フリーゲームの森

フリーゲームのレビューブログです。 ノベルゲーム・アドベンチャーゲームを中心にお勧めの作品を紹介します。
初めての方は、ぜひごあいさつをご覧ください。評価の基準については、レビューについてに記してあります。
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オススメ

こんにちは。今回は成瀬紫苑さんの「人間裏街道」のレビューをお送りします。

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オススメ!
ジャンル:探索ホラーアドベンチャー
プレイ時間:エンディングまで3時間、フルコンプまで6時間程度
分岐:エンディング7種
ツール:Wolf RPGエディター
リリース:2023/3
備考:15禁、自殺/殺人描写あり



先週に引き続き、フリーゲーム夢現で見つけた作品になります。以前から気になっていたのですがようやくプレイすることができました。シナリオにグラフィックにとてもよくできていて、ゲーム初制作とのことでしたがそれでこの出来栄えなら才能ある方なんだなと思える作品です。


主人公のアリスは”死にたがり”の高校3年生。生きる目的を失い、自宅で練炭自殺をしようと思い立ちます。道具もそろえていざ実行するにあたり恐怖を感じたその瞬間、鏡の向こうから謎の少年メイに裏街道へといざなわれます。表(現実世界)の反対であるという裏街道は暗く静かな場所で、住人たちも他人との関わりを避けているようですが、その分厄介な人間関係に悩まされることもなくのびのびと自由に暮らしています。
裏街道で一緒に遊んでとメイにせがまれたアリスは、夏休みが終わるまでという約束でそれを了承します。自殺を決行するまでの1か月間、メイと遊ぶついでに裏街道を探検することにしたアリスは一体何を見つけるのでしょうか。裏街道とはどんなところで、住人たちはどんな人なのでしょうか。彼らに未来はあるのでしょうか……


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本作の良かったところの1つ目として、まずはシナリオを挙げようと思います。本作の主人公であるアリスは先ほども述べましたが相当な死にたがりです。ゲーム開始時点で上のような状態ですし、裏街道へ行ってからも基本的には夏休みの最後の日に表に帰って死ぬという決意は揺らぎません。それでいて、何かプレイヤーの同情を誘うような深刻な理由が語られることはありません。つまり、感情移入しやすいタイプの主人公ではないのです。
このブログでも何度か書いていると思いますが、私は物語を楽しむときはおおむね主人公になり切って読むタイプです。本作のように何を考えているのか分かりにくかったりして感情移入できない主人公はあまり好きではなく、実際ゲーム序盤における印象もさほど良くありませんでした。

しかしゲーム中盤終盤と進み、エンディングを回収するころには最初の印象は完全に覆されていました。その理由の一つとして、裏街道で出会ったガラクとの相性の良さがあるでしょう。裏街道に住んで長いというガラクはメイの扱いにも慣れていて、メイの世話をしながらもアリスに今後の生活についてアドバイスをしてくれます。
そんなガラクはアリスと対照的な”生きたがり”。生きたがりのガラクがどんな経緯で裏街道に来ることになったかはゲーム終盤で明らかになります。理不尽な現実に悩まされたガラクの事情を知れば人生に絶望しても仕方がないと思えるのと同時に、何とか希望を見失わないで欲しいという気持ちが生まれます。

そのガラクが表に戻って生きたいという希望を叶えるために必要だったのがアリスの存在だったのでした。裏街道に来て日が浅いアリスはまだ表での生き方を忘れておらず、さらには死を覚悟したゆえの危険を顧みない行動力があります。本やスマホを取りに1回表に戻ったり、メイの行動を不審に思ってガラクに相談したり。そういったアリスの行動が意図せずにガラクの計画の手助けとなっていたのです。
このあたりの伏線の張り方が上手いですね。



逆にアリスにとってもガラクは欠かすことのできない存在になりました。死んでもいいやと思っているアリスが生きていくにあたり、生きたがりのガラクが表で生活するのを助けるという具体的で小さな目標が非常に大切だったのです。

人生における夢のような大きな目標を持って、それに向かって努力している人を見ると立派だなあ感じます。しかし胸を張って宣言できるような立派な夢を持っている人ばかりではありません。まして死にたがりのアリスにはそのようなものは全くありませんでした。
裏街道に長居しすぎたために表での生活に支障をきたしたガラクを手助けするというのは、人に誇るようなことではないかもしれないけれど確実にアリスに活きる理由を与えてくれます。立派な理由がなくても、目の前の毎日に手いっぱいだったとしても、小さな目標があるだけで生きるエネルギーになるんだと思うと同時に、我々も現実世界を生きることに高いハードルを感じなくてもいいんだよというメッセージのように受け取れました。


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さて、次にビジュアル面が良かったことについて書きましょう。
ここまでに載せたスクリーンショットでもわかると思いますが大変綺麗ですね。それに加えて本作においては、裏街道には日が昇ることはなく、ガラクがくれた特殊なメガネをかけないと色の判別も難しい程度に暗いという設定があります。ネタバレになってしまうので詳しくは言及しませんが、その点が反映されたスチルや立ち絵になっているのがとても良いですね。


本作にはストーリーのメインにかかわってくるキャラクターのみでなく、探索時に会話などをすることができるサブキャラも多数存在しています。彼らについても立ち絵が用意されているだけでなく、専用のスチルまであったりしてこれは相当な力の入れ具合だと思います。このスチルはそのキャラクターのサブシナリオをクリアすることで見ることができるようになります。

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これらのスチルは一度見たものはおまけ部屋で再度閲覧可能になっています。同時にそのシーンで印象的なBGMと合わせて鑑賞できるシステムは何気に初めて見たかもしれません。曲名なども同時に表示されていて、私のような音楽素材マニアには大変うれしいシステムです。



本作の攻略についてです。
公式サイトなどの記載では難易度は低いとのことでしたが、エンディングをすべて回収しようとすると私には難しく感じられました。簡単というよりは”余計なことをしない”というタイプの分岐条件になっているのです。分岐ありの探索ADVにおいては特定のアイテムを入手するとか謎を解くとかの分岐条件になっているものが大多数ですから、本作はややトリッキーな分岐条件をしている分難しいなと感じられました。もちろん、そのうえで必須のフラグは立てておかなくてはなりません。自力では難しいなと思ったら素直に公式サイトにあるヒントを見ることをお勧めします。
とはいえ、ゲームオーバーを避けてエンディングまで進むのは(いくつか不意打ちポイントがあるとはいえ)簡単ですので、まずは自力で回収できるだけやってみるのがよいでしょう。

ストーリー進行に必須でないサブクエストについてはさらに難しいです。9部屋あるアパートの一部屋一部屋を丹念に調査しないといけなかったり、非常に早いタイミングで必須フラグを取る必要があったり、当然のように時限イベントのクリアを要求されたりします。こちらは一部のイベントについてはおまけ部屋でヒントが見られます。分岐しうると私が認識していないタイミングでのフラグなどもあって、理不尽とまでは言いませんがやや不親切かなと感じました。

あとはマップ上で領域の指定が上手くいっていないのか木などをすり抜けてしまう箇所がいくつかあるのも少し気になったでしょうか。
マップの表現自体は面白く、ソファに座っている状態がわざわざ用意されているのはなごみますし、そんなモザイクの使い方あるのか、と驚かされもしました。

ホラー要素はそこまででもなく、あまり得意でない私でも最後までプレイできました。ただし過激ではないとはいえ脅かし表現はありますし、そこそこグロい絵もあるので血とか無理~という方はやめておいた方が無難でしょう。



というわけで今回は「人間裏街道」でした。
死にたがりが裏街道で見つけた目標とは。生きていく理由とは。大変に後味の良いエンディングとなっているのでぜひあなたの手で見つけてください。

それでは。

こんにちは。今回のレビューはルピナスパレットさんの「インビジブル」です。

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オススメ!
ジャンル:現代異能ファンタジーノベルゲーム(ReadMeより引用)
プレイ時間:10時間
分岐:エンディング2種、その他GAME OVERあり
ツール:ティラノスクリプト
リリース:2021/8
備考:製品版あり


本作は割と有名な作品かと思うのですが、長大なプレイ時間とあまり私の趣味ではないジャンルを見てなかなか手が出せなかった作品になります。しかし今週プレイしてみたところ本当によくできていて、10時間があっという間と思えるような作品でしたので、ぜひ今回ご紹介しようと思ってレビューを書くことにしました。

いつも通り本作のあらすじを説明しましょう。

初花市では奇妙な都市伝説が広く言い伝えられています。地下鉄の初花駅から環状線を一周すると自分のドッペルゲンガーに出会うことができ、そのドッペルゲンガーを殺すと願いが叶うという、なんとも気味が悪いお話です。さらにはその都市伝説を実行した人が次々と行方不明になっているというのです。
主人公の如月(きさらぎ)つぐみはそんな初花市のとある喫茶店で記憶喪失の状態で目を覚まします。店を出て当てもなくさまよっていると、突然謎の深い霧に飲み込まれ、その中で謎の化け物が少女を襲っているのを発見します。偶然居合わせた朝岡蓮(あさおか・れん)と一緒に何とかその少女、白崎茉莉花(しらさき・まりか)を救出することに成功します。自分の正体も、謎の霧で襲ってきた化け物の正体も分からない3人は、自称オカルト研究家の坂倉出(さかくら・いづる)に助けを求めます。坂倉の言うことには、都市伝説を実行した人間は”インビジブル”と呼ばれる異能を習得し、さらにはその研究のために設立された組織”アンノウン”が存在するというのです。
果たして都市伝説は本当なのか、なぜ黒い霧が襲ってくるのか、つぐみの記憶は戻るのか。いくつもの謎を解決するため、3人はアンノウンの本部へと向かうのだった…

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本作はプレイ時間にして10時間ほどとかなり長い作品ですので、上の説明でも物語の冒頭1割くらいの内容になります。長編作品の難しいところの1つとして、読者を飽きさせないような展開、上手く引き付けておくための情報開示の仕方といったところがあると思います。本作はこれらの点において非常に上手く作られていると思うんですよね。




全6章+プロローグ・エピローグという構成を持つ本作ですが、最初に生まれた直接的な危険である黒い霧の能力に関しては物語半ばの3章でいったんの解決を見ます。しかしそのころには別の謎がつぐみたちとプレイヤーを悩ませており、全く飽きるポイントがないんですよね。異能の正体、黒霧を操っていた黒幕の正体、つぐみの記憶にアンノウンの目的など様々な謎が提示され、そして絡まり合いながら最後に解決していくさまはお見事というほかありません。

この情報や謎の提示の仕方、それを適度に引っ張りながら順に解決していく物語の組み立てのうまさは、古典的名作である「ひとかた」を連想させます。本作にはループ要素はないわけですが、異能ファンタジーも妖怪と戦う伝奇物語というジャンルと似ているかもしれませんね。


本作では5章までですべての謎につながる情報は開示され、5章後半からは解決編といった流れになります。私は、異能とはどのようにして得られるのか、都市伝説を実行した結果何が起きたのかについては
解決編前に察することができて大変気持ち良かったのですが、それは本作がうまく読者への情報提供と誘導を行っていたからでしょう。


そして最終章ではラスボスとの対決が待っています。アクションシーンの描き方も一級品です。
ノベルゲームというのはやはりどうしても動きのあるシーンの迫力を演出するのが難しいと思うのですが、本作は文字だけで緊張感のある戦闘シーンを描くことに成功していると感じます。なぜか。それを考えたときに思い当たったのは、私の本作への感情移入度の高さでした。
本作では解決編に至るまでの間、異能に関する謎解きと並行してキャラクターの掘り下げが巧みに行われています。美弥子の怒りも、霧島の性格も、蓮の意地も、篠塚の思いも、すべてを理解して突入したラスボス戦だからこそプレイヤーもつぐみたちを全力で応援できるんですよね。迫力のある動画コンテンツなどなくても、私の登場人物への思いが想像をかき立ててくれます。戦闘中に相手を挑発したり、心理描写に文字数を割いたりといった表現の仕方もプレイヤーに緊張感と想像力を与える助けになっているでしょう。さらにそれ自体がラスボスを倒す切り札への布石になっているのだから大したものです。



さて、その登場人物の掘り下げがどのように行われているかです。
都市伝説に関わる謎がメインテーマであることは間違いない本作ですが、その謎を解いていくには構造上登場人物たちの悩みであったり、心の傷であったりといったものを明らかにし、それを乗り越えていかなくてはならないという仕掛けが組み込まれています。
ドッペルゲンガーを殺して手に入る異能は個人ごとに異なります。ところがその異能はランダムに付与されるわけではなく、都市伝説を実行した張本人が抱えている悩みやトラウマが反映されたものになりやすいというのです。ということは必然的に、異能に関する秘密を明らかにしていくには能力者自身の過去や精神状態に迫っていく必要が生じる。このように本筋に絡めながら各キャラクターの背景を描き、成長していく姿を見せるという手法にはなるほどと思わされました。
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例えば、初めて会った時からなんだかんだでそりが合わず、口喧嘩の絶えなかった蓮と茉莉花の2人は2章でついに茉莉花の一言で完全に決裂してしまいます。茉莉花には何も考えていないクルクル扱いされていた蓮ですが、彼は彼なりに弟との関係について深く悩んでいたのです。
そのように迷いを抱えた中で、そして仲間との信頼関係がまだ出来上がっていない中で1章で現れた黒い霧は再び襲ってきます。目の前に迫った危機に対し、不器用ながらも仲間を信じることを覚え、何とか危機を脱して一皮むけたように成長した彼らを見ていくのは何とも気持ちいいものです。

3章に入ったころには、蓮も茉莉花もしっかりと相手に向き合うことができるようになっています。茉莉花に至っては、自分が自信を持つようになれたのはつぐみのおかげであるとはっきり伝えられるようになりました。このような、思春期らしい悩みを乗り越えて成長していく青春物語を私は予期していなかったため、意外に思いながらも楽しく読み進めていくことができました。



さて、本作ではラスボス戦以外にも途中で何回か戦闘シーンが挟まります。どれも緊張感のある展開で、それぞれいくつかの選択肢が出現します。間違えるとゲームオーバーになる箇所もありますが、多くはそれまでの展開をきっちり覚えていれば正解できるものになっています。
そして選択肢はラスボスを倒した後の最後にも。明らかに分岐すると分かる重要な選択肢です。ぜひ2つの結末を両方見届けてあげましょう。



BGMはおそらく自作で、場面の雰囲気に合ったものが選定されている印象です。音程の無い不気味な感じの曲が好きでしたがどのシーンで使われてたのか思い出せない…
グラフィックも、衣装差分も含めて多くのキャラクターが登場してすごいなあと思わされるところです。あと純粋に可愛らしいですしね。私も蓮と律のほっぺを引っ張ってみたいししーちゃんに冷たい目を向けられてみたい(笑)
スチル閲覧モードが切実に欲しいところです。
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最後に製品版の紹介を少しだけしておきましょう。
パートボイス仕様だったフリー版をフルボイスにし、追加シナリオが読めるようになったバージョン、「インビジブル 蒼のフラグメント」が公開中です。私はまだプロローグまでしかプレイしていないので細かいことは分かりませんが、幕間シナリオやギャラリーも解放されているようなので、ゆっくりと楽しみにしておきたいと思います。一部テキストの修正やUI配置等の改善も入っているようですね。


フリー版でも十分きれいに完結した物語が楽しめますので、ぜひプレイしてみてください。そして都市伝説の秘密を解き明かしましょう。
全部プレイするにはかなりの時間がかかりますが、それに見合った満足感が得られるはずです。

それでは。

こんにちは。今回はまんまるくまさんの「PROTOCOL」をご紹介します。

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オススメ!
ジャンル:長編本格SF脱出アドベンチャー
プレイ時間:6時間
分岐:なし
ツール:Flash
リリース:2017/5



今回ご紹介する作品は、個人製作とは思えないほど作りこまれた大作で、その良さをどこから語っていったらいいか迷ってしまうほどです。
まずはあらすじの説明をしましょう。主人公はある宇宙船の中で目を覚まします。周囲に人の気配はなく、何らかの事故に遭ったと思しき状況ですが、記憶を失っている主人公には避難方法が分かりません。なんとか小型のポッドを調べて人工知能チップを見つけた主人公は、AI"レア"と協力して生還への道を求めて探索を続けていきます。次第に明らかになっていく船内の状況と過去の事故。果たして生還は叶うのか……



上のスクリーンショットを見てもらっても分かると思いますが、本作のグラフィックはかなりハイレベルです。宇宙空間を漂う宇宙船だったり、目の前に浮かび上がるスクリーンだったり、episode 2の終わりで登場するアンドロイドだったりとあらゆる面でその技術が発揮され、作品世界に入り込みやすいのです。
他にもいくつかゲーム画面を見ていただきましょう。
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さらにはスクリーンショットでは伝わらないようなアニメーションも凝っており、登場する人工知能であるレアなどにはボイスまでついています。プロモーションムービーも魅力的なので貼り付けておきましょう。


このような美しいグラフィックで全編描かれたフリーゲームというだけで驚異的ですが、脱出のためのギミックやストーリーといった面でも高水準な作品です。
脱出ゲームの定番のギミックと言えば、なぜか散らばったキーアイテムを収集したり、暗号として残されたヒントを解読したりといった内容になると思いますが、本作では事故のあった宇宙船から避難するというストーリーになっているため状況に不自然さが感じられません。プレイヤーが主人公になり切って脱出を目指すための強いモチベーションになります。やや発想が難しいギミックもありますが、人工知能と協力するということができるので、ヒントをもらいつつ世界観に浸りやすくなっています。


ストーリーの面においても良くできていて、人間である主人公と人工知能であるレアが協力して脱出・生還を目指す展開は気持ちが良いです。人工知能であることを活かしてデバイスを移行したり、かなり人間に近いアンドロイドであることを活かして主人公との信頼関係などといった内容を描いたりもできるのが素晴らしいところで、ゲーム的なギミックとの組み合わせも生かされていて大変に魅力的な内容になっていると思います。


本作の脱出ゲームとしての難易度ですが、総合的に見るとかなり高く、ボリュームもあるのでやりごたえ満点といったところでしょう。episode 1から5までの5章構成となっていて、1では宇宙船への入船、2では食糧確保のための居住区への移動など各章で目的が決まっています。そしてそれぞれの章で難易度が結構異なります。episode 4がおそらく最難関で、事故のあった宇宙船の細くて入り組んだ通路の中をマッピングしながら探索し、適切な場所でアイテムを使ったり謎解きをしたり、SF要素を活かして時間を飛び越えたりしなくてはなりません。
しかしマップ上で意味のある地点は色付きになるなど、難しいだけでなくプレイヤーに親切であるのも確かです。


難易度を高くしているのは、本作の独特のシステムであるコマンド選択方式もあると思います。
通常の脱出ゲームの場合、対象のアイテムを観察したり文字を読んだり、持ち上げてみたりアイテムを取得してみたり使用してみたりといった行動は全てクリックで行うと思います(稀にドラッグというパターンもありますね)。しかし本作の場合は対象をクリックする前に使用するコマンドを選択しておかなくてはなりません。調べる、動かす、開ける、取るなど、事前に適切なアクションを選択しておく必要があるため、とにかく画面をクリックしてみるといった方法での進行が難しいのです。
さらにクリックポイントもややシビアなので、あきらめずにいろいろ試行錯誤してみる必要があります。

とこのように高難度である本作ですが、攻略中に詰まった場合ゲーム内の"システム"にある"思考モード"を使うとヒントがもらえます。調べればよい箇所などを教えてもらえるので詰まったらどんどん使っていきましょう。
それでも分からなければ、フリーゲーム夢現の公開サイト内で攻略関連のコメント一覧を見るといろいろな情報が見られます。どうしてもわからないところを質問してみるのもアリでしょう。



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逆にepisode 3は探索要素が少なくて一番簡単な章です。小さなチップだったAIのレアがアンドロイドの体を得て、突然ラブコメが始まったのかというくらいほのぼのとした雰囲気になります。
しかし単なる息抜きだけでなく、ストーリー上重要なポイントが詰め込まれています。前述したコマンド選択制であることを活かしたギミックもあって、感動ポイントの1つとなっています。



本作で唯一欠点に感じられるのは動作の重さでしょうか。これだけ独自のシステムや綺麗なアニメーションなどが搭載されていたら仕方ないかもしれませんが、スペックが低いPCだと辛いかもしれません。
あとは一部のギミックに前提知識が必要であるように感じましたが、作内のヒントを使えば乗り越えられるでしょう。


エンディングを迎えた後で作内の世界観などの解説が聞けるモードがあるなど、SFの世界観を見事に表現している本作、大変お勧めですのでぜひプレイしてみてください。
ちなみに本作の制作にはFlashが使われていますが、ブラウザを介さずに起動できるので現在でもプレイに支障はありません。

それでは。

こんにちは。今回はんんんんほりごたつさんの「つきのさきで きみときす!」のレビューをお送りします。

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オススメ!
ジャンル:ほのぼの日常系推理ノベルゲーム
プレイ時間:1周目20分、フルコンプまで2時間程度
分岐:エンディング2種
ツール:吉里吉里
リリース:2020/3



本作の存在はしばらく前から知っていてDL済みでもあったのですが、プレイするのが遅くなってました。
実際にプレイしてみたところ、予想を大きく上回るいい作品だったので今回ご紹介しようと思います。


主人公の月下羽衣(つきした・はごろも、下の名前のみ変更可)は中学2年生。同級生で幼馴染の灯木洩日(あかし・こもれび)は何と中学生にして祖父の代から続く探偵業を継いで立派に活躍しています。羽衣はそんな木洩日のことが大好きな様子。(勝手に?)助手を名乗って事務所に入り浸っています。
そんな羽衣、どうやら木洩日が隠し事をしている気配を感じ取ったようです。調査の名目で木洩日と一緒に色々なところを探索していく羽衣。隠し事の正体を見抜いて名探偵助手としての地位を確立することはできるのか…?


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本作をプレイしてまず目についたのは素敵なイラストでした。
淡い色で描かれた2人の立ち絵はとてもかわいらしいですし、加工写真風の背景にも溶け込んでいます。メッセージウィンドウやUIなんかも統一感のある配色や雰囲気になっていてとてもいいと思います。終盤の一枚絵に入る流れもスムーズですね。


さて、本作の主人公である羽衣は頭が切れる探偵キャラというよりは、ちょっぴり天然だけれど愛想がよくて世話焼きなタイプのキャラクターです。したがって私は本作を1周プレイした辺りでは、(言い方は悪いですが)ほのぼの日常系でラブコメ要素を楽しみつつ進める、推理とは名ばかりの雰囲気ゲーだと思っていたのです。もちろんそうした作品が悪いわけではなく、何となく雰囲気が好きという作品は私もいくつかありますが、本作ではそれだけではありませんでした。推理をする部分についても、また彼らの過去や現在の状況についてもしっかりと筋の通った作品だったのです。そうした意外性という意味でも私を驚かせてくれた作品でした。



木洩日くんの"カクシゴト"を見つけ出すために捜査に乗り出す羽衣は、(なぜか)木洩日を引き連れて事務所や家、町内の様々な場所を回ります。例えば事務所の応接室を調べると、どうも写真に違和感があるということに気付きます。これらのヒントは各調査場所に1つずつあり、調査で必ず手に入れることができます。この際の2人の会話がまたほほえましい内容でいいですね。ちょっと登場するだけのサブキャラにも立ち絵が用意されていてすごいです。

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過去に調査したことがある地点は右の虫眼鏡をクリックでどんなヒントが手に入るか分かったり、現状の持ち物も確認可能、攻略のヒントだって見られるという親切設計。ヒントは3段階になっていて、最終的には完全な答えまで見ることができます。ちなみに私はヒントなしプレイで3周目におおよその仕組みに気付いて(ヒント1段階目の内容)、それ以降は多少の試行錯誤でほぼ迷わずトゥルーエンドまで行けました。

1日の終わりにはこれまでの調査で得たヒントを元にカクシゴトの正体を指摘するパートがあります。使用するヒントを選んで決定ボタンを押すのですが、外れの場合でも選んだヒントに応じた展開が用意されていて芸が細かいです。かなりたくさんあるようなので私も未回収の会話があるかもしれません。
ここで正解すると、ヒントに応じたイベントを見ることができます。私の意図(?)どおり推理してくれて嬉しいルートもあれば、それ推理関係ある?という可愛いイベントもあります。イベントごとに鍵が1つ入手でき、それらを5つ集めたとき、トゥルーエンドへの道が開けます。


このトゥルーエンドですが、木洩日くんが本当に羽衣のことを思って行動していてくれたんだなというのが分かってとても心温まる内容となっています。調査パートではちょっと羽衣のことをバカにしているようなシーンがあったりもしますが、それらが2人の間でしっかりとした信頼関係が存在していたからこそであるのが理解できます。木洩日のお父さんはなぜいなくなったのかを含め、5つの鍵を入手するまでの段階での情報もしっかり最後に生きてくる構成。そして木洩日くん自身の口から好きだよと言ってもらえるのが嬉しいですね。いや、調査パート見ていれば羽衣だけでなく木洩日も羽衣のことを大切に思っているのは分かるんですが、直接聞くのとは違いますからね。そして告白に至るまでに彼らが抱えていた背景も明らかになりますから、そのパワーは強力です。

これ以上詳しく語るのはネタバレになるのでやめておきましょう。ぜひあなたの目でこの感動を確かめてください。
そしてエンディングを迎えた後のタイトル画面への戻り方もうまい。なるほどそういう意味が込められていたんですね。


というわけで今回は「つきのさきで きみときす!」でした。
ほのぼのとした雰囲気だがそれだけじゃない、この作品の魅力をぜひ味わってみてください。プレイし終わって優しい気持ちになれる事間違いありません。BGMもまた穏やかで気持ちいい統一感があって素敵です。久しぶりにDOVA-SYNDROMEに行ってタイトル画面BGMを探す旅をやりました。

それでは。

こんにちは。今回は初めてシェア版を前提にした作品紹介をしたいと思います。
TetraScopeさんの「桜哉」です。

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オススメ!
ジャンル:SF乙女ゲーム
プレイ時間:フルコンプまで5~6時間
分岐:計6エンド
ツール:NScripter
リリース:2013/1
備考:18禁。有償作品(フリー版もあり、15禁)



TetraScopeさんと言えば全年齢対象のフリーゲーム「私のリアルは充実しすぎている」を以前このブログでも扱いました。シナリオもイラストも、音楽についてもハイクオリティで素晴らしい作品でした。その時に、ああこのサークルさんは18禁シェアゲーも出してるんだなと思っていたのですが、今回ついに購入してプレイしてみました。期待度は高かったのですが、実際にプレイしたところそれを優に上回る衝撃を受けたので今回初めて有償作品の紹介をしようと思い立ちました。

特に物語の余韻の強さ、そしてテーマ性という部分で私がこれまでプレイしてきた作品たちの中で5本の指には入ると感じました。気になる方は下の私の文章なんて読まなくていいのですぐに上のリンクから作品ページに飛んでダウンロードしてください。


物語の舞台は現代から数百年後、人型のロボット(アンドロイド)の開発が進み、接客業の多くを代替するなど広く普及しています。主人公の九条茜(名前変更可)は亡き父が開発したアンドロイド、桜哉と2人で生活しています。しかし桜哉は定型的なやり取りしかできず感情も持たない一般的なアンドロイドとは一線を画す存在で、外見や触った感触、会話内容でもアンドロイドとは分からないほどよくできており、人間らしい感情も持ち合わせています。
高校卒業以来数年ぶりに会った幼馴染の上村榛(うえむら・しん)には、ぜひ桜哉の研究がしたいから会社で買い取らせてくれと請われるが、もはや家族同然の存在と感じられる桜哉を物のように売り払ってしまうような話は当然拒否。榛にも、もはや桜哉はアンドロイドを超えた家族、友人として見てくれないかと交渉するが榛の態度も強硬。榛には「桜哉が好きなのか?」と問いかけられる。
幼いころから余りにも当たり前に隣にいた桜哉。彼のことを自分自身でどう思っているのか深く考えるのは避けてきたが、この問題に決着をつけなければならない時が近づいています。桜哉は人間なのか、アンドロイドに過ぎないのか。そして人とアンドロイドは愛し合うことができるのか?。


本作のおよその内容は上の通りです。それでは本作のどこが素晴らしかったのか説明していきましょう。

まずは上にも貼ったタイトル画面の段階でSFの世界観がすごい。CONFIGやEXTRA内のフローチャートなどもスタイリッシュですね。BGMも透明感があって、広大なサイバー空間に解き放たれたような気がします。UIや背景、音楽などの要素で未来感のあふれる世界観を作り出せるのはさすがです。


作品の中身、シナリオに移りましょう。
先述した通り、本作は”人とアンドロイドが愛し合うこと”がテーマとなっています。この重厚なテーマがありながら乙女ゲームとしてのエンターテインメント性はしっかり確保されています。
まずは攻略対象となる桜哉。イケメンかつ可愛らしい。そして茜のことが好きなのが見ていてすごく伝わってきます。本作は物語開始時点で主人公の茜と攻略対象の桜哉は同居しているので、積み上げられた信頼感のようなものが既に存在しているのです。

しかし物語前半におけるこの感情は恋人同士という感じではありません。長く同居しているからそういう雰囲気というよりは家族に近いというのもありますが、この時点では茜も桜哉も「人とアンドロイドが恋愛するものではない」という意識をふんわりと抱えています。はっきりとそう意識しているわけではないというのがミソで、物語中の出来事に影響されて意識させられるようになる、そしてお互いへの認識が変化していくというのが上手いんです。


SFなどの世界観が現代でない物語で登場人物たちが抱く感情は、当然その世界での常識や世情が反映されたものになります。本作においてはこの部分もきちんとプレイヤーに伝わるようになっています。例えば3章、カラーズランドへ桜哉・榛と3人で遊びに行くときです。入場時にアンドロイドへいちゃもんをつける人間の存在、あるいは人間対アンドロイドでの事故発生時の扱い。こういった状況が自然に挟み込まれることで作品世界への理解が深まり、プレイヤーの意識はより主人公に近い形へと向かっていきます。

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アンドロイドに対する愛好派と反対派の抗争が存在するという現実は、茜に嫌でも桜哉がアンドロイドであることを意識させ、物語終盤に至るまで何度も考えていくことになります。人工的に作り出されたことに間違いはない桜哉。しかし一般的なアンドロイドとは一線を画すほど人間らしく、事実茜と榛以外の人にその正体がバレたことはありません。そんな桜哉ともう何年も一緒に暮らしている茜にとっては、ただのアンドロイドとは到底思えないのです。

そしてこの問題をさらに複雑にしているのは春樹という人物の存在でした。茜と榛の幼馴染としてかつて親しくしていた春樹でしたが、幼くして亡くなってしまいます。彼の母親の強い希望で、医学と工学に通じていた茜の父が生み出した存在が桜哉なのでした。
幼いながらも春樹に恋心を抱いていたかつての茜。オリジナルの肉体は死んでしまったけれども意識を引き継いだ存在として現に生きている桜哉。その複雑な状況の前で榛は茜に「桜哉の中に春樹を見ているのか」という問いを投げかけます。茜は今生きている桜哉が好きなんだと即答することができないのでした。


物語が進むと桜哉はアルバイトを始め、徐々に茜・榛以外との関係を築いていくようになります。
事情を知らない人から見れば人間にしか見えない桜哉はそのルックスの良さからたちまち人気を集めていきます。そんな桜哉をみて茜は焦り、そして気付いていくわけです。「あれ、私嫉妬しているのかな。桜哉のことを異性として好きなんだろうか?」と。


そんな嫉妬やすれ違いを乗り越えて迎えた7章。本作の18禁たる所以のシーンがあります。
この描写が本当にえっちなのに上品で上品で…。桜哉が茜をいたわってくれているのが本当に良く分かります。
なんせ前回プレイした18禁が「スレガル」ですからね(方向性が違いすぎて比較できない)。
こんなに愛にあふれて見ているこっちまで幸せになるようなえっちシーンあるんだ~、思っていたのより3倍エロかったなぁ~


などと思いながらメインルートを完走。過去回想も大変気持ちよく感動的な仕掛けになっています。エンディングムービーで桜哉と博士(桜哉を生み出した張本人)の対話が見られる演出も非常に効果的。
「君は人を愛することを知ってしまったから
愛されることを、望みたくもなるだろう」
作中で常に問いかけられていた、人とアンドロイドが愛し合えるかという問題に、こんなに幸せな回答を示してくれました。
たっぷりと幸福な気分に浸りながらおまけシナリオなどを読んでいきます。

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ちなみに最後の選択肢によって結末はEND1とEND2に分岐します。桜哉をより深く理解していた方がよい結末を迎えられる、とても納得感のある分岐です。ぜひ両方読んで、桜哉が何を思っていたのか、自分についてどう考えていたのかを感じ取ってください。


一応本作をプレイして気になる点を書いておくと、アンドロイドが普及している点以外で舞台の未来っぽさが感じにくかったことでしょうか。アンドロイドの普及とそれに伴う社会の変化や世論についてはしっかりと触れられますが、現代から数世紀後の話という割に榛は車を手動で運転していますし、本屋の様子も現代と変わらないように思えます。



…といろいろ書いてきましたが、この時の私は本作の本当の顔に全く気付いていなかったのです!



フローチャートを見れば、本作には6章以降、another routeが存在していることが分かります。それも結構な分量です。メインルートを読んで、榛だけ報われてないな~と思っていた私は、彼が何らかの形で望みを叶える展開はないだろうかという希望を持ちながらこのアナザールートに突入していくことになります。結果的に私の期待は良い方向に裏切られました。



アナザールートに入った私はEND3~5をまず回収。どれも過度にドラマチックでない自然な展開で、プレイしていてスッと受け入れることができました。自分だったらEND4あたりで平穏な結末を迎えている気がするなあと思ったりもしました。この、「言葉には出さないけど確かに存在している信頼感、むしろ明言すると儚く消えてしまいそうなこの関係性」が素晴らしい。私のツボです。


さて、最も入るのが難しかったのはEND6のルートです。このルートでは、榛が思い切ってプロポーズしてきたのを受けることになります。メインルートとは違い榛と繰り広げられる18禁シーン。このころの私はまだ、(ああ、販売サイトにあったサンプルスチルまだ見てないもんな、こっちのルートにあったんだなあ)、などと考える余裕がありました。しかしその後私は衝撃のあまり満足に声も出せなくなってしまいます。

榛との行為中に家に帰ってきてしまった桜哉。3人の間に気まずい空気が流れます。とりあえず榛には帰ってもらいますが、表情を失った桜哉が怖い。衣服もはだけたままの茜。私はこの状態でも辛いなと思っていたんですが、何と桜哉はそのまま茜との行為に及んでしまいます。私は意味をなさない声を上げて驚きます。(なんで?そんな展開あり??桜哉どうしちゃったの???)

しかもこのシーンが長いこと長いこと。体感でメインルートの倍くらいあった気がします。
私はこの衝撃を受け止めきれないまま物語は最終章へ。そこで桜哉から投げかけられるある願い。茜は冗談と笑って返したあの台詞。その意味するところを理解した私は絶句し、涙し、震えることになりました。
正直、私は本作が18禁であることの意味を甘く見ていました。しかし本作で描かれる桜哉の胸中、アンドロイドであるが故の葛藤はそんな生ぬるいものではありませんでした。18禁シーンを通すことでしか表現できないこの切ない結末を私は全く予想していなかったのです。

以後、核心に関わるネタバレがあります。OKな方のみクリックして閲覧してください。

クリックで展開(ネタバレあり) 桜哉はあの瞬間、この世界に絶望してしまったのです。
茜が自分以外の男性と行為をしていたからではありません。茜と榛、人間と人間が行為をすることによって生まれる快感であったり、新たな命であったり。桜哉は茜と行為をしてみて、自分にはその快感を得ることは不可能であり、茜を生物の本能の部分から満足させる能力が存在しないことに気付いて絶望したのです。

私は”人間とアンドロイドが愛し合えるか”が本作のテーマになっていると述べました。他のENDでも十分に表現されていると感じましたが、ここまで深い意味で、ショッキングな結末をもって描かれるものだとは想像もしていませんでした。本当にこのテーマが作品全体で一貫していて大変印象的です。
まさに、18禁だからこそ描けるテーマ性。私がフリーゲームの森というタイトルを掲げながらブログで有償である本作を扱った理由はそこにあります。桜哉との時と榛との時で茜の様子の差異も丁寧に描かれている。先ほど思っていたより3倍エロかったなぁ~とかいう何も考えていない感想を書きましたが、そのシーンは単にえっちなだけでなく、このテーマを語るのに必要不可欠だったわけです。ここが本当に感動するポイントで、私はこういう作品が大好きです。
単純にエロシーンがあるだけの作品もそれはそれでありですが、そのシーンが今後の展開や作品のテーマに必然性を持って絡んでくると作品の奥深さが段違い。名作と評するのに十分な理由です。



1つだけ惜しいと思ったのは「第一原則」などの用語です。作品を通して幾度となく出てくるこの言葉は、ロボット工学三原則の第一条を意味していると思います。「Campus Notes vol.2」などでも登場しましたね。榛に自分を壊してほしいと依頼した桜哉は、自分ではできなかったと語ります。生への執着と作中では説明されますが、散々ロボット工学三原則を引用してきたなら、ここは第三原則に違反するからとしておいたほうがきれいだったのではないでしょうか。


しかしそんなのは些細な問題です。桜哉の悲痛な叫びが聞ける車内でのあのシーンへの入り方が完璧。味わうようにゆっくりプレイしていると、直前で始まったエンディングテーマの歌詞が入るタイミングで桜哉の独白が始まります。

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この「よかったね」にどんな感情が込められていたのかがこれ以上ないくらい雄弁に語られるこのスチルと表情。
「やっぱり、羨ましかったのかもしれない」
「茜のことを、人間の女性の本能の部分まで満たしてあげられる、能力が」

「アンドロイドとしての俺を、愛してもらいたいんだ」

何という重い言葉でしょうか。
初見でプレイしていた時は全くそんな余裕もなく流していたエンディングテーマの歌詞ですが、聞き込んでみると桜哉の心情をそのまま表現していて心を打ちます。
それでもまだ 近づきたい
強まっていく気持ちは
君のものと同じはずなのに
別の、違う色に見え

そして戻ってきたタイトル画面でまた泣かされます。美しすぎる。こんな幸せな未来が…あったのだろうか。

この結末が分かったうえで再度END6のルートをたどってみると、確かにお互いの理解がすれ違っていくような選択を重ねていった結果であることが納得できるんです。後から選択肢と分岐の正当性がこんなに感じられる作品も珍しいと思いました。


ちなみに本作のサウンドトラックは公式サイトから購入者限定で無料でダウンロードできます。
しかもボーカル曲についてはカラオケ版とイラスト付き歌詞カードもついてくるという豪華さ。見逃さないでくださいね。

また、同じところから、本作の5年前を舞台にした「Sweet Present for Shin」もダウンロードできます。
榛に予想外の人気が集まったことから作られたおまけ過去話であるということです。本作を気に入った方はこちらもぜひ!

私はプレイしながら、「バレンタインテロリズム」の及川颯太を笑えないレベルで榛のフラグを折りまくっている茜に笑ってしまいました。榛も恥ずかしくなって赤くなったりしちゃうんだなあ。


以前レビューした同サークルの「私のリアルは充実しすぎている」についてはフリーゲームですので、何と無料でボーカル曲のダウンロードができます。こちらもカラオケ版と歌詞カードつき。
firstcomplex」も購入者限定でサウンドトラックがダウンロードできます。


本当に素晴らしい作品でしたので、ぜひ多くの方にプレイしていただきたいなと思います。まずはフリー版だけでも物語として十分まとまっていますので気軽に手に取ってみてください。
そして気に入った方は、フリー版では決して描けない、18禁だからこその感情の動きとテーマ性を製品版で味わってください。私がなぜここまで熱烈に語ったのか、その理由を分かっていただけると思います。

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