっかく用意した設定だからおまけに入れちゃうという判断をしたということでした。
登場機会がなかったさくらちゃんが不憫なのか、作者に忘れられていなくて幸せなのかは分かりませんが、実在の曲からここまで設定を固めて作られた作品なのだなあということで感心しました。

この「般若」はYouTubeで聴けるので気になる方は聴いてみてください。ReadMe内にもURLがあります。私も聴いてみましたが、変わった曲で確かに難しそうだなと思いました。

そうそう、本作はTRUE END到達が難しめだと思うので、困ってしまったらReadMeをしっかり読んでみてくださいね。ちゃんとヒントが書かれてます。


3つの願いが叶う不思議な力というある種使い古されたネタでありながら(この辺は作内でもメタ的に言及されていますね。無人島のジョークは私も知っていましたし、猿の手は多分高校のときに課題で英語で読まされました。内容忘れたけど)、独自の調理法でおいしく出来上がった作品だと思います。ぜひプレイしてみてくださいね。

それでは。

こんにちは。今回のレビューはハルノサクラさんの「空の果てからこんにちは」となります。

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ジャンル:ファンタジー風ギャルゲー
プレイ時間:1時間半
分岐:3つ+真ルート(後述)
ツール:ティラノスクリプト
リリース:2020/8


現在はティラノゲームフェス2022の真っ最中ですが、本作は2020年のフェス参加作ですね。ではいつものようにあらすじ紹介から行きましょう。

主人公のアオモリヒロサキはリンゴ農家の一人息子。特にこれといった目標もなく、将来はこのリンゴ畑をなんとなく継ぐのかな~と思っています。田舎にいるため近所で歳が近いのはキノコ採りを家業にしている家の娘リコのみ。そんな中突然この町に現れた女の子メイラはなんと重力が反対向きにはたらく逆さ人間だった!
天井に立つメイラに困惑しながらも徐々に距離を縮めていくヒロサキ。それに対してリコはちょっぴり複雑な思いを抱くのだった…。

とまあこんな感じでしょう。男主人公に対してヒロイン2人の典型的ラブコメとなっています。



本作に関しては事前情報ほぼなしでプレイしたのですが、メイラの初登場シーンはなかなか衝撃的でした。
それまでの感じから、「ああ、ヒロインが主人公にベタベタな感じで主人公は小馬鹿にしたような態度をとるよくあるラブコメかなあ」と思っていたら、突如逆さま人間が登場するわけですから驚きます。というか最初は???状態でした。なんかこの背景おかしくない?と。しかしメイラが逆向きに立っているビジュアルが明らかになって、なるほどなとなりました。しかもこのシーンの背景はセーブ画面の背景に使われてますね。最初に見たときわけが分からなかったのですが、ようやく合点しました。

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その後はしばらくほのぼの系ラブコメが続きます。「あなたのお嫁さんだよ☆」などと妄言(?)を吐くリコと冷たい系のヒロサキ、それに泣き虫天然系のメイラとラブコメのキャラクターとして王道かつバランスの良い設定でしょう。
そしてふだんあんなことを恥ずかしげもなく言っているリコが、ヒロサキがちょっと乗ってきただけで恥ずかしくて赤くなっちゃうのが良いですね。いつもみたいにかわされると思ったのにそういう雰囲気になったら途端に恥ずかしくなっちゃうんですよね。


…ところでヒロサキ君、君は登場する作品を間違えたんじゃないかい?
絶対にエロゲに出たかったのに間違えて全年齢の本作に出ちゃったでしょ!!
ヒロインの告白(?)を華麗にかわしておいてあんなセクハラ言動が許されるのはエロゲだけですよ!!
もっと健全な作品の主人公らしく過ごしなさいよ!


と、ヒロサキへのお説教が済んだところで物語を読み進めていきましょう。中盤くらいまで読んだところで、ラブコメなのはいいとして私の頭にはこの作品の世界観について疑問がわいてきました。
主人公の名前(漢字で書けば、青森・弘前ですよね)からすると物語の舞台は現代日本だろうな~と思っていました。しかしそれにしては背景画像が微妙だし、会話や町の様子も現代っぽさがないなあという違和感を抱えていたところ、メイラを連れて外出したシーンで事件が起こります。なるほど本作はファンタジーだったんですね。

このあたりの、作品の舞台になっている世界の説明はもう少し早い段階でしてくれた方が良いんじゃないかと思いました。人さらいの登場とか、端岬とかのあたりはどうも唐突すぎる印象を受けました。


さて、本作はプレイヤーの選択によりリコルートとメイラルートに分岐します。分岐の仕方は分かりやすいので初見で狙った方に行けるでしょう。私はリコルートから読みました(というかあのシーンでメイラ選択したらヒロサキに人間の心なくない?)。
こちらはサブルートであることがリコ本人の口から語られていますので(!)さらっと読み進めましょう。先ほどの事件はリコルートでのものですが、それが解決した後は物語は何事もなく平和なまま終わりを迎えてしまいます…と思いきや最後に衝撃の事実が。え??? これはメイラルートも読めば意味が分かるやつですか? というわけで張り切ってメイラルートに向かいましょう。

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こちらのルートにはさらに2つの分岐があります。片方は平和なまま、もう片方は別れを伴う形でこれも終了。え? どういうこと、ヒロサキの選択の理由も説得力あるわけじゃないし終わり方も中途半端だし良く分からんな~
実際、本作がこれで終わりだったら私はレビューで取り上げなかったでしょう。
これらのルートをすべて読み終えると、タイトル画面に変化が現れます。この世界をメイラの目から見たように逆さま。これはコンプリート後の演出なのか? としばし迷いましたが、いやこのままだと微妙すぎる、新しい分岐が出現してたりするかも、という期待の元再度STARTボタンをクリックする私。
あれ、冒頭部分こんな感じだったっけ? と思いながら読み進めると、期待通りこれまでと違うルートに入ったようでした。


この真ルートについては詳細は述べませんが、メイラ視点の話が読めて面白かったです。やっぱりヒロイン視点って見たいじゃないですか。本編であんな別れ方をしちゃったメイラがどう思っているのか。逆さまの世界では何が起こっているのかについてもちょっと理屈っぽいですが解説してくれます。ファンタジーというかSFでした。
そしてそれを受けてのラストシーンの収まりがよい。まあ教師の”仮説”については若干力業というか、アナロジー成立してないのではと思わないこともないですが、基本ラブコメ寄りの本作では気にせず流してしまえる範囲でしょう。


その他気になった点としては、投げっぱなしな伏線が目立つことが挙げられます。この世界の秘密について父がヒロサキに隠していた理由、リコルートで明らかになる彼女の秘密(特にこのままではメイラ登場シーンの反応も不自然では?)などが結局解決していないように見えます。2時間以内の尺としてはちょっと設定を盛りすぎかなという印象はぬぐえません。

あとは、無音の時間が長めでやや寂しかったかなという気はします。演出としての無音と理解できる部分以外でしばらく待ってもBGMもないと、なんかバグったかなと不安になってしまいました。映像面(ビジュアル面)についてはよく考えられているなと感じたのでやや惜しい。


ちなみに割とどうでもいいことですが、本作はreadme.txtでだいぶふざけていて面白かったです。
こんな自由な感じのreadme読んだのはいつ以来だったかな~
プレイしたけど見てないって方はぜひ見てください。


今回のレビューはここまでとなります。若干難点の指摘が長くなりましたが、ラストシーンの気持ちよさが魅力的ですのでぜひメイラちゃんを迎えに行ってあげてください。

それでは。

こんにちは。もうハロウィンは1か月前に終わってしまったので若干時期遅れな気もしますが、今回は灰色さんの「10月32日のハロウィン」のご紹介となります。ちなみにタイトルのわりにハロウィン要素は薄めとなっています。

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ジャンル:シリアス系ファンタジーノベルゲーム
プレイ時間:20分程度
分岐:なし
ツール:ティラノスクリプト
リリース:2019/2



まずは本作のあらすじを軽くご紹介しましょう。
主人公は独特な喋り方をするキュルビスという子供。記憶を失い迷い込んだ”タマシイ”に過去の行いを思い出させ、”テンゴク”か”ジゴク”に送り届けるのが仕事です。いつも通り魂の記憶に触れると、なぜかこれまでに感じたことのないほど自分の感情に動きが現れたのです。魂の正体とは、キュルビスの行う仕事の意味とは…?


本作の文章は3人称視点で紡がれ、キュルビスだったり魂たちだったりの心情が本人から直接描写されることがありません。ノベルゲームではやや珍しいかなと思いますが、本作のシナリオに施された仕掛けにピッタリの表現方法になっていると思います。キュルビスはどうも感情が自由そうな感じがしません。果たしてそれはどういった由来があるのか、人間らしい感情はあるのか。こういった謎が不自然に感じない範囲で主張してきます。


さて、話を読み進めていきましょう。
少し進めば、魂の持つ記憶が悲しいものであることが分かってきます。最初は微笑ましく見えたやり取りも、ここまでくると害悪としか言いようがありません。生前の彼女は弱すぎました。そして相手は傲慢でした。

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キュルビスが魂の記憶を開放していくお話のため、シナリオのメインは魂だけとなった彼女がどんな過去を過ごしたかという内容なのかと思っていました。しかし話が進むにつれ、この物語は自然にキュルビスと魂のお話になっていきます。ここが面白かったですね。


しかしだからと言って幸せな方向に進むわけではありません。この物語に救いのある結末は結局最後まで提示されずに終わってしまいます。それでも私は美しいなと感じました。こんな悲しい家族愛があるかと。キュルビスが、あるいは魂が、もう少し強かったら、もう少し知恵を持っていたら、と思わずにはいられません。


本編を読み終わると、男の視点からの話を読むことができます。これはかなりひどい内容ですのでそれなりの覚悟を持って読んだ方が良いかもしれません。


さて、本作の雰囲気を演出するうえで、ビジュアル面での出来も良かったなと感じました。
ファンタジックな街並みやキュルビスの様子は明るく。回想シーンにおける線画では悲しい感情が自然に湧き出る書き方。あるいは背景にうっすらと描かれた植物もいい雰囲気を出しています。

逆に少し気になったのが動作の安定性です。BGMがループ時にぶちっと切れたり、クリア後のタイトル画面の挙動(数秒後に画面が変わる)などはあまりプレイヤーに優しくないように感じます。しかし本作は短編ですから、プレイに支障があるという感じでもないでしょう。


今回は短めですがここまでとなります。
劇的な展開の話ばかりだと疲れますし、”いい話”なタイプを続けて読んでいても飽きるので、本作のようなほんのりとダークなお話を楽しんでみてはいかがでしょう。

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