フリーゲームの森

フリーゲームのレビューブログです。 ノベルゲーム・アドベンチャーゲームを中心にお勧めの作品を紹介します。
初めての方は、ぜひごあいさつをご覧ください。評価の基準については、レビューについてに記してあります。
記事一覧ページを作りました。記事探しはこちらから。Twitterはこちら。リンク等はご自由にどうぞ。
YouTube始めました。フリーゲーム攻略動画などを投稿してます。

ノベルゲーム

こんにちは。今回は禁飼育さんの「スレガル」のご紹介です。

sure1


ジャンル:ファンタジー乙女ゲーム
プレイ時間:4時間
分岐:フリー版はなし(後述)
ツール:NScripter
リリース:2016/7(フリー版)
注意:18禁、(性)暴力、流血、非倫理的描写あり



はい、半年以上ぶりの18禁作品です。1月にご紹介した「そしてパンになる」(18禁)以来ですね。「そしてパンになる」では、終盤衝撃の展開があるとはいえ普通の学園生活を送る普通のギャルゲーで、ヒロインと十分親密になってからエッチなシーンがあります。純愛ものですね。
しかし本作「スレガル」では全く違う展開を覚悟しなくてはなりません。以前紹介した「私の名前を呼びなさい!」(15推)に近い方向性の覚悟です。つまり本作においても主人公は大変に酷い、理不尽な、凄惨と言える展開に見舞われます。本作ではそれに加え、性的暴行があります。セクハラなんてもんじゃありません。そういった展開に拒否感を覚える方は絶対にプレイしないでください。
そして本作の怖いところは、それ以外の所にも。むしろほかの所の方がきついとさえ感じられました。この辺のことは後で詳しく述べます。




それでは本作の内容を紹介していきましょう。
主人公コノリ・モチヅキは魔法使いになることを夢見て魔法学園の回復魔法専攻科に通う女子生徒。日本風の名前ですが、本作の舞台はヨーロッパ風(おそらくドイツ)です。かつて交通事故に遭って亡くなってしまった両親のような人を一人でも助けるべく回復魔法の習得に努めていますが、学園での成績は最下位レベル。回復科教員のジドノ先生には卒業すら危ういと言われてしまう始末。そこでジドノ先生に1か月間特訓をしてもらうことになります。落ちこぼれのコノリにも優しく適切に教えてくれるジドノ先生。勉強の甲斐もあり試験での成績も向上。次第にジドノ先生へ好意を持つようになるコノリであったが……

といったところでしょう。この、コノリがジドノ先生のことを好きになっていく過程。この描写は文句なく純愛乙女ゲーなんですよね。まあ生徒とそこそこ歳いってると思われる教師の関係というところから普通ではないんですが、お互いを思いやる気持ちとか喜んでもらいたいという気持ちとか、そういうのはしっかり感じられます。
主人公はだいぶアホの子なのでギャグ路線多めですが、落ちこぼれの自分に優しく教えてくれ、成功体験をくれた、クラスメートに妙なからかい方をされたときにちゃんとかばってくれた、意外にも甘いものが好きで、ドーナツの話で盛り上がれる……となると、ジドノ先生に惹かれていく描写に説得力があります。

sure2

そんな中でクリスマスの休暇中に普段過ごしている寮から実家に帰省することになったコノリ。しかし駅で電車を待っているところ突然の体調不良によって倒れて意識を失ってしまいます。彼女を学校まで運び様子を見ていてくれたのは学園の校長先生。彼もまた常に仮面を着用していたりと変わった人物ですが優しそう。
友人のキドと妖精たちが帰省ができなくなったコノリを気遣って、数日遅れでクリスマスパーティーを開いてくれたりと彼女の周りにはやさしさがあふれており、体調の方も問題なく回復します。しかしこのあたりから物語は不穏な雰囲気を増していくのです。


たびたび突発的な体の痛みを感じるようになるコノリ。そして校長先生は、「ジドノはやめておけ」と言ってくる。悪い人には見えないけれど……。
そして事件は起こります。体調が悪くジドノ先生の部屋で休んでいたコノリ。しかしトイレに行くために部屋を出たとき、何かをたたきつけるような謎の音が聞こえてきます。妖精さんにそそのかされて様子を見に行くと、蛇のような謎の生物に襲われてしまいます。

ジドノ先生はそんな場面に駆け付け、コノリと妖精を助けてくれます。部屋から出るなという言いつけを守らなかったうえに先生に助けてもらったという負い目から、今後は先生のいうことに従おうと誓うコノリ。しかしその後、ジドノ先生は蛇にかまれた部分の診察と治療を行うと言います。気付けば接触呪術による痣がコノリの全身に広がっています。恥ずかしいのを我慢して先生に診断と治療を任せることにするのですが、、、、、

私はこのあたりで察します。ああ、ついに禁飼育作品特有のきつい18禁シーンが来るなと。このサークルさんの年齢制限のある作品は「おじさん(15禁版)」「処女失格」(18禁)の2作しか読んでいない私ですが、どちらも非常にショッキングな展開を含むし、男は実は言いようもない悪人であるというパターンは完全に学習済みです。
果たしてその後の治療シーンは私の想像通りでした。治療、解呪と言いながら描写はいやらしく、コノリは恥ずかしさに何とか耐えながらジドノ先生の思うままに身を任せています。
「なんだろう、先生は私を助けてくれている筈なのに、どこか違う、何かちがうのだ。」
とコノリ自身感じつつ、先生のことを心から信用しているからこそ、真面目な除去魔法でえっちな気分になっている自分に嫌悪を覚えます。

おかしいと思いつつも受け入れてしまう。あまつさえ悪いのは自分だと暗示をかけてしまう。これは恋は盲目ってやつでしょうか。それとも、ジドノがあまりに狡猾で、邪悪で、対するコノリが純粋すぎるからでしょうか。



……しかし本作を読了した今から思えば、この時はまだ”幸せな物語”だったのです。ジドノ先生がコノリに借りていたハンカチと、黒猫のぬいぐるみを返したとき、物語は急展開を迎えます。
sure4

以降、さらに輪をかけて胸糞悪く、そして凄惨な展開と、核心に関わるネタバレがあります。一度折りたたみますので、かまわないよという方はクリックして読んでください。
クリックで展開 ここまで読み進めると、現在の物語は暗い影を残した状態で終了となりタイトル画面に戻されます。再度Startボタンをクリックすると、章選択が可能となっています。いかにもな赤字で示されたタイトル"バウルサク"を選択すると、時間をさかのぼってコノリがまだ幼かったころ、魔法にも出会う前の両親と暮らしていたころの物語が始まります。

そこでは、かつて平和に暮らしていた思い出、そして家族で遊園地に遊びに行った帰りに両親が交通事故で亡くなってしまったことなどが語られます。
身寄りをなくしたコノリ。親がいなければ訴える者もいないという自分勝手な考えを持った奴隷商人に誘拐されてしまいます。他の誘拐被害者とともに商品として見世物にされ続ける毎日。そんなコノリに目を付けたのがジドノだったのです。年端もいかないコノリに対して容赦ない性的暴力を振るうだけでなく、助けなんてこないんだ、周りの人間なんて誰も自分のことを気にとめたりしてくれないんだというトラウマを同時に植え付けます。

明日にはコノリを奴隷として買い取ることを契約したジドノ。コノリたち子供はその夜のうちに監禁されていた檻からの脱走を敢行します。
ここまで読んでようやく私は気付きました。タイトルの"スレガル"はslave girl、奴隷の少女を意味しているのだと。
sure2
生意気な様子のコノリを気に入ったジドノは脱走されたからと言ってあきらめたりはしません。魔法を使って脱走した子供たちの居場所を突き止めてしまいます。そしてあっさりと脱走を先導した少年とコノリの目の前にたどり着き、そして少年の脱走行為の効果を完全に否定し、彼を発狂させてしまいます。
そう、物理的な暴力、性的な暴力のみならず言葉の暴力も半端ではありません。この凶悪さ、救われなさが禁飼育作品の真骨頂と言っていいんじゃないでしょうか。

そして時は現在に戻り、コノリはぬいぐるみのマートをトリガーにしてすべての記憶を取り戻します。かつて奴隷市場で自分を買い、犯し、自らのよりどころでもあったマートを無情にも奪い取って絶望させたジドノに、あろうことか恋してしまった。もう私にはコノリの気持ちを想像できません。こんなに不条理で、理不尽で、自身の何もかもを否定されるような壮絶な体験が他にあるでしょうか。


そんな言葉で言い表せないほど惨い人物ジドノですが、より高度な魔法使いである校長先生にはかなわないらしい。ついに年貢の納め時がやってきます。
ところが彼はいつ何時でも冷酷で執念深く、そして狡猾なのでした。物語は全く救われない方向で結末を迎えてしまいます。



私は本作を読了し、もう怒りに震えることしかできませんでした。ここまで負の感情のエネルギーを活用した作品にはなかなか巡り合えるものじゃありません。強烈でした…。


…と、ここまでは”フリー版”のお話。フリー版をプレイし終えた私は”おにロリver”にハッピーエンドがあると聞いて救いを求めるように購入しました。DLsiteにて販売中です。フリー版の内容も含んだうえで、コノリが脱走する前にジドノと暮らすことになったifバージョンへの分岐が追加されています。プレイ時間はフリー版含めて7時間くらいでしょうか。

フリーゲームではないのでここでは軽く感想を述べる程度にとどめます。
確かに完全にダークなエンディングだったフリー版に比べると相当マイルドかつ感動的展開となっています。しかしジドノが成敗されるエンディングはないのでそれを求めている方は残念ながらすっきりはしません。それをのぞけばおにロリverではほとんどの人がフリー版よりも幸せな結末を得ることができます。コノリとジドノが長い間を一緒に過ごす描写があるので、信頼関係を持つようになる理由もしっかりあります。
フリー版をプレイして興味が出たらぜひ購入してみてください。


今回は広く勧めるには全く向かない作品ですが、その分独特の魅力というか中毒性があります。禁飼育作品っていつもこうなんだよなあ。1作読んだらしばらくはお腹いっぱいになるんですが、そのうちまたプレイしたくなってきます。
18歳以上で注意書きの内容に同意できるという方はプレイしてみてください。あなたの脳裏に強烈に焼き付くことは間違いありません。

それでは。

こんにちは。今回はTetraScopeさんの「私のリアルは充実しすぎている」です。

wtj1

オススメ!
ジャンル:学園もの乙女ゲーム
プレイ時間:フルコンプまで6時間程度
分岐:攻略対象3人、それぞれ若干の分岐あり
ツール:NScripter
リリース:2014/1
備考:スマートフォンアプリ版あり。今回はPC版でプレイ


2か月ほど前にフルボイスでスマホアプリ化したのが記憶に新しい作品ですね。以前から存在は知っていたのですがプレイする機会がなく、アプリ化のニュースを見て思い出したのでプレイしてみることにしました。
話題になるだけのことはある力作で、こんなの見せられたらオススメしておく以外ないだろうという内容でした。シナリオにしてもイラストにしても音楽にしてもシステム周りにしても、どこをとってもレベルが高いです。しかし本作、私が読み始めてから読み終わるまで、ものすごく時間がかかったんですよね。その理由とかに触れながらレビューに入りたいと思います。


主人公は才色兼備な高校2年生の姉崎希美(下の名前のみ変更可)。生徒会の副会長として活躍するほか、クラスでも中心人物。まさに"リアルが充実しすぎている"状態。しかしそんな彼女には、弟の隼しか知らない秘密がありました。それは、重度のオタクだということ。中学時代はラノベを読み漁り、最近は乙女ゲームにはまっています。”わたしのプリンスさまっ☆”という作品の"ヴァルト様"に熱を上げており、お気に入りのシーンは何度も読み返しては興奮のあまり床をゴロゴロと転がる毎日。

wtj2

ところでこの”床ローリング”、オタクによくあるやつなんですかね? 私は机をたたいたりはしちゃうことがありますが、さすがに床で転がったことはないです…。むきりょくかん。の吉村さんがよく”みのりんごろごろ”してたのを思い浮かべます。
(と、ここまで書いてから、私がゲームやってるのは椅子に座ってPCに向かってるときなので物理的に床ローリングへ移行しづらいなと気付きました。希美みたいにベッドに寝ころびながら携帯ゲーム機でプレイしてたら私もやってたかも)

高校生にして乙女ゲーム200本読破とは、私の数倍のペースです。しかもこれ多分全部商業ものなんですよね…学年トップクラスの成績を維持しながら副会長として生徒会の仕事もこなし、いったいどうやってそのお金とプレイ時間を捻出してるんでしょうか…?


と、重度なオタクの希美ですが、学校ではその趣味は完全に封印しています。才色兼備でリア充な姉崎希美を演じているのです。この点がどのルートにおいても非常に重要な役割を果たします。この設定を自然にシナリオに取り込んで深掘りするのが上手かったですね。

では攻略対象の紹介へとまいりましょう。
最初に希美の一つ下の弟、隼(しゅん)です。
wtj3

弟と言っても血のつながりはなく、中学生の時の親同士の再婚によってできた義理の弟です。ゲーム開始時点でこそ良好な関係を築けている二人ですが、兄弟となった当初は折り合いがつかずお互いに相当な不満をため込んでいたよう。それがどうやってお互いを受け入れ、そして好きになっていったのか。現在の出来事とそれに合わせて回想される中学生時代の記憶。この描き方が気持ちよく、私は本作ではこのルートが一番好きだと思います。
ただ、あの中学生の時の出来事を見ると、ただの不仲というよりはもはや険悪ともいえる関係であったことは確か。そこからあのきっかけ一つでこんなに仲良くなってお互いのことを理解していけるのか、という部分が若干疑問ですが、関係改善の兆しが見えてからはもう完璧です。オタクは時間の経過演出に弱いのです(私だけか?)。あの時のこの出来事が現在の心境にこんな影響を及ぼして恋仲になっているんだ! というのが好きな人はこのルートをお勧めしておきます。
あとは、毎日学校に行く前に繰り返される、「私可愛い?」「はいはい、可愛い可愛い」のやり取り。隼の抱えていた単に”鬱陶しい”だけではない感情とは? ここも理由付けがしっかりしていて納得できるポイントでした。
そうそう、このルートでは隼の中学からの友人の押井有も大きな役割を果たします。彼の抱える悩みと秘密は重すぎて若干物語の本筋から逸れてないかとも感じましたが、特に隼にとってなくてはならない存在なのは確かです。

wtj4
続いて中学時代のオタク友達、歩です。希美が通う笹寺院高校へは転校という形で入ってきます。
希美は中学校まではオタクであることを周囲に隠しもせず、見た目も気にせず、そして学校にはなじめずにいました。その中で唯一歩とだけはラノベの話で盛り上がることができた、大切な友人でした。彼は高校生になっても中学の時と変わらない様子ですが、希美は違いました。”リア充”になるために美容とファッションを研究し、先生やクラスメイトのご機嫌を伺い、自らのオタク趣味は隠しているのでした。そんな彼女が歩と同じクラスになったらどうなるのか……。
このルートはねえ、本当に読むのがしんどかったです。クラスメイトの反応が冷たすぎるのは置いておくとして、希美の反応も大概ひどい。明らかにバレてるのに別人ということにするなど、今の立場を大切にするにしてもそれはないんじゃないのという行動が続きます。まあ私も高校の時はどっちかというと優等生キャラでやってきたので気持ちが分からなくはないですが、あそこまで直接的に人を傷つける言動は私には取れないですね…。
しかし希美も人を傷つけて平気というわけではありません。歩に対して酷い言動をとったことを家で毎日後悔しています。ヤンデレものでもない乙女ゲームでこんなに暗いことある?ってくらい。1シーン読むごとに休憩しないと辛くて進めませんでした。ところで家に帰ってからの隼の頼りがいが素晴らしい。この状況で学校生活が破綻しなかったのは隼のおかげなのでは?

という感じのルートになっていますが、現実にありえそうと感じられるルートでもあるんですよね。流石にここまで露骨にオタク趣味が軽蔑される学校というのは現在では珍しいと思いますが、広い意味で希美のように、ある程度本来の自分を偽って社会生活を送っていて息苦しさを感じるという人ならばかなり多くいるでしょう。ハッピーエンドにたどり着けて本当に良かった。…しかし私はノーマルエンドの歩君の方がカッコよくない?と思ったりも。

wtj5
そして残るは穂積ルートなのですが、これはなかなか特殊なルートでしたね。まずルートに入ってからもしばらくは正体が明らかになりません。正体がはっきりした後も、関係は良好とは言い難いし希美は完全に他の人に恋しています。しかしその分、お互いのことを好きになる過程が一番描かれているのもこのルートだと感じました。当初はお互いのことを嫌ってさえいた2人がどうやって惹かれ合うのかに注目です。希美が学校でリア充を”演じている”のと同様に、穂積についてもあのキャラクターを演じているんですよね。この辺の事情は最終盤で明らかになります。このルート関してはあまり事前情報なしでプレイした方が良い気がしますので、この辺にしておきます。
ちなみにこのルートでは隼はほぼギャグ要員になっています。なんでお前がヴァルト様のプロフィールを詠唱できるようになってるんだよ(笑)
wtj6



と、このように方向性の違う3人のルートに分かれ、さらにそれぞれにクリア後おまけストーリーあり。スチル/立ち絵閲覧モードやBGM鑑賞モードも付属。音楽に関してもすべて自作のようで、その力の入れように脱帽です。私が好きな曲は「Hurry up!」と、穂積のテーマの別アレンジです。
シーン回想用のツリーもあり、おまけの内容も充実しておりいうことがありません。しいて言うならフルコンプ後の反省会へ行くアイコンはもっと主張しても良かったかも。しばらく見逃してました。

文章表示速度やスキップ設定なども可能でシステム面も十分。前/次の選択肢へ進むなどの便利機能も搭載。もはやフリーゲームらしからぬ仕上がりと言っていいでしょう。幅広い層に薦められる作品です。


それでは。

こんにちは。今回はまた攻略対象の一風変わった学園恋愛もののご紹介です。冬至さんの「高対称のi」です。

kotaisyo1

ジャンル:学園もの乙女ゲーム
プレイ時間:30分
分岐:3つ
ツール:ティラノスクリプト
リリース:2021/5


少し前に、攻略対象が人外クリーチャーのノベルゲームをご紹介しました。今回取り上げる「高対称のi」も攻略対象は人ではありません。では何か。幾何学図形です。攻略対象となるのは完全無欠のまる先輩、子分に慕われ威勢のいいさんかく先輩、読書と四字熟語が好きでいつも冷静なしかくくんの3人。
数年前にかなり話題になった黒城ろこさんの「どとこい」「ドトコイ」を思い浮かべる方もいるかもしれませんが、好感度が上がるにつれて解像度も上がり、しっかり人間の姿として見えるようになっていったあの作品とは異なり、本作では幾何学図形が真の姿。いつまで経っても円や正方形の姿のままです。

そんな攻略対象たち。単に図形が攻略対象ですというだけでは全く想像できないほどきちんとしたキャラ付けがされており、それにプラスして数学の豆知識が登場。詳しくは後述しますが、このあたりの設定の付け方や話の持っていき方が凄く上手いんですよね。そんな3人を軽く紹介しましょう。

まずは喜華学(きかがく)学園に入学初日、道に迷っていた主人公(名前任意)を優しく案内してくれた生徒会長のまる先輩と出会います。
kotaisyo2
「非の打ち所無い対称性がとても眩しい。」などの言葉遣いが味わい深くて面白い。
どの方向から見ても同じ対称性を保っている円の性質を反映するように、まる会長は誰に対しても平等にとても優しい。しかし主人公の”わたし”とは何かしら深い縁を感じている様子。その秘密はまる会長ルートの最後で明らかになります。


続いて放送室へ向かう主人公はまたしても道が分からず、今度はさんかく先輩に道を教えてもらいます。
kotaisyo4
ピシッとした角度で威勢のいいさんかく先輩ですが、多くの子分たちに慕われるリーダーシップと思いやりのある先輩です。小さい三角形(子分たち)がなついている様子がとてもかわいらしい。

最後に図書室で出会った主人公と同じく新入生のしかくくんです。
kotaisyo3
どっしりと構えた正方形らしい性格のしかくくん。4という数字に共鳴するところがあるらしく、四字熟語や漢詩の絶句が好き。数学ネタが多いこの作品の中で文系ネタのアクセントを加えてくれます。彼も主人公と重要な共通点があるようだがそれはいったい…?


学園恋愛ものには不可欠な同性の友人もいます。それがこちらの二階微分(にかい・びぶん)ちゃん。
kotaisyo5
xの上に2つの目玉。私にはこのネタは通じましたが、大学で物理をやったことのある人にしか分からないかも。物理量xの時間微分を数学の世界では(時間を表す変数をtとして)dx/dtで表しますが、物理では簡略化のためにxの上に点を1つ打って表現したりします。それをさらに時間微分する(つまり二階微分になる)と点を2つにして表現します。ニュートン記法と言われる書き方ですが、この点を目玉に見立てる発想が分かる人には面白いネタでした。


さて、こんな感じで数学のネタが大量にちりばめられた本作ですが、それぞれの図形の特徴を生かしてキャラクター性をつけ、さらには乙女ゲー的展開に持っていくのが上手いんですよね。あまりしゃべるとネタバレになってしまいますが、本作では主人公はとある秘密・悩みを抱えています。それゆえにみんなと仲良くしてもらっても自身を持てずにいるのですが、まる会長もさんかく先輩もしかくくんも、みんなそんなこと気にしなくて大丈夫だよとそれぞれ別のアプローチから勇気づけてくれます。その方法を数学に絡めており、テーマが一貫しているのがすごいところです。
多分ある程度数学が得意な方なら、主人公の悩みについては予想がつくし、さんかく先輩が教えてくれる事実についても知っているでしょう。しかしまる会長の持つ悩みについて主人公の秘密がリンクして逆に勇気づけたりとか、しかくくんが主人公と一体感を覚える理由については言われるまで気づきませんでした。言われてみればその通りで納得感もあるんですよね。誰のルートに入っても、主人公がしっかりと自分を受け入れて前を向いて進んでいけるのが気持ちいい。

本筋の秘密ではないのでこれは書いちゃいますが、よく「見た目がすべてじゃないよ」というような言説があります。しかしそれは外見に悩む人が多いから言われるわけですよね。本作においては、「見た目の形に注目する」のがユークリッド幾何、「中身(図形の持つ角の数だったり、他の点とのつながり方だったり)に注目する」のが非ユークリッド幾何として表現されているのが絶妙。高校までで習う普通の幾何学だけでなく、アフィン幾何やシンプレクティック幾何といった直感的ではない幾何もあるのです。この辺は私も理解しているとはいいがたい分野ですが、ここまでゲームで触れられるのか!と驚いた点でもあります。

もう一つ。自分が普通の人と違うといって悩むことも良くあります。本作においては、これは普通だと思っていたものよりも実は普通でないものの方が多い例として代数的数と超越数が出てきます。代数的数というのは代数方程式の根となる数のこと。超越数とはそうでない数のこと。
確かに、私たちが普通に数と言って思い浮かべるものは大抵代数的数です。整数や有理数はもちろん、ルート2などもすべて代数的数なので、これが普通なのかと思ったりします。しかし実は"普通"でない数、超越数の方がずっと多く存在するというのがカントールの対角線論法によって割と簡単に示せます。だから、何が普通なのかなんかで悩むのは無意味だし簡単にひっくり返っちゃうから気にしないでいいよ、ということになるのです。
私がこれまで単に数学的事実と思っていたことが、こうして乙女ゲーに活用できるんだというのが私の感動ポイントでした。


という感じで本作は、乙女ゲーとして美味しい部分に数学のスパイスが使われています。しかしそれ以外の小ネタも盛りだくさんなので、私が拾えた範囲で書いてみましょう。



  • 入学式でユークリッド校長が説明した5か条
    ユークリッド幾何学における5つの公準のことですね。最近は5条目に異議を唱える生徒もいる、というのは非ユークリッド幾何学のことを指しています。
  • 二階微分ちゃん
    物理委員になった時「ん-、私がこの見た目でいられるのも物理のおかげみたいなところあるからね。」は前述の物理で使うニュートン記法を指しています。彼女がニュートン先生を好きなのもそのためでしょう。
  • まる会長の対称性
    周りから、「SO(2)の対称性らしいぞ」と言われているシーンがあります。これは特殊直交群と呼ばれるリー群の一種ですね。中心を固定して任意の角度に回転させても同じ形になることを表現する群です。ちなみに、中心を通る直線に関する線対称であることも含めるならO(2)という群になります。
    (7/17追記)ややネタバレなのでたたみます。クリックで展開SO(2)は回転対称のみを含んでおりO(2)には含まれる反転は含まないので、裏表で区別があることを意味します。ということは、まる会長の表ではみんなの期待に応えて真円としてふるまっているけれども、裏では真円とのずれについて人知れず悩んでいるのを表現しているとも考えられるなと思いました。

  • グループ課題の時、群に分かれる
    上の項目で述べたように、図形の対称性は群で表現することができます。円ならO(2)、正三角形ならD3、正方形ならD4と書けます。(Dnは二面体群と呼ばれます)
  • フェルマー先生が、「余白がない」と言う
    フェルマーの最終定理の証明に関して、フェルマー自身が「この定理に関して、私は真に驚くべき証明を見つけたが、この余白はそれを書くには狭すぎる。」というメモ書きを残した逸話のネタです。
  • フランス語のガロア先生が「時間がない」と言う
    ガロアは今日ではガロア理論と呼ばれる理論などに大きな功績を残した数学者ですが、なんと決闘によって弱冠二十歳で亡くなっています。決闘を翌日に控えた日に書いた手紙には「僕にはもう時間がない」という走り書きがあったという逸話があります。
  • 日本史の関先生
    和算で有名な江戸時代の日本の数学者、関孝和のことですね。


というわけでゲームから外れた内容も多くなりましたが、「高対称のi」でした。
数学ネタが拾えなくても、王道の乙女ゲームとして楽しめると思いますのでぜひ。

こんにちは。今回はChloroさんの「西暦2236年の秘書」のレビューをお届けします。

2236hisyo1

ジャンル:可愛いAIとの交流を描くややコメディ風SF
プレイ時間:45分
分岐:なし
ツール:Unity
リリース:2017/4


本作の舞台となるのはタイトルから分かる通り、23世紀。つまりSFです。
この世界ではスマートツールスと呼ばれる、形を自由に変形して用途ごとにカスタマイズできる携帯情報端末が広く普及しています。そして人工知能搭載の個人向け秘書システム"PASS"も5年前に開発され、現在ではほとんどの人が持つようになっています。本作はそんな未来感のあふれる世界における主人公ヨツバとそのPASSマスコの交流を描いた作品となっています。


私がまずそんな未来感の演出について注目したのは本作のグラフィックやUI部分です。
2236hisyo2

マスコのシンボルカラーである緑を基調として統一感のある配色。画面右端で表示/非表示を選択できるセーブ/ロード等の操作パネル。スタイリッシュでSF感にあふれてますよね。私はどちらかというと文字を排してシンプルなアイコンのみに絞ったUIよりも、比較的文字が多めで文字を読めば機能が分かるデザインの方が好みなのですが、本作に関してはシナリオのストーリーと繋がっていて良いなんじゃないかなと思いました。この辺までこだわっている作品って、やっぱり力作が多いですね。Ren'Pyの作品に似た操作感になっている気がしましたが、使用ツールはUnityのようです。


本作の物語の始まりは2236年の元日。マスコがもらってきた3000コイン分のカードを見たら、なんと実は3億コイン分だった! という衝撃のシーンです。訳が分からず、とりあえずちょっとだけ使ってみようとうまい棒(電子版)を買ってみるヨツバとマスコ。(電子版うまい棒って何?) しかしきちんと使えているようで表示だけバグっているわけではなさそう。

そこからはしばらくコメディ調で進んでいきます。夢か~と現実逃避してお正月遊びをして寝たり、マスコにバニーガールの衣装を着せて遊んだり。お着換えシーンのアレは個人的にはツボでした。SFだからこその表現ですね。


そんなこんなで楽しい正月が描かれた後、物語はヨツバとマスコが出会った頃にさかのぼります。
2人が出会ったのはおよそ5年前。PASSが開発された時期までさかのぼります。マスコは世界で最初に一般用として販売されたPASS8台のうちの1つだったのです。抽選でマスコの使用権を得たヨツバは緊張しながらデータをダウンロードし、マスコを起動させます。この起動時のデザインと音声が(笑)アレンジうまいな~。
2231年の話なら多分前世の記憶どころか前前前世くらいまで行かないと分からなそう。

マスコにはテレパシーが通じないことに気付き、見た目は人間だけど中身はプログラムに過ぎないんだなと実感するヨツバ。この辺はAIものSFでは避けて通れない話題ですね。これに関しては本作の終盤でも大きな意味を持ってくることになります。
ところでテレパシーについて説明していませんでした。23世紀では人々は音声として表現することなく、HT理論という媒体に乗せて意思疎通ができるようになっています。このあたりの説明はメッセージウィンドウとは別で補足説明が入るのが親切です。

とはいえ見た目が可愛い女の子であるマスコに対しては緊張もありなかなか打ち解けられないヨツバ。マスコを立体化させたり夢を見たりしながら次第に繋がりを感じていくさまがコメディ調で描かれ、微笑ましく感じられます。

さて、ヨツバがマスコの"秘密"を知って打ち解けてきたあたりで、人工知能にいい感情を持たない人物、ヒメ先輩が登場します。先ほど述べたAIものSFのテーマともいえる点に関わってくるので、ここはあまり深く語らない方がいいでしょう。そこで出会った彼女のPASS、ヨシナガさんも重要な役割を果たします。ぜひご自身でプレイして確かめてみてください。コメディな雰囲気を維持したままテーマに迫っていくあたりが上手いと思います。

2236hisyo3


そして物語は2236年に帰ってきます。忘れそうでしたが本作は謎の3億コインを手に入れた(?)ところから始まったのでした。ここにきてようやくその事件の真相が明らかになるわけですが、なるほどねえ。しっかりSFの設定を活かし、ヒメ先輩とヨシナガさんも関連付けながら解決していく気持ちよさがあります。
"AIと人間の違い"についてもここにきて語られます。絶妙に気味の悪さを感じるようなBGMも非常に印象的で効果的だったと思います。ただ、似た気味の悪さを思わせる曲が全体を通して多用されていたところがちょっともったいなく感じました。あの曲はテーマのシーンに絞って聞かせた方が強く印象に残ると思うんですよね。あとは単純にプレイ中に長く聞いているには向かないので…。
創作の世界だけでなく、現実の世界においてもAIが果たす役割がどんどん大きくなってきている今、本作でヨツバが感じた問題を真剣に議論しなくてはならない時期も近づいているでしょう。あるいはすでに研究されているのかな。



本編をすべて読み終えると、エクストラが解放されます。本作は「西暦2236年」から派生して作られた作品のようで、こちらの作品のPVと体験版のような内容になっています。
本作を作ったChloroさんと言えば、私は「私は女優になりたいの」をプレイしたことがある程度なのですが、あちらが実写ムービーを多用した非常に個性的な雰囲気の作品だったのを思い出しました。本作でも登場した"テレパシー"に関する興味を引く導入と、あの非常に独特なムービーのセンスを見て非常にプレイ欲が掻き立てられる内容でした。こちらは有料の作品となっていますが、時間を見つけてプレイしたいなと思っています。

それでは。

こんにちは。今回はtwitterでも感想を書いたbbboxxxさんの「いちごみるくとあそぼうよ」のレビューをお送りします。

icmk1

ジャンル:ふわふわ*どろどろ*白昼夢系ADV(ReadMeより引用)
プレイ時間:1周目3分、ED全回収まで1時間~1時間半程度
分岐:ED全9種、1周目ルート制限あり
ツール:ティラノスクリプト
リリース:2020/7
備考:15禁


いやあ、乙女ゲーってギャルゲーに比べて、心に直接刺さってくるというか、すごく切ない気持ちにさせられるような作風のものが多くないですか? 私がプレイしたのが偏ってるだけ?
というわけで本作もまた、誰も悪くないのに(まあ悪くないとまで言うといいすぎか? 同情は十分できる)読んでいて悲しくなってくるシナリオとなっております。


本作の導入はなかなか変わっています。STARTをクリックするとまずは主人公の名前入力。ここではデフォルトの新崎愛香と呼ぶことにします。
そして30秒弱のオープニングムービーが始まります。これがなかなか良かったです。ピンクの単色で描かれたファンタジーっぽいシンプルな映像。そして「目が覚めたらなんだか可愛い制服を着ていた。ああ、私 高校生だったのかな。さぁ部屋のドアを開けて、学校へレッツゴー。」というモノローグが挟み込まれています。この映像がなぜだかたまらなく好きで、多分10回以上は見てます。

しかしこのモノローグを読んで、素直な日常系ほのぼの恋愛ものだと思う方はあまりいないでしょう。ふわふわと夢の中にでもいるかのような釈然としない印象を残していきます。
ムービーが終わって次の場面では、愛香は教室で謎の兄弟イケメン2人に手を取られ、いちごミルクなんか目じゃないほどのいちゃラブ甘々展開です。彼らの名前はいちごとみるく。ところが練乳をそのままなめているかのようなこの雰囲気は、長くは続きません。


開始3分もたたない頃には、いちごとみるくの口からは不穏な会話が。愛香自身も、自らの置かれた状況がどうも普通ではなさそうなことに自覚的になっていきます。いちごから、毎日どんな夢を見るのかと問われる愛香。1周目では、どちらの選択肢を選んでもすぐにエンディングに行ってしまいます。両方のエンディングを見て3週目からが本番です。とはいえ3周目でもまだルート制限があり、たどり着けるエンディングは限られています。しかしこうして様々なエンディングをたどるうちにいちごとみるく、そして愛香自身の過去が描かれ、徐々に事件の輪郭が明らかになってくるつくりが上手いですね。この辺はある種ループものに近いものがあるかもしれません。


5週目くらいになれば、プレイヤーのあなたに関してはもう、愛香が飲まされているホットティーに"良くない"物が入っていて記憶をあいまいにさせているという事実には容易にたどり着けます。しかし愛香本人が気付けるかどうかはまた別。飲み物の影響を受けて正常な判断力もないであろう彼女が、現実の世界で幸せになることができるのか。ここが読んでいて辛く、悲しくなるポイントですね。

icmk2

このスクリーンショットが愛香の状態を物語っていますね。白昼夢系ADVの名前に偽りなしです。
愛香がこの状況から脱却できるのかは、プレイヤーの選択にかかっています。ぜひ最良の結果を目指して頑張ってください。


9つあるエンディングをすべて見れば、ようやく事件の全体像があらわになります。途中ただの悪人じゃないかとも思ったみるくも、彼がそれまでに背負ってきた苦労と理不尽を理解すれば彼もまた被害者の一人であったという感想も持てます。家庭の問題ってやっぱりずっと尾を引きますよね。どのエンディングでもすっきり解決とはならないのは仕方のないことかもしれません。


シナリオ以外の点も見てみましょう。まず音楽。ピアノ中心のゆったりとした選曲は、夢の中にいるような本作の世界とマッチしており素敵。効果音もちょうどいい感じがしますが、なぜかたまにBGMがぶつぶつ途切れる時があって気になりました。

イラストについてもかなり綺麗で、スチルにも力が入っています。END5のいちごくんのスチルが好きです。UIやシステムも赤やピンク系で統一されていて世界観の作りこみを感じられます。右上のメニューを開くボタンがいちごなのも好きですが、ちょっと見えにくいのでもう少し目立つ色だったりサイズだったりしてもいいかもしれません。


そうそう、おまけもなかなか面白かったですね。
icmk3
プレイ前は綺麗ないちごと瓶牛乳だったこの画面がどうなるのか。そのショックを体験してほしいです。おまけミニストーリーは4パターンあるようなのでぜひコンプリートしてください。


読み終わってすっきりハッピーエンド! とはいかない作品ですが、彼らの今後の幸せを願わずにはいられない作品となっています。15禁ですが、暴力や薬物、性的描写はきつくはないので興味があればぜひトライしてみてください。

それでは。

↑このページのトップヘ