フリーゲームの森

フリーゲームのレビューブログです。 ノベルゲーム・アドベンチャーゲームを中心にお勧めの作品を紹介します。
初めての方は、ぜひごあいさつをご覧ください。評価の基準については、レビューについてに記してあります。
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シリアス

こんにちは。今更かよと思われるほどの有名作かもしれませんが、今回はパルソニックさんの「かわいいは壊せる」です。

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ジャンル:幼女とおじさんのKENZENアドベンチャーゲーム
プレイ時間:1プレイ5~10分、フルコンプまで1時間強
分岐:エンディング10種
ツール:RPGツクール
リリース:2021/3
備考:12歳以上推奨、ニコニコ自作ゲームフェス2021優秀賞受賞作


以前「決戦前のヒトリ」をレビューしたときに少しだけ触れました。存在は以前から知っている有名作でDL済みでもあったのですが結局プレイしていない状態でした。しかし先日本作がふりーむの累計ランキングで1段目(5位)に入ったという情報を見かけ、やってみるかぁと意を決しました。
噂に聞いていた通りの(タイトル画面を見ても分かりますが…)危ない作品でしたが、単にインパクトがあるだけでもないと感じたので今回取り上げることにしました。


最初にいつも通り簡単に本作の内容を説明しておきましょう。
舞台となるのは労働環境も教育制度も崩壊した世界。週末の休みという概念がなくなり労働者は疲弊する一方。現行で9年ある義務教育は何と1年に短縮され多数の子供がまともな教育を受けられないままです。そんな貧しくなった世界ではたった1年の義務教育を終えたばかりの幼い子供をレンタル商品として貸し出してお金を取る非道な商売が横行しています。
主人公(おじさん呼びで名前は出てきません)は隣の部屋に住む子供(でここ)を1週間レンタルすることになります。毎日でここをなでてかわいがってあげるのもおしおきするのもおじさんの自由。あなたの行動によって物語は10個に分岐します。みんなが幸せになれる未来はあるのでしょうか…?

…と、こんな感じでしょうか。

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記事冒頭でインパクトだけの作品ではないと言いましたが、やはりゲーム開始直後に何の説明もなくでここと会話することになり、さらに彼女をベッドの上に連れてきたこの絵面は強烈な破壊力があることをまず言っておきましょう。


とはいえ本作は18禁ではありません(12推です)。この状態から足を動かすというきわどい操作は可能ですが、本編に関連する操作は2つだけです。なでなで、すなわち頭をなでてやること、そしておしおき、すなわちデコピンです。それ以上のことはできません。
ただ、デコピンというと大したことないように思えますが、このおじさんのデコピンは相当痛いらしいです。クリア後のおまけにそういう記載がありましたし、なによりでここの反応が作り込まれていて見るからに痛そうなのです。

登場人物がひどい目に遭う作品は珍しくありません。このブログで扱った作品でいうと「スレガル」(18禁)は代表例でしょうし、18禁まで行かなくとも「いちごみるくとあそぼうよ」や「Strange meeting!」(いずれも15禁)も十分悲惨な展開が待ち受けています。しかし本作は全年齢であるにもかかわらず、これらの作品よりもプレイしながら罪悪感を覚えるような作りになっていました。

どういうことかというと、上記の作品たちと違って本作は主人公が加虐者なんですね。しかも行動は単なる選択肢式ではありません。毎日でここを寝かしつけるためにベッドに連れていき、カーソルを操作して額付近に持っていき目をつぶらせたうえでようやくおしおきをすることができます。しかもデコピンを構えた後マウスボタン押下または決定キー長押しでパワーを溜めてから解放しないと不発になります。要は徹底的にプレイヤーの自発的操作を要求しているのです。
仮に「おしおきする」という選択肢を1回選ぶのみであったらさほどためらわずにそのボタンを押していたかもしれません。しかしこう何回も、しかも長押しまで要求していると、「お前は今からこのいたいけな子供に強烈なデコピンをお見舞いしてやろうとしてるんだぞ!」という事実を突きつけられているようで私の良心も痛めつけられたのです。
ここが本作がほかの作品と比べて特出している点と言えると思います。

この演出はホラーゲームなどにおいて良く見られると思います。有名なところでいうと「Ib」でアリの絵を橋代わりにして踏みつけるシーンであったり、「魔女の家」でカエルをいけにえにしたり、といったシーンが思い浮かびます。私は単純に驚かせたり怖い絵が出てきたりといった方法で恐怖演出をするタイプの作品より、こうした地味に嫌な展開を重ねておどろおどろしい雰囲気からプレイヤーに継続ダメージを与えてくるタイプの作品の方が好きなのですが、本作はそれに近い怖さというか雰囲気を感じ取りました。

上でフルコンプまで1時間強と書きましたが、これは少し嘘なんですよね。私はこうした演出は好きなのですがMPをかなり消費するので、プレイ中にかなり中断時間をはさんでMPを回復しました(以前Twitterに投稿した通り)。それを除くと大体1時間といった分量という意味です。

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さて、他の演出面について見ていきましょう。
イラストは、綺麗ともてはやされるタイプの絵ではないと思いますが、表情の差が分かりやすく描かれていて好きです。ベッドの上でおじさんを見つめるでここの表情は、前日までにどんな行動をとったかによって大きく変わります。単純に不安そうだったり、怯えていたり、あるいは懐いている様子だったり何かを懇願している風だったりと様々です。「なでなで」をしてあげるときも表情の変化が現れます。ギャルゲーによくある好感度システムを少しだけ見えるようにしてくれたありがたみがあるのと同時に、プレイヤーの行動如何ででここのメンタルを支配できてしまうような怖さも感じられます。
ベッドの上での表情だけでなく、マップ上での移動の様子だったり日付が変わるときのカットインだったりもでここの心境が反映されていて、しっかり考えて作られているなあと感じます。



本作をプレイしていて気になった点も少しあります。
これまで書いてきたように本作はシリアスな展開の割合が多いのですが、時々ギャグ要素が放り込まれているときがあります。シンプルに笑える場合は良いのですが私は鬱陶しいと感じてしまうシーンもありました。具体的には警官の居眠りシーンですね。エンディングで何度も見ることになるのでちょっとしんどいなと。でここが勘違いするシーンなどは面白かったです。

あとはでここのママについて最後まで詳細不明なのは若干もやもやします。その状態でハッピーエンドに行ってしまって何らかの後腐れが残らないのかなという不安につながっているように思います。「レンタル家族」が横行してろくに検挙もされない世の中なのに、主人公の部屋に隣に住む少女がいた程度で任意同行を求められているのも疑問かもしれません(END 02や09ではそうなるのも納得なのですが)。


エンディングについて書きましょう。
本作のエンディングは10種類。ただしおまけ内でいわれている通りEND05~09はほぼ同じなので実質6種類ということです。END 01がハッピーエンドと言えるでしょう。本気で攻略を目指せば初見でも可能だろうという難易度だと思います。でここは親からの愛をあまり受け取れていないようでおじさんに対しても疑心暗鬼のような状態です。ここから警戒心を解きほどいてハッピーエンドに向かうことができるかはプレイヤーの選択にかかっています。単になでなでを続ければいいわけではないのもよく練られています。

エンディングに加えて条件を満たすと、おまけ部屋で七つの大罪になぞらえたクリスタルを輝かせることができます。いわゆる実績に相当する機能です。全開放するととあるモードが解放されます。スクリーンショットは貼りませんが…………こりゃ危険度が増してきたぜ!


というわけで今回は「かわいいは壊せる」でした。
スクリーンショットを見て物怖じしない方はぜひプレイしてみてください。

それでは。

こんにちは。今回はDanQさんの「学ぼう! 精神医学 -うつ病編-」をレビューしていこうと思います。

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ジャンル:精神医学をカジュアルに学べるノベルゲーム
プレイ時間:45分
分岐:あり
ツール:ティラノスクリプト
リリース:2023/8



本作はフリーゲーム夢現を巡回していて見つけた作品になります。タイトルから分かる通り、精神科での診療や精神疾患についての初歩を学んでいける作品となっており、全体的に非常にまじめに作られています。それでは作品内容の紹介に移りましょう。


本作の主人公(名前変更可。デフォルトは朝宮)は総合病院に勤める2年目の研修医。今回初めて精神科に配置され、患者さんの診察や治療に携わることになります。とはいってもこれまで内科などでの勤務経験しかない主人公は精神科で必要な知識が十分ではありません。指導医の夏川先生に教えてもらいながら患者さんを診ていくことになります。



主人公が最初に見ることになった患者さんは永野さんという男性でした。
1か月ほど前から気分が落ち込み仕事にも身が入らず、家族の目から見てもずっとしんどそうにしていると言います。永野さんへの診察と治療を通して、主人公と一緒に読者も精神医学について学んでいける構成となっています。


さて、私は医学に関する知識は素人なので(過去に診断されたことのある病気について調べたりはする、という程度です)、上で永野さんの訴える症状を聞いてもうつ病くらいしか候補を考えられないのですが(本作のタイトルからのメタ読みもありますが)、本作を最後まで読めば精神科では他の様々な可能性も考慮しながら最終的な診断や治療を行っていることが分かります。


例えば、夏川先生に最初に教えてもらう講義の内容は「精神科ではなぜ病歴が大事なのか?」です。
レントゲンを撮ったら骨が折れていることが分かった、などのように検査で明確な原因が把握しづらい精神科における診断では、現在の状況だけでなく過去もさかのぼって考慮したうえで適切な判断をする必要があるというのです。これは、今までの私には全くなかった視点でした。

作内で永野さんの診察を行う際には、今の仕事や家庭での様子のみにとどまらず、子供のころからの成育歴や病歴などについてを含む細かい聞き取りが行われています。知らなければ、医師というよりはカウンセラーみたいな人の仕事なのでは? と思ってしまったりしますがこれも精神科医の大切な仕事の1つだということでした。
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もう一つ例を挙げましょう。精神科においても血液検査などの検査を行うことは多いようです。しかしそれは例えば、うつ病になると血液検査のこの項目で数値が高くなる! のような項目をチェックするためのものではなく、他の原因を除外するためであるというのです。
なるほど、確かに脳外科とか内分泌科とかの他の科にかかるべき真の原因があったのにうつ病と診断して精神科的アプローチで治療を試みても良くなるとは思えません。こうした病気以外にも、例えば薬物の影響で気分症状が現れることがあるのは私も知識としては知っていたはずですが、うつ病の診断をしようという段になって頭の中に残ってはいませんでした。

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こんな感じで全体的にまじめに作られた作品ですが、かわいらしいイラストやコミカルな音楽もついてカジュアルな雰囲気を保っています。診察に入る前のプロローグであったり、True Endで永野さんが快復したときなんかは登場人物のキャラクター性が出た会話シーンなんかもあったりして、ゲームとして気楽に楽しめるような内容になっていると言えるでしょう。
もちろん完全な娯楽作品のようにゲラゲラと笑ったり感動シーンに涙したりといった展開にはなりませんが、勉強のハードルを下げてくれているという点が大きく評価できるポイントだと思います。立ち絵がスッと入れ替わったり、講義スライドが挟まったりといった演出の仕方もささやかながら間違いなく本作の取っつきやすさに貢献しているでしょう。

ネットを使って医学のことについて調べようとすると、怪しい情報が大量に出てきて私のような素人では信頼できる情報を見分けるのが大変ですからね。公的機関や大学などが出している情報はさすがに信じていいだろうと思いますが、そういったページって大体堅苦しくて難しいんですよね。その点本作ではうつ病や精神医学についての最低限の知識を読みやすく、そして正しく(作者さんは現役のお医者さんということですし、診断基準等の引用元も作内で示されています)伝えてくれる点が嬉しかったですね。


ところで少し上でさらっとTrue Endと書きました。本作にはいくつかの選択肢が存在しています。
全問正解しないとTrue Endには行けないのですが、いずれの選択肢も夏川先生の話をきちんと聞いていれば正しいものを選べるものですし(常識で考えても大体は正解を選べるはず)、難しくありません。
逆に1つでも間違えるとNormal Endに行くようですが、こちらでも永野さんの病状が悪くなったりはしませんでした。夏川先生のフォローがしっかりしていたということでしょう。こうした作品でわざと間違い選択肢を選ぶのは私は心理的に強い抵抗があるのですが、レビュー書くんだからちゃんと他のエンディングも見ておこうかと思ってみてみました。辛い結果にならなくて良かったです。


というわけで今回は「学ぼう! 精神医学 -うつ病編-」でした。
勉強するぞ!という気持ちにならなくてよいのでぜひ気軽に読んでみてください。

それでは。

こんにちは。今回はポロンテスタさんの「道徳ビデオ」のレビューをしていきたいと思います。

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★favo
ジャンル:いじめを描いた群像劇鬱ノベル
プレイ時間:45分
分岐:1か所
ツール:ティラノスクリプト
リリース:2023/7
備考:製品版あり


ポロンテスタさんと言えば、私は「ポルノ地獄・完全版」(18禁)をプレイしたことがあり、ブラックな世界観の中にも良心をのぞかせるような独特な作風が印象に残っていました。そして最近になって本作「道徳ビデオ」が公開されました。色々な所で好意的な評価を見ますし私も気になってプレイしてみたところ、非常に印象的な作品でしたのでご紹介したいと思います。刺激的な内容を含みますが全年齢対象の作品となります。


作品ページの紹介などでも明らかにされていますが、本作は「いじめ更生委員会」が制作するいじめ防止のための教材「道徳ビデオ」に関する内容で、既にお分かりかと思いますがかなりブラックな要素を含みます。しかし単に風刺的だったり皮肉的だったりするだけでなく、読み終えてすっきりするような、いじめのはびこる社会はろくでもないけど、それでも希望だってあるんだという気持ちにさせてくれる作品ですので、ぜひ抵抗感を持たずにプレイしてみてください。


本作は主要な登場人物3人の視点が交互に入れ替わるようにして進行していきます。
まず最初に登場するのが「いじめ更生委員会」から教材用のビデオ、「道徳ビデオ」を作成するために星の砂小学校に派遣された潮見ヒヨリです。6年2組の児童に出演してもらってビデオの撮影を行います。クラスでの説明の時には表向きの理由を明るく説明し、子供たちにも受け入れられているようですが、彼女にはビデオを作る真の理由があることが序盤早々に明かされます。一体その目的とは何なのでしょうか。


続いて舞台は唐突に8年後の現在へ。ビデオにはいじめっ子役で出演した黒瀧ナギトがヒヨリに連絡してくる場面から始まります。彼が言うには、いじめられっ子役の成海ミナミを殺してしまったというのです。いったい道徳ビデオの撮影現場で何があったのか。親友であったはずの彼ら二人がその後8年間かけても修復できないほどに関係が歪んでしまったのはなぜか。ヒヨリはそれを聞いてどうするのか。
彼らに幸せな未来はあるのでしょうか……

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さて、本来は教材撮影のための演技であったはずのいじめですが、実際のところ演技の範囲を超えてエスカレートし、いじめられっ子役であったミナミに深い傷を残したということは容易に想像できると思います。ナギトがミナミに対してわざと聞こえるように悪口を言う。台本にあるものだとしても気持ちよいことではないでしょうし、次第にナギトはアドリブと称して台本にない悪口をぶつけていくようになります。

日本語には言霊(ことだま)という言葉があります。手元で明鏡国語辞典を引くと、「古代日本で、ことばに宿ると信じられていた神秘的な霊力。」とあります。本当に魔法のような力があるわけではありませんが、本気ではないはずの言葉がいつの間にか本当にそう思うようになっていた、というような力が言葉には込められていると思うのです。おそらく無意識のうちに影響を受けているのでしょう。自分で発さなくても、繰り返し告知を見せたり聞かせたりといった宣伝に効果があるのはまさにその効果の応用でしょうし、逆にある対象に対してネガティブな発言を聞いているだけでいつの間にか自分も嫌いになっていたりします。怖いものです。

道徳ビデオの撮影においては、最初は演技であったはずの台詞が無意識下においても作用し、ミナミをいじめる方向に傾いてしまったのでしょう。台本にない悪口を、カメラが回っていないところでも、……こうしてエスカレートしていくわけです。

こうしていじめは苛烈を極めただろうことは容易に読み取れるのですが、本作の中では具体的ないじめ行為は悪口を言う以上の内容は一切描かれません。これは本作をゲームとしての娯楽作品として成立させるために計算して設定した限界だったのではないでしょうか。
ニュースで報道されるようないじめ事件で起こっていたこととか、暴力事件とか、具体的な行為を描こうとしたらもっとずっと細かく、鮮明に、ショッキングな内容を込められたはずです。しかしそうするともはや本作自体が”教材”、あるいはドキュメンタリーになってしまうんですよ。
誰もが目をそむけたくなるようないじめを描いて、いじめは良くないことであると伝える。そういう(ゲーム以外を含めた)作品は多くありますし、フリーゲームでもいくつか知っています。しかし本作がそうした作品と一線を画していると感じるのは、あえて具体的で過激な行為の描写を排したことで娯楽作品としての魅力を保ったことだと思うのです。過激な内容はあえてプレイヤーに想像させるにとどめ(本当にありありと想像されるんですよ、作内で描かれるよりもずっとひどい行為があったと)、説教臭いと感じさせることなくこの重いテーマを描き切り、幸せになれる選択肢を提示してくれたこの作品の価値は大きなものであると感じています。


さて、道徳ビデオの撮影中、ナギトが不必要に辛らつな言葉を吐くたび、最初のうちは担任のリン先生はきちんとたしなめていましたし、ヒヨリはミナミへの精神的フォローをしっかりと行っていました。良識ある大人が目を光らせ、厳格に演技の内容を監督した場合はあそこまでの事態にはならなかったでしょう。途中からミナミへのフォローがおろそかになってしまった理由は、本作の最終章で語られます。

ヒヨリが「道徳ビデオ」を作ろうとしたきっかけは、かつて自分をいじめたものに対する見せしめ・復讐のためでした。彼らに合法的にダメージを与えるために。あるいは裏でこっそりと手を回すための布石として。そんな打算的な目的で道徳ビデオ事業に乗り出したヒヨリでしたが、打算的であるがゆえに理性的でもありました。撮影の最中に出演児童へのカウンセリングを怠り、精神的ダメージを与えたりして最悪撮影が完遂できなかったら元も子もありません。
しかしヒヨリから復讐の執念を解消してくれた人物がいました。リン先生です。リン先生の行為は非難されるようなことではないし、むしろ良き先生でしょう。ところがそれゆえにヒヨリが道徳ビデオへ注力するのを妨げてしまったのです。復讐にしか生きがいを見出せなかったヒヨリに、別の生産的な生きる理由を与えてくれたリン先生。「今が幸せだから過去を許せる」という意味の台詞が出てきますが、これは本当にそうだと思います。余裕がある人なら別に復讐に執着しなくても良いはずです。いじめに限らず、例えば犯罪被害者(の遺族など)だったり、あるいは社会に対して一方的に逆恨みしている人でさえ、人並みの幸せを得られれば怒りの矛を収められるという人は多いと思います。福祉の役割とはこういうところにもあるのだなあと思わされます。

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道徳ビデオ撮影時の事件をきっかけに、それまで親友であったはずのナギトとミナミの間には決定的な溝が生じ、8年後に至っても解消されない歪みが起きています。いじめっ子役であったナギトは当時の申し訳なさから、もう何年もほとんどミナミの言いなりになっています。ここで大事なことは、「事件の後罪悪感から何年も相手の要求を断れずに言いなりになる程度には良心のある人物でさえ、演技のはずのいじめがエスカレートしていった」という事実です。報道されるようないじめ事件を耳にすると、なんと酷いやつだ、あいつらには人の心ってものがないんだ、と感じます。しかしそれが事実かどうかは分からないんですよね。
撮影開始前にはナギトはいじめなんて当然いけないし自分がすることもあり得ないと思っていました。実際、ちょっと言葉遣いは悪いですがミナミとは確かな信頼関係が築かれています(あの遊びはちょっと歪んでるとは思うけど…)。しかし、平常心を持っていればいじめなど行わなかったであろう人物も、”演技”という大義名分を得てストッパーが外れた結果事件を起こします。環境さえ整えば善良な市民でも凶悪な行動に至ることがあるのだから、いじめや犯罪は潜在的な犯罪者に機会を与えないことによって未然に防ぐことが大切。この考え方は犯罪機会論と呼ばれるらしいです。

本作において、単純になにを考えているのか分からない悪人が問題を引き起こすのではなく、各人物が自分の行動原理に基づいて行動した結果、悲劇的な結果を引き起こしてしまいます。物語を進めるための壁や障害、悪人が単なる舞台装置としてでなく、生きたキャラクターであるために同情的な感情も想起させ、より物語へ引き込む力となっているのですよね。ずっと前に「まい、ルーム」のレビューでも指摘したことですが、この点は私が物語を読むにあたって重点を置くポイントのようです。


本作のエンディングは2つ。選択肢は1か所です。どちらが幸せな未来へと繋がっているかは一目瞭然でしょう。正解の選択肢を選べば、どん底であったナギトへ一筋の光が差し込みます。8年後の未来にどうなっているか。エンディングタイトルを含めて素晴らしい内容だと思います。
1つだけ気になるのは、独特な絵柄から人物の年齢が読み取りにくいことでしょうか。本作の時間軸は頻繁に8年前と現在を切り替えており、登場人物の年齢層も小学生と先生ということで離れています。しかし大きく表示される立ち絵から時間の経過や人物の世代差が読み取りにくいんですよね。”ヒヨリお姉さん”のお姉さんらしさをアピールする一つの手段になると思うのでちょっともったいない気がしました。
しかし1人のキャラクターとみれば可愛らしいですし、タイトル画面のグラフィックなどもダークな世界観を表現しているようでいいと思います。


と、このように1時間未満で様々なところまで思いをはせることのできる作品でした。
この重いテーマをしっかりと最後まで描き切り、かつ希望を感じさせるエンディングが気持ちいい類まれなる作品だと思います。この手の作品にありがちなご都合主義も私は感じませんでした。ぜひプレイしてみてください。


それでは。

(2024/8/25追記:コミックマーケット103にて本作の製品版(15禁)が発表されました。パッケージ版はBOOTH、ダウンロード版はDLsiteなどで購入可能になっています(私はコミックマーケット104で購入しました)。本編はフリー版と同じですが各登場人物の掘り下げエピソードが計5話収録されておりそれだけで本編に近いボリュームがあります。
追加エピソードの内容ですが……かなりエグいです。私の印象に残っているのはナナミ編。いじめる側って本当に軽く考えているし自分の行いもすぐ忘れる、それに対してやられた側の負う傷は深く恨みは長い、この非対称性を感じさせる胸糞エピソードですね。他のエピソードも本編よりさらに人の醜い側面を強調した性格となっており、本編の雰囲気を気に入った人向けの内容と言えるでしょう。
追加エピソードの中で最後のミナミ編は唯一本編のTRUE ENDへつながるお話です。あんなにねちっこく復讐して口も悪かったミナミが、ナギトと距離を置いて生活をするようになってどう変化していったのかが如実に表れています。本編で最後に名前だけ登場した女の子のチカちゃんが及ぼした影響も大きかったようです。本編と同じくとんでもなく陰湿だった物語をこう希望の光に包んでエンディングへ向かうのか、と感じさせられるエピソードでした。……と思っていたら最後の最後!!なんとも油断ならない作者さんです。より濃さを求める方はぜひ購入を検討してみてください)

こんにちは。今回のレビューは川澄シンヤさんの「リバース・ゲーム」です。

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ジャンル:“死”と向き合い、乗り越えるノベルゲーム(ReadMeより引用)
プレイ時間:Normal Endまで2時間、フルコンプまで5時間程度
分岐:エンディング11種(Ver2.00以降。うちバッドエンド7)
ツール:LiveMaker
リリース:2017/8
備考:15推、暴力・流血表現あり。第13回ふりーむ!ゲームコンテストアドベンチャー部門銀賞受賞作



本作のタイトルを見た私は、はじめその意味を"Reverse game"だと捉えました。何らかのゲームで負けを目指す、あるいは時間を逆行するとかゲームの側からプレイヤーに働きかけてくるメタな内容とか、そういうものをイメージしたんです。しかし本作の”リバース”は違う意味でした。”Rebirth game”、つまり生まれ変わりをかけたゲームだったのです。


というわけで本作の概要はこんな感じです。
主人公の加藤智紀(かとう・ともき)は高校一年生。夏休みの初日に散歩していたところ、なんと車にひかれて死んでしまう。そこに現れたのは天使を名乗る不気味な仮面の男、バース。彼曰く、”リバース・ゲーム”に参加して勝利すれば生き返ることができるという。そのゲームのルールは、時間内に(1人以上の)協力者を見つけ、その人と定期的に意思疎通を続けて無事に5日間過ごすこと。簡単そうに見えるが、まずは最初の協力者探しが最初の関門。果たして智紀は無事にゲームをクリアすることができるのか、そしてバースの目的は一体何なのか。5日間のゲームが幕を開ける…


といったところでしょう。
先週レビューした「終わりの鐘が鳴る前に」も生き返りをかけたゲームでしたが、特に狙ったわけではありません。たまたまです。
そして作品のメインとなるテーマも異なります。恋愛要素の大きかった「終わりの鐘が鳴る前に」に対し、本作「リバース・ゲーム」はよりデスゲーム的要素の強い作品となります。殺し合いをしたり心理戦を仕掛けたりするわけではありませんが、自分の生死がかかっているという緊張感の漂う作品です。ゲームをクリアするためには智紀のこれまで築き上げた人間関係が重要となってくるのですが、これが意外な方向に効いていて面白かったですね。

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さて、ゲームを進めていきましょう。
智紀がリバース・ゲームへの参加を承諾すると、ゲームのサポート役を務める天使の相原はるかが現れます。智紀と同年代の普通の少女にしか見えませんが、間違いなく天使であるというはるかは実体化/霊体化を切り替えることができます。霊体化した場合、ゲームのプレイヤーや協力者以外の普通の人間には見えなくなるのです。デスゲームらしい要素が見えてきましたね。


ところが、序盤においては緊張感はあまり感じられません。ゲームの場は智紀の生活圏内と変わりませんし、はるかはどう見ても普通の少女。さらにゲームの細かいルール説明を聞くために入った喫茶店では、濃いキャラクターのマスターがお出迎えしてくれます。ラブコメかな?と思うような個所もありますが、実際に協力者を探す段になって本作はシリアスさを増していきます。


誰かを協力者とするには、まずは自分の置かれた状況を相手に信じてもらわなくてはなりません。なるほど、これは確かに難しそうです。交通事故に遭って一度死んだが、リバース・ゲームに勝てば生き返らせてくれるんだ、なんて話普通の人は信じません。また、もしこのような状況に立たされたなら、はるかが忠告する通り最も身近にいる人である家族を協力者に立ててクリアを目指すのが常識的な考え方でしょう。しかし智紀は頑なに両親を頼ろうとしません。何らかのすれ違いがあったのでしょうが、ここでその詳細が語られることはありません。この詳細は本作のクライマックスにおいて感動的な形で明らかにされることになります。ここが本作において一番の肝というか、上手い部分と言えるでしょう。

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死んだ人が全員リバース・ゲームに参加できるわけではありません。何らかの心残りがある人だけがリバース・ゲームに招待され、そして生き返るに値する人間なのかを”審査”する。バースはそう言いました。智紀にとってはそれが両親との関係をやり直すことだったわけです。だからこそ、True Endにおいて”ルール変更”が正当であったことが分かります。このあたりのロジックがしっかりと描かれていて、気持ちのいいポイントの1つとなっています。
家族と正面から向き合うこと、過去を受け入れて未来へと歩んでいくこと。そういったともすれば説教臭くなってしまうような問題を、デスゲームの形をとることで感動的な演出として組み込む手腕はなかなか大したものでしょう。



上の書き方だと、生き返りをかけたゲームであるというのは形式的なものにすぎないように感じるかもしれませんが、そんなことはありません。
ゲーム初日、智紀はなんとか幼馴染である山内慶一(やまうち・けいいち)に協力者になってもらうことに成功します。5年も会っていなかった智紀の頼みを聞いてくれるなんていい人ですね。
協力者をみつけて意思疎通も果たし、あとは10時間の間を開けないように会話なり電話なりをすればよいということになってクリアできそうという空気になりますが、そう簡単には行きません。最終日である5日目には電話がつながらないというアクシデントが発生します。

……いや、これは本当にアクシデントなのだろうか。もし慶一がリバース・ゲームのことを心から信じているわけではなかったら。あるいは実は智紀のことを恨んでいる理由があるのなら…。こういった疑心暗鬼な展開はデスゲームにおける典型的な見せ場と言えるでしょう。


また、リバース・ゲームの参加者は智紀1人ではありません。ゲームの途中には作業服の男性やまだ小学生に見える少女など他の参加者にも出会います。彼らとの出会いがどう智紀の心情に影響していくのかといったところも見どころの1つです。



さて、本作はいわゆる1周目ルート制限ありの作品です。
初回プレイではどんなに頑張ってもNormal End(かBad End)にしか行くことができません。その後2周目以降でその他のエンディングが解放されていきます。この方針はものによっては面倒くさいだけだったりしますが、本作においてはそうならないような工夫がしっかりと施されているように感じます。
2周目においてはゲーム進行中の天界での出来事などが語られたりしますが、これはまずはNormal Endを見るくらいはプレイしておかないと意味が分からないので、ルート制限をかける必要性もあったでしょう。後書きを読むと分かりますが、作者としての意図もしっかりしており、それゆえの成功例だと感じました。既読スキップは正確で高速ですので、エンディング回収にもそれほど手間がかかりませんしね。

そうして苦労してたどり着いたTrue Endでは悩みを断ち切りしっかりと前を向いている智紀の姿に、私も頑張って良かったなあと感じさせてくれます。バースの目的なども含めてしっかりと回収されるのが良いですね。
バースの正体が明らかになるところは、その瞬間の感動が(プレイヤーにとっては)薄いので、事前に写真を見せておくなどでプレイヤーにもそれと分かるような仕掛けがあった方が良いだろうなあと思います。智紀の感動とプレイヤーの感動のタイミングがずれてしまうのでそこだけ惜しいように感じました。(ネタバレに配慮して書くのが難しい…)


話は本作とは若干ズレますが、私が作者の川澄シンヤさんを知ったのは3年前のティラノゲームフェスで、「女のフリしてゲーム作ったら、女装することになりました」を見たのがきっかけです。タイトルから分かる通りのコメディ作品で、私の好みでもあったのでノベコレにコメントを書いたりもしました。その際過去作とは作風が全然違っているというような紹介文を読んだ記憶があったので、私は「リバース・ゲーム」はシリアスに振った作品で、間違っても女装少年なんて出てこないだろうと思っていたのです。

ところが! 2周目プレイ時はなんとゲーム序盤で智紀のワンピース姿が!!
可愛いじゃないですか! 間瀬くんに負けてませんよ
個人的には1周目で見せて欲しかったな! 特にネタバレとか関係ないシーンだし。
あとはレイナのおしおきシーンも明らかに作者さんの性癖山盛り! 大好きです、ありがとうございました。(注:これらの表現は全年齢向けです。本作が15推なのはあくまでデスゲームに関連する暴力表現のためです)
こうした下品な感じの無い可愛くてほんのちょっとえっちな展開好きなんですよね……ちょうど今開催中のDLsite公式ジャンルリクエストキャンペーンで全年齢向けジャンルをリクエストしてしまったくらいには。

というわけで私はこのスチルにハマってしまいました。ここに画像は貼らないのでぜひ皆さんご自身の目で確かめてみてください。



最後に隠しルートの話を少しだけしておきましょう。
2周目以降、特定の選択肢を選んでいくと5日目の展開に変化が現れます。その他のルートとは明らかに一線を画すこの狂気、怖いです。でも実際に自分がこんな生死をかけたゲームに参加させられたらこのような思考になるのも無理はないかもしれません。
そして(ver2.00以降)、隠しルートコンプ後にとあるエンディングが解放されます。作者の警告やエンディングの分類から察することはできますが、ここだけゲームのジャンルが変わったかのような衝撃の展開…とだけ言っておきましょう。このルートに入るのは難しいですが、同梱のヒントを参考にすれば数回の試行錯誤でたどり着くことができるでしょう。

ただ個人的には隠しルートに入る苦労と、その結果繰り広げられるあのシーンの後味の悪さが釣り合ってないんじゃないか、という気がしてしまいます。



というわけで今回は「リバース・ゲーム」でした。
一見破綻していても確かに存在する家族愛、人はどういう時に前を向いて生きていこうという希望を見出すのか、というあたりが気持ちいい作品です。ぜひプレイしてみてください。

それでは。

こんにちは。今回は初めてシェア版を前提にした作品紹介をしたいと思います。
TetraScopeさんの「桜哉」です。

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オススメ!
ジャンル:SF乙女ゲーム
プレイ時間:フルコンプまで5~6時間
分岐:計6エンド
ツール:NScripter
リリース:2013/1
備考:18禁。有償作品(フリー版もあり、15禁)



TetraScopeさんと言えば全年齢対象のフリーゲーム「私のリアルは充実しすぎている」を以前このブログでも扱いました。シナリオもイラストも、音楽についてもハイクオリティで素晴らしい作品でした。その時に、ああこのサークルさんは18禁シェアゲーも出してるんだなと思っていたのですが、今回ついに購入してプレイしてみました。期待度は高かったのですが、実際にプレイしたところそれを優に上回る衝撃を受けたので今回初めて有償作品の紹介をしようと思い立ちました。

特に物語の余韻の強さ、そしてテーマ性という部分で私がこれまでプレイしてきた作品たちの中で5本の指には入ると感じました。気になる方は下の私の文章なんて読まなくていいのですぐに上のリンクから作品ページに飛んでダウンロードしてください。


物語の舞台は現代から数百年後、人型のロボット(アンドロイド)の開発が進み、接客業の多くを代替するなど広く普及しています。主人公の九条茜(名前変更可)は亡き父が開発したアンドロイド、桜哉と2人で生活しています。しかし桜哉は定型的なやり取りしかできず感情も持たない一般的なアンドロイドとは一線を画す存在で、外見や触った感触、会話内容でもアンドロイドとは分からないほどよくできており、人間らしい感情も持ち合わせています。
高校卒業以来数年ぶりに会った幼馴染の上村榛(うえむら・しん)には、ぜひ桜哉の研究がしたいから会社で買い取らせてくれと請われるが、もはや家族同然の存在と感じられる桜哉を物のように売り払ってしまうような話は当然拒否。榛にも、もはや桜哉はアンドロイドを超えた家族、友人として見てくれないかと交渉するが榛の態度も強硬。榛には「桜哉が好きなのか?」と問いかけられる。
幼いころから余りにも当たり前に隣にいた桜哉。彼のことを自分自身でどう思っているのか深く考えるのは避けてきたが、この問題に決着をつけなければならない時が近づいています。桜哉は人間なのか、アンドロイドに過ぎないのか。そして人とアンドロイドは愛し合うことができるのか?。


本作のおよその内容は上の通りです。それでは本作のどこが素晴らしかったのか説明していきましょう。

まずは上にも貼ったタイトル画面の段階でSFの世界観がすごい。CONFIGやEXTRA内のフローチャートなどもスタイリッシュですね。BGMも透明感があって、広大なサイバー空間に解き放たれたような気がします。UIや背景、音楽などの要素で未来感のあふれる世界観を作り出せるのはさすがです。


作品の中身、シナリオに移りましょう。
先述した通り、本作は”人とアンドロイドが愛し合うこと”がテーマとなっています。この重厚なテーマがありながら乙女ゲームとしてのエンターテインメント性はしっかり確保されています。
まずは攻略対象となる桜哉。イケメンかつ可愛らしい。そして茜のことが好きなのが見ていてすごく伝わってきます。本作は物語開始時点で主人公の茜と攻略対象の桜哉は同居しているので、積み上げられた信頼感のようなものが既に存在しているのです。

しかし物語前半におけるこの感情は恋人同士という感じではありません。長く同居しているからそういう雰囲気というよりは家族に近いというのもありますが、この時点では茜も桜哉も「人とアンドロイドが恋愛するものではない」という意識をふんわりと抱えています。はっきりとそう意識しているわけではないというのがミソで、物語中の出来事に影響されて意識させられるようになる、そしてお互いへの認識が変化していくというのが上手いんです。


SFなどの世界観が現代でない物語で登場人物たちが抱く感情は、当然その世界での常識や世情が反映されたものになります。本作においてはこの部分もきちんとプレイヤーに伝わるようになっています。例えば3章、カラーズランドへ桜哉・榛と3人で遊びに行くときです。入場時にアンドロイドへいちゃもんをつける人間の存在、あるいは人間対アンドロイドでの事故発生時の扱い。こういった状況が自然に挟み込まれることで作品世界への理解が深まり、プレイヤーの意識はより主人公に近い形へと向かっていきます。

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アンドロイドに対する愛好派と反対派の抗争が存在するという現実は、茜に嫌でも桜哉がアンドロイドであることを意識させ、物語終盤に至るまで何度も考えていくことになります。人工的に作り出されたことに間違いはない桜哉。しかし一般的なアンドロイドとは一線を画すほど人間らしく、事実茜と榛以外の人にその正体がバレたことはありません。そんな桜哉ともう何年も一緒に暮らしている茜にとっては、ただのアンドロイドとは到底思えないのです。

そしてこの問題をさらに複雑にしているのは春樹という人物の存在でした。茜と榛の幼馴染としてかつて親しくしていた春樹でしたが、幼くして亡くなってしまいます。彼の母親の強い希望で、医学と工学に通じていた茜の父が生み出した存在が桜哉なのでした。
幼いながらも春樹に恋心を抱いていたかつての茜。オリジナルの肉体は死んでしまったけれども意識を引き継いだ存在として現に生きている桜哉。その複雑な状況の前で榛は茜に「桜哉の中に春樹を見ているのか」という問いを投げかけます。茜は今生きている桜哉が好きなんだと即答することができないのでした。


物語が進むと桜哉はアルバイトを始め、徐々に茜・榛以外との関係を築いていくようになります。
事情を知らない人から見れば人間にしか見えない桜哉はそのルックスの良さからたちまち人気を集めていきます。そんな桜哉をみて茜は焦り、そして気付いていくわけです。「あれ、私嫉妬しているのかな。桜哉のことを異性として好きなんだろうか?」と。


そんな嫉妬やすれ違いを乗り越えて迎えた7章。本作の18禁たる所以のシーンがあります。
この描写が本当にえっちなのに上品で上品で…。桜哉が茜をいたわってくれているのが本当に良く分かります。
なんせ前回プレイした18禁が「スレガル」ですからね(方向性が違いすぎて比較できない)。
こんなに愛にあふれて見ているこっちまで幸せになるようなえっちシーンあるんだ~、思っていたのより3倍エロかったなぁ~


などと思いながらメインルートを完走。過去回想も大変気持ちよく感動的な仕掛けになっています。エンディングムービーで桜哉と博士(桜哉を生み出した張本人)の対話が見られる演出も非常に効果的。
「君は人を愛することを知ってしまったから
愛されることを、望みたくもなるだろう」
作中で常に問いかけられていた、人とアンドロイドが愛し合えるかという問題に、こんなに幸せな回答を示してくれました。
たっぷりと幸福な気分に浸りながらおまけシナリオなどを読んでいきます。

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ちなみに最後の選択肢によって結末はEND1とEND2に分岐します。桜哉をより深く理解していた方がよい結末を迎えられる、とても納得感のある分岐です。ぜひ両方読んで、桜哉が何を思っていたのか、自分についてどう考えていたのかを感じ取ってください。


一応本作をプレイして気になる点を書いておくと、アンドロイドが普及している点以外で舞台の未来っぽさが感じにくかったことでしょうか。アンドロイドの普及とそれに伴う社会の変化や世論についてはしっかりと触れられますが、現代から数世紀後の話という割に榛は車を手動で運転していますし、本屋の様子も現代と変わらないように思えます。



…といろいろ書いてきましたが、この時の私は本作の本当の顔に全く気付いていなかったのです!



フローチャートを見れば、本作には6章以降、another routeが存在していることが分かります。それも結構な分量です。メインルートを読んで、榛だけ報われてないな~と思っていた私は、彼が何らかの形で望みを叶える展開はないだろうかという希望を持ちながらこのアナザールートに突入していくことになります。結果的に私の期待は良い方向に裏切られました。



アナザールートに入った私はEND3~5をまず回収。どれも過度にドラマチックでない自然な展開で、プレイしていてスッと受け入れることができました。自分だったらEND4あたりで平穏な結末を迎えている気がするなあと思ったりもしました。この、「言葉には出さないけど確かに存在している信頼感、むしろ明言すると儚く消えてしまいそうなこの関係性」が素晴らしい。私のツボです。


さて、最も入るのが難しかったのはEND6のルートです。このルートでは、榛が思い切ってプロポーズしてきたのを受けることになります。メインルートとは違い榛と繰り広げられる18禁シーン。このころの私はまだ、(ああ、販売サイトにあったサンプルスチルまだ見てないもんな、こっちのルートにあったんだなあ)、などと考える余裕がありました。しかしその後私は衝撃のあまり満足に声も出せなくなってしまいます。

榛との行為中に家に帰ってきてしまった桜哉。3人の間に気まずい空気が流れます。とりあえず榛には帰ってもらいますが、表情を失った桜哉が怖い。衣服もはだけたままの茜。私はこの状態でも辛いなと思っていたんですが、何と桜哉はそのまま茜との行為に及んでしまいます。私は意味をなさない声を上げて驚きます。(なんで?そんな展開あり??桜哉どうしちゃったの???)

しかもこのシーンが長いこと長いこと。体感でメインルートの倍くらいあった気がします。
私はこの衝撃を受け止めきれないまま物語は最終章へ。そこで桜哉から投げかけられるある願い。茜は冗談と笑って返したあの台詞。その意味するところを理解した私は絶句し、涙し、震えることになりました。
正直、私は本作が18禁であることの意味を甘く見ていました。しかし本作で描かれる桜哉の胸中、アンドロイドであるが故の葛藤はそんな生ぬるいものではありませんでした。18禁シーンを通すことでしか表現できないこの切ない結末を私は全く予想していなかったのです。

以後、核心に関わるネタバレがあります。OKな方のみクリックして閲覧してください。

クリックで展開(ネタバレあり) 桜哉はあの瞬間、この世界に絶望してしまったのです。
茜が自分以外の男性と行為をしていたからではありません。茜と榛、人間と人間が行為をすることによって生まれる快感であったり、新たな命であったり。桜哉は茜と行為をしてみて、自分にはその快感を得ることは不可能であり、茜を生物の本能の部分から満足させる能力が存在しないことに気付いて絶望したのです。

私は”人間とアンドロイドが愛し合えるか”が本作のテーマになっていると述べました。他のENDでも十分に表現されていると感じましたが、ここまで深い意味で、ショッキングな結末をもって描かれるものだとは想像もしていませんでした。本当にこのテーマが作品全体で一貫していて大変印象的です。
まさに、18禁だからこそ描けるテーマ性。私がフリーゲームの森というタイトルを掲げながらブログで有償である本作を扱った理由はそこにあります。桜哉との時と榛との時で茜の様子の差異も丁寧に描かれている。先ほど思っていたより3倍エロかったなぁ~とかいう何も考えていない感想を書きましたが、そのシーンは単にえっちなだけでなく、このテーマを語るのに必要不可欠だったわけです。ここが本当に感動するポイントで、私はこういう作品が大好きです。
単純にエロシーンがあるだけの作品もそれはそれでありですが、そのシーンが今後の展開や作品のテーマに必然性を持って絡んでくると作品の奥深さが段違い。名作と評するのに十分な理由です。



1つだけ惜しいと思ったのは「第一原則」などの用語です。作品を通して幾度となく出てくるこの言葉は、ロボット工学三原則の第一条を意味していると思います。「Campus Notes vol.2」などでも登場しましたね。榛に自分を壊してほしいと依頼した桜哉は、自分ではできなかったと語ります。生への執着と作中では説明されますが、散々ロボット工学三原則を引用してきたなら、ここは第三原則に違反するからとしておいたほうがきれいだったのではないでしょうか。


しかしそんなのは些細な問題です。桜哉の悲痛な叫びが聞ける車内でのあのシーンへの入り方が完璧。味わうようにゆっくりプレイしていると、直前で始まったエンディングテーマの歌詞が入るタイミングで桜哉の独白が始まります。

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この「よかったね」にどんな感情が込められていたのかがこれ以上ないくらい雄弁に語られるこのスチルと表情。
「やっぱり、羨ましかったのかもしれない」
「茜のことを、人間の女性の本能の部分まで満たしてあげられる、能力が」

「アンドロイドとしての俺を、愛してもらいたいんだ」

何という重い言葉でしょうか。
初見でプレイしていた時は全くそんな余裕もなく流していたエンディングテーマの歌詞ですが、聞き込んでみると桜哉の心情をそのまま表現していて心を打ちます。
それでもまだ 近づきたい
強まっていく気持ちは
君のものと同じはずなのに
別の、違う色に見え

そして戻ってきたタイトル画面でまた泣かされます。美しすぎる。こんな幸せな未来が…あったのだろうか。

この結末が分かったうえで再度END6のルートをたどってみると、確かにお互いの理解がすれ違っていくような選択を重ねていった結果であることが納得できるんです。後から選択肢と分岐の正当性がこんなに感じられる作品も珍しいと思いました。


ちなみに本作のサウンドトラックは公式サイトから購入者限定で無料でダウンロードできます。
しかもボーカル曲についてはカラオケ版とイラスト付き歌詞カードもついてくるという豪華さ。見逃さないでくださいね。

また、同じところから、本作の5年前を舞台にした「Sweet Present for Shin」もダウンロードできます。
榛に予想外の人気が集まったことから作られたおまけ過去話であるということです。本作を気に入った方はこちらもぜひ!

私はプレイしながら、「バレンタインテロリズム」の及川颯太を笑えないレベルで榛のフラグを折りまくっている茜に笑ってしまいました。榛も恥ずかしくなって赤くなったりしちゃうんだなあ。


以前レビューした同サークルの「私のリアルは充実しすぎている」についてはフリーゲームですので、何と無料でボーカル曲のダウンロードができます。こちらもカラオケ版と歌詞カードつき。
firstcomplex」も購入者限定でサウンドトラックがダウンロードできます。


本当に素晴らしい作品でしたので、ぜひ多くの方にプレイしていただきたいなと思います。まずはフリー版だけでも物語として十分まとまっていますので気軽に手に取ってみてください。
そして気に入った方は、フリー版では決して描けない、18禁だからこその感情の動きとテーマ性を製品版で味わってください。私がなぜここまで熱烈に語ったのか、その理由を分かっていただけると思います。

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