フリーゲームの森

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シリアス

こんにちは。今回は初めてシェア版を前提にした作品紹介をしたいと思います。
TetraScopeさんの「桜哉」です。

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オススメ!
ジャンル:SF乙女ゲーム
プレイ時間:フルコンプまで5~6時間
分岐:計6エンド
ツール:NScripter
リリース:2013/1
備考:18禁。有償作品(フリー版もあり、15禁)



TetraScopeさんと言えば全年齢対象のフリーゲーム「私のリアルは充実しすぎている」を以前このブログでも扱いました。シナリオもイラストも、音楽についてもハイクオリティで素晴らしい作品でした。その時に、ああこのサークルさんは18禁シェアゲーも出してるんだなと思っていたのですが、今回ついに購入してプレイしてみました。期待度は高かったのですが、実際にプレイしたところそれを優に上回る衝撃を受けたので今回初めて有償作品の紹介をしようと思い立ちました。

特に物語の余韻の強さ、そしてテーマ性という部分で私がこれまでプレイしてきた作品たちの中で5本の指には入ると感じました。気になる方は下の私の文章なんて読まなくていいのですぐに上のリンクから作品ページに飛んでダウンロードしてください。


物語の舞台は現代から数百年後、人型のロボット(アンドロイド)の開発が進み、接客業の多くを代替するなど広く普及しています。主人公の九条茜(名前変更可)は亡き父が開発したアンドロイド、桜哉と2人で生活しています。しかし桜哉は定型的なやり取りしかできず感情も持たない一般的なアンドロイドとは一線を画す存在で、外見や触った感触、会話内容でもアンドロイドとは分からないほどよくできており、人間らしい感情も持ち合わせています。
高校卒業以来数年ぶりに会った幼馴染の上村榛(うえむら・しん)には、ぜひ桜哉の研究がしたいから会社で買い取らせてくれと請われるが、もはや家族同然の存在と感じられる桜哉を物のように売り払ってしまうような話は当然拒否。榛にも、もはや桜哉はアンドロイドを超えた家族、友人として見てくれないかと交渉するが榛の態度も強硬。榛には「桜哉が好きなのか?」と問いかけられる。
幼いころから余りにも当たり前に隣にいた桜哉。彼のことを自分自身でどう思っているのか深く考えるのは避けてきたが、この問題に決着をつけなければならない時が近づいています。桜哉は人間なのか、アンドロイドに過ぎないのか。そして人とアンドロイドは愛し合うことができるのか?。


本作のおよその内容は上の通りです。それでは本作のどこが素晴らしかったのか説明していきましょう。

まずは上にも貼ったタイトル画面の段階でSFの世界観がすごい。CONFIGやEXTRA内のフローチャートなどもスタイリッシュですね。BGMも透明感があって、広大なサイバー空間に解き放たれたような気がします。UIや背景、音楽などの要素で未来感のあふれる世界観を作り出せるのはさすがです。


作品の中身、シナリオに移りましょう。
先述した通り、本作は”人とアンドロイドが愛し合うこと”がテーマとなっています。この重厚なテーマがありながら乙女ゲームとしてのエンターテインメント性はしっかり確保されています。
まずは攻略対象となる桜哉。イケメンかつ可愛らしい。そして茜のことが好きなのが見ていてすごく伝わってきます。本作は物語開始時点で主人公の茜と攻略対象の桜哉は同居しているので、積み上げられた信頼感のようなものが既に存在しているのです。

しかし物語前半におけるこの感情は恋人同士という感じではありません。長く同居しているからそういう雰囲気というよりは家族に近いというのもありますが、この時点では茜も桜哉も「人とアンドロイドが恋愛するものではない」という意識をふんわりと抱えています。はっきりとそう意識しているわけではないというのがミソで、物語中の出来事に影響されて意識させられるようになる、そしてお互いへの認識が変化していくというのが上手いんです。


SFなどの世界観が現代でない物語で登場人物たちが抱く感情は、当然その世界での常識や世情が反映されたものになります。本作においてはこの部分もきちんとプレイヤーに伝わるようになっています。例えば3章、カラーズランドへ桜哉・榛と3人で遊びに行くときです。入場時にアンドロイドへいちゃもんをつける人間の存在、あるいは人間対アンドロイドでの事故発生時の扱い。こういった状況が自然に挟み込まれることで作品世界への理解が深まり、プレイヤーの意識はより主人公に近い形へと向かっていきます。

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アンドロイドに対する愛好派と反対派の抗争が存在するという現実は、茜に嫌でも桜哉がアンドロイドであることを意識させ、物語終盤に至るまで何度も考えていくことになります。人工的に作り出されたことに間違いはない桜哉。しかし一般的なアンドロイドとは一線を画すほど人間らしく、事実茜と榛以外の人にその正体がバレたことはありません。そんな桜哉ともう何年も一緒に暮らしている茜にとっては、ただのアンドロイドとは到底思えないのです。

そしてこの問題をさらに複雑にしているのは春樹という人物の存在でした。茜と榛の幼馴染としてかつて親しくしていた春樹でしたが、幼くして亡くなってしまいます。彼の母親の強い希望で、医学と工学に通じていた茜の父が生み出した存在が桜哉なのでした。
幼いながらも春樹に恋心を抱いていたかつての茜。オリジナルの肉体は死んでしまったけれども意識を引き継いだ存在として現に生きている桜哉。その複雑な状況の前で榛は茜に「桜哉の中に春樹を見ているのか」という問いを投げかけます。茜は今生きている桜哉が好きなんだと即答することができないのでした。


物語が進むと桜哉はアルバイトを始め、徐々に茜・榛以外との関係を築いていくようになります。
事情を知らない人から見れば人間にしか見えない桜哉はそのルックスの良さからたちまち人気を集めていきます。そんな桜哉をみて茜は焦り、そして気付いていくわけです。「あれ、私嫉妬しているのかな。桜哉のことを異性として好きなんだろうか?」と。


そんな嫉妬やすれ違いを乗り越えて迎えた7章。本作の18禁たる所以のシーンがあります。
この描写が本当にえっちなのに上品で上品で…。桜哉が茜をいたわってくれているのが本当に良く分かります。
なんせ前回プレイした18禁が「スレガル」ですからね(方向性が違いすぎて比較できない)。
こんなに愛にあふれて見ているこっちまで幸せになるようなえっちシーンあるんだ~、思っていたのより3倍エロかったなぁ~


などと思いながらメインルートを完走。過去回想も大変気持ちよく感動的な仕掛けになっています。エンディングムービーで桜哉と博士(桜哉を生み出した張本人)の対話が見られる演出も非常に効果的。
「君は人を愛することを知ってしまったから
愛されることを、望みたくもなるだろう」
作中で常に問いかけられていた、人とアンドロイドが愛し合えるかという問題に、こんなに幸せな回答を示してくれました。
たっぷりと幸福な気分に浸りながらおまけシナリオなどを読んでいきます。

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ちなみに最後の選択肢によって結末はEND1とEND2に分岐します。桜哉をより深く理解していた方がよい結末を迎えられる、とても納得感のある分岐です。ぜひ両方読んで、桜哉が何を思っていたのか、自分についてどう考えていたのかを感じ取ってください。


一応本作をプレイして気になる点を書いておくと、アンドロイドが普及している点以外で舞台の未来っぽさが感じにくかったことでしょうか。アンドロイドの普及とそれに伴う社会の変化や世論についてはしっかりと触れられますが、現代から数世紀後の話という割に榛は車を手動で運転していますし、本屋の様子も現代と変わらないように思えます。



…といろいろ書いてきましたが、この時の私は本作の本当の顔に全く気付いていなかったのです!



フローチャートを見れば、本作には6章以降、another routeが存在していることが分かります。それも結構な分量です。メインルートを読んで、榛だけ報われてないな~と思っていた私は、彼が何らかの形で望みを叶える展開はないだろうかという希望を持ちながらこのアナザールートに突入していくことになります。結果的に私の期待は良い方向に裏切られました。



アナザールートに入った私はEND3~5をまず回収。どれも過度にドラマチックでない自然な展開で、プレイしていてスッと受け入れることができました。自分だったらEND4あたりで平穏な結末を迎えている気がするなあと思ったりもしました。この、「言葉には出さないけど確かに存在している信頼感、むしろ明言すると儚く消えてしまいそうなこの関係性」が素晴らしい。私のツボです。


さて、最も入るのが難しかったのはEND6のルートです。このルートでは、榛が思い切ってプロポーズしてきたのを受けることになります。メインルートとは違い榛と繰り広げられる18禁シーン。このころの私はまだ、(ああ、販売サイトにあったサンプルスチルまだ見てないもんな、こっちのルートにあったんだなあ)、などと考える余裕がありました。しかしその後私は衝撃のあまり満足に声も出せなくなってしまいます。

榛との行為中に家に帰ってきてしまった桜哉。3人の間に気まずい空気が流れます。とりあえず榛には帰ってもらいますが、表情を失った桜哉が怖い。衣服もはだけたままの茜。私はこの状態でも辛いなと思っていたんですが、何と桜哉はそのまま茜との行為に及んでしまいます。私は意味をなさない声を上げて驚きます。(なんで?そんな展開あり??桜哉どうしちゃったの???)

しかもこのシーンが長いこと長いこと。体感でメインルートの倍くらいあった気がします。
私はこの衝撃を受け止めきれないまま物語は最終章へ。そこで桜哉から投げかけられるある願い。茜は冗談と笑って返したあの台詞。その意味するところを理解した私は絶句し、涙し、震えることになりました。
正直、私は本作が18禁であることの意味を甘く見ていました。しかし本作で描かれる桜哉の胸中、アンドロイドであるが故の葛藤はそんな生ぬるいものではありませんでした。18禁シーンを通すことでしか表現できないこの切ない結末を私は全く予想していなかったのです。

以後、核心に関わるネタバレがあります。OKな方のみクリックして閲覧してください。

クリックで展開(ネタバレあり) 桜哉はあの瞬間、この世界に絶望してしまったのです。
茜が自分以外の男性と行為をしていたからではありません。茜と榛、人間と人間が行為をすることによって生まれる快感であったり、新たな命であったり。桜哉は茜と行為をしてみて、自分にはその快感を得ることは不可能であり、茜を生物の本能の部分から満足させる能力が存在しないことに気付いて絶望したのです。

私は”人間とアンドロイドが愛し合えるか”が本作のテーマになっていると述べました。他のENDでも十分に表現されていると感じましたが、ここまで深い意味で、ショッキングな結末をもって描かれるものだとは想像もしていませんでした。本当にこのテーマが作品全体で一貫していて大変印象的です。
まさに、18禁だからこそ描けるテーマ性。私がフリーゲームの森というタイトルを掲げながらブログで有償である本作を扱った理由はそこにあります。桜哉との時と榛との時で茜の様子の差異も丁寧に描かれている。先ほど思っていたより3倍エロかったなぁ~とかいう何も考えていない感想を書きましたが、そのシーンは単にえっちなだけでなく、このテーマを語るのに必要不可欠だったわけです。ここが本当に感動するポイントで、私はこういう作品が大好きです。
単純にエロシーンがあるだけの作品もそれはそれでありですが、そのシーンが今後の展開や作品のテーマに必然性を持って絡んでくると作品の奥深さが段違い。名作と評するのに十分な理由です。



1つだけ惜しいと思ったのは「第一原則」などの用語です。作品を通して幾度となく出てくるこの言葉は、ロボット工学三原則の第一条を意味していると思います。「Campus Notes vol.2」などでも登場しましたね。榛に自分を壊してほしいと依頼した桜哉は、自分ではできなかったと語ります。生への執着と作中では説明されますが、散々ロボット工学三原則を引用してきたなら、ここは第三原則に違反するからとしておいたほうがきれいだったのではないでしょうか。


しかしそんなのは些細な問題です。桜哉の悲痛な叫びが聞ける車内でのあのシーンへの入り方が完璧。味わうようにゆっくりプレイしていると、直前で始まったエンディングテーマの歌詞が入るタイミングで桜哉の独白が始まります。

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この「よかったね」にどんな感情が込められていたのかがこれ以上ないくらい雄弁に語られるこのスチルと表情。
「やっぱり、羨ましかったのかもしれない」
「茜のことを、人間の女性の本能の部分まで満たしてあげられる、能力が」

「アンドロイドとしての俺を、愛してもらいたいんだ」

何という重い言葉でしょうか。
初見でプレイしていた時は全くそんな余裕もなく流していたエンディングテーマの歌詞ですが、聞き込んでみると桜哉の心情をそのまま表現していて心を打ちます。
それでもまだ 近づきたい
強まっていく気持ちは
君のものと同じはずなのに
別の、違う色に見え

そして戻ってきたタイトル画面でまた泣かされます。美しすぎる。こんな幸せな未来が…あったのだろうか。

この結末が分かったうえで再度END6のルートをたどってみると、確かにお互いの理解がすれ違っていくような選択を重ねていった結果であることが納得できるんです。後から選択肢と分岐の正当性がこんなに感じられる作品も珍しいと思いました。


ちなみに本作のサウンドトラックは公式サイトから購入者限定で無料でダウンロードできます。
しかもボーカル曲についてはカラオケ版とイラスト付き歌詞カードもついてくるという豪華さ。見逃さないでくださいね。

また、同じところから、本作の5年前を舞台にした「Sweet Present for Shin」もダウンロードできます。
榛に予想外の人気が集まったことから作られたおまけ過去話であるということです。本作を気に入った方はこちらもぜひ!

私はプレイしながら、「バレンタインテロリズム」の及川颯太を笑えないレベルで榛のフラグを折りまくっている茜に笑ってしまいました。榛も恥ずかしくなって赤くなったりしちゃうんだなあ。


以前レビューした同サークルの「私のリアルは充実しすぎている」についてはフリーゲームですので、何と無料でボーカル曲のダウンロードができます。こちらもカラオケ版と歌詞カードつき。
firstcomplex」も購入者限定でサウンドトラックがダウンロードできます。


本当に素晴らしい作品でしたので、ぜひ多くの方にプレイしていただきたいなと思います。まずはフリー版だけでも物語として十分まとまっていますので気軽に手に取ってみてください。
そして気に入った方は、フリー版では決して描けない、18禁だからこその感情の動きとテーマ性を製品版で味わってください。私がなぜここまで熱烈に語ったのか、その理由を分かっていただけると思います。

こんにちは。今回のレビューは浦田一香さんの「あなたの命の価値リメイクver2」となります。

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ジャンル:シリアス系ノベルゲーム
プレイ時間:4時間程度
分岐:なし
ツール:ティラノスクリプト
リリース:2021/8
備考:リメイク前のバージョンも公開中


さて、本作についてはレビューを書くのに結構苦労しました。プレイして思うところはいろいろあるけれど、ゲームのレビューとしては関係ないような内容も多く文章をまとめるのも難しいです。決して大衆向けというわけでもない内容。執筆にも相当な期間を要しました。
それでも私はコンシューマーではなくフリーのゲームを好んでプレイしてレビューを書いておきながら、本作をスルーするわけにはいかないだろうと思ったのです。作者の伝えたいことがストレートに表現され、良い作品にしようという意気込みも感じられる。それこそがフリーゲームの魅力の1つでしょう。


本作のストーリーは終始シリアスな内容が続きます。主人公の岩佐勇気は高校2年生。虐待のあった家庭から離れ、妹の由紀とともに児童養護施設”絆の学園”で生活しています。そこには同じように家庭の問題を抱えた子供たちが数十人。彼らが抱える心の傷や経済的な問題、さらには偏見問題などが扱われ、エンターテイメント性のあるゲームというよりはドキュメンタリーを見ているような感じと言っていいでしょう。


あらすじをなぞって説明するのは簡単ですが、それはなんだか本作の趣旨から外れているように私には感じられます。というのも本作については物語として楽しむというところよりも、勇気たちの境遇と成長を見て我々プレイヤーがどう考えるのかということの方がよほど大事に思えるのです。というわけでストーリーの内容にはほぼ触れずに感想を述べる感じで書いていこうと思います。

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こうした話を読んでまず思うのは、ありきたりですが自分は恵まれた環境で生きてきたなということです。勇気は幼いころに両親から虐待を受け、施設で保護されるわけですが、私の場合は優しい両親がいて、寝食に困ることもなく、暴力におびえることもなく育ち、大学にも行かせてもらいました。高校に通いながらも将来のためにアルバイトで貯蓄し、高校の先生に進学を勧められる学力がありながら早い段階での生活の安定を求めて就職を決意した勇気に比べたらほとんど何も考えずに過ごしていたようなものです。
…と、経済的な面が最初に目につきます。しかし、本作をプレイすればそれだけでない虐待の負の影響が見えてきます。それは精神的な悪影響です。

勇気だけでなく、夏美も、佳奈も(2人とも同じ施設で生活する子たちです)、私からしたらなぜそこまでと思えるほどネガティブな言動が見られます。例えば、本作前半のあるシーンで勇気は学校の友人である沙希との関係について沙希の父親から相当に失礼なことを言われます。”虐待を受けてきたような子は親にきちんとしつけられていない。さらに自身も子供へ虐待する可能性が高い”というような内容です。自分自身はあからさまには差別しないというような口ぶりですが、あの発言内容は家庭での問題を抱えた人たちに対する差別以外の何物でもありません。自分は気にしないけど世間の人たちもそうとは限らないよというような言い回しは、自分は汚れ役になりたくないけど文句は言いたいという大人に使われやすい常套句ですよね。
確かに親からの愛情に問題があった場合、自分の子供に虐待する割合がその他の人よりも高いというデータは私も見たことがあります。しかしそれは被虐待児の責任ではありません。勇気のような子供達には思いを寄せる人と一緒に幸せになる権利はないのでしょうか。また、単に確率の話を個人に当てはめるのも不適当です。子供への虐待を100%防ぎたいなら唯一の方法は子供を作らないことでしょう。

……今の私であれば、これくらいの反論はすぐに思い浮かびます。しかしこれができるのは私が幸せな家庭に育ち、親の十分な愛情を受け、自分が生きていること自体に代替の利かない貴重な価値があることを信じて疑わないからです。勇気の場合残念ながらそうではありませんでした。過去の出来事にふたをし、自身のアイデンティティを”幸せな家庭を築く”という目標の達成1点に絞っていた結果、それが(虐待の無かった人に比べて)統計的に難しいと言われただけで強い不安に駆られ、反論の気力も浮かばなかったのでしょう。だからこそ施設での智恵理先生のような人ときちんと信頼を深め、心に穴の開いた部分を埋めていく努力が必要なのでしょう(本人も、支える側もです)。福祉は、”金さえあれば何とかなる”というような問題ではないことが分かります。


本作をプレイしていてその他にもいろいろな悲しい気付きがありました。元や佳奈、夏美など、様々な事情を抱えた人物が登場するのは、こうした気付きを得て欲しいという作者さんの思いなのでしょう。その気合の入り方は、ReadMeに列挙された参考文献の数でもわかります。アカデミックな内容を含む作品などで参考文献が載っているものは他にも見たことがありますが、本作のように列挙というにふさわしい数が並んでいるのは初めて見たと思います。私の卒論の引用文献数より多いのでは?
このように作者のメッセージを受け取れたり一緒に考えたりということができるのは、フリーゲームらしさの1つと言ってよいでしょう。

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虐待問題を扱うにあたって、被虐待児自身が成長して大人になるだけでなく、幸せな家庭を築き上げ立派に子供を産み育て、虐待の連鎖を断ち切ることは作者さんが絶対に描きたかった内容と見えます。その思いを反映するように、勇気の人生の目標が”幸せな家庭を築くこと”だというのは物語冒頭で提示されますし、物語の時間軸も高校在学時から娘の優美が家を出て独り立ちするまでの30年程度とかなり長期スパンです。児童養護施設が舞台なのだから大体2年くらいだろうと思っていたプレイ開始当初の私は浅はかでした。
就職し施設を出た後も力の入ったシーンが続きます。仕事に苦労し、虐待の後遺症に苦しみながらも優美が誕生し、成長していき、結婚するまで。優美の成長がほほえましいのはもちろん、勇気と夏美の成長を確認できるシーンでもあるでしょう。施設に来たばかりの時のように周囲におびえ、自分の生きる価値を見出せず、自分の居場所も分からなかった勇気はもういません。立派に社会人となり、親となり、着実に目標達成への道を歩んでいきます。優美が両親の過去を受け入れ、感謝を述べるあたりなんかはかなり感動的です。
いやあ、こういう作品をプレイすると、下手に恋愛ものとかを読むよりよっぽど結婚したくなりますね。



さて、ゲームとしてみたときに気になった点も2点だけ触れましょう。
1つは脇役のエピソードの挟み方です。本作においてメインになるのは勇気と夏美が虐待の経験を乗り越える話です。しかし序盤のうちは夏美の抱える問題がはっきり提示されません。何となくクラスになじめていなそうだなという描写があって、何とかしたいなとは思うものの具体的な行動がないまま佳奈や沙希など別の人物の問題を解決していく章に入っていきます。なので私は前半の間は夏美が重要な人物であることに気付かなかったのです。ここがちょっともったいない気がしました。物語開始後真っ先に夏美の状況が語られて、勇気も何とか力になってあげたいと決意する(具体的な行動ができるかは別にして)描写とかがあると、物語の1本の軸が最初から分かりやすくなるんじゃないでしょうか。
夏美以外の抱える問題についてのシーン自体はとても良いと思います。おそらく様々な事情を抱えた人がいるというのは作者さんの伝えたい内容の1つでもあるでしょう。特に沙希に関しての、1回勇気との衝突があって、後に「沙希さんの夢がより具体的になっている。」と表現されるあたりがよい。物語内の出来事を受けて沙希も成長したことが伝わり、物語に厚みが出たような気がします。佳奈やリリィなどについてはいったん解決したらもうその話には触れずにそのまま、という感じだったので、後の章で過去の出来事を受けて変わっていった部分などが語られたらよりよかったんじゃないでしょうか。

もう1点は、作品内のメリハリについてです。本作では勇気たちが生活していく様々なシーンが登場します。学校に行ったり、アルバイトしたり、買い物をしたり、施設に戻って話し合ったり。しかしそれぞれのシーンにテンションの差がなく、どこが大事なところなのかわかりにくかったように思いました。移動の間のシーンなどもかなり短いものも別で切り分けられているので、思い切って短い部分は削ったり前後のシーンにくっつけたりすると場面転換が少なくなってすっきりする気がします。また、逆にためるところはもっともったいぶっていいと思います。例えば、物語終盤、「僕は時間が止まったかのような錯覚に陥った。」とまで言われるシーンがありますが、ここは文字通りもっと引き延ばして印象に残るようにしていいんじゃないでしょうか。そのままさらっと流れて夜になってしまうのはちょっともったいない気がします。スチルがあるシーンなども同様に、ここが重要なシーンなんだ! という主張を尺的にも入れていいと思います。
これは登場人物の扱いについても同じです。上で夏美との話がメインなのが分かりにくかったと書きましたが、これも理由の一つだと思います。会話シーンだったり心情描写のだったりの際に全員が同じくらいの頻度で出てきて中心となる人物がいないのです。それにしては登場人物が多いため、常に頭の中に多くのキャラクターを思い浮かべていなければならず読んでいて少し疲れます。会話シーンで頻出させるのは夏美の性格上違うとしても、勇気の心情描写ではもっと夏美のことを気にかけていることを物語序盤から主張してよかったんじゃないでしょうか。中盤以降は物語の軸が勇気と夏美であることがはっきりし、大変読みやすくなったように思います。



と細々書いてきましたが、多くの人に本作をプレイしてもらいたいのは変わりませんので、ぜひダウンロードして、いろいろと感じ取ってください。

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