フリーゲームの森

フリーゲームのレビューブログです。 ノベルゲーム・アドベンチャーゲームを中心にお勧めの作品を紹介します。
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ループ

こんにちは。今回はりっとさんの「スノードームは夢を見るか?」のレビューです。

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ジャンル:ファンタジーノベルゲーム
プレイ時間:2時間
分岐:なし
ツール:Live Maker
リリース:2015/3


本作は実は同作者の前作「snow date」の続編となっているので、前作を先にプレイするのが推奨されています。「snow date」は10分から15分程度の短い作品なので手軽に読めるでしょう。

「snow date」では、「この世界はスノードームの中なのよ」という印象的だけれども単体で意味の分からない台詞が出てきます。本作は同じ世界観の中で、この台詞がどういう意味だったのかが次第に明らかとなっていくお話と言えるでしょう。


さて、本作の主人公の少女は非常に癖の強い人物です。ある雪の日、町でこれまた素直じゃなくてややこしい男の子とぶつかり転んでしまいます。お互いに罵り合ってその日は別れた2人でしたが、翌日同じところでまた顔を合わせることに。気まずい沈黙かと思いきやまたも口げんかが始まるのでした。
お互いにうっとおしいと思いながらも先に立ち去るのはなんか負けた気がして意地でもどかない2人。何時間経っても雪が降り積もっても寒さに耐えながら絶対に動かない2人、もはやツンデレとかいう域を超えてバカというか仲良しというかなんというか…

物語の序盤はこんな感じで素直とは正反対の2人がお互いをバカにしたりいたずらしたりしながらも、次第になくてはならない存在へと変化していく様子がじっくりと描かれます。不本意そうにしながらもお礼を言うことを覚えたシーンなんかは偉いね~とほめてあげたくなります。ラブコメのような状態で見ていて楽しいのですが、これは本作の導入部分にすぎません。

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クリスマスの前の日、どうせ一人ぼっちで寂しいんだろなどといつものように突っかかっていく二人。話し相手くらいにならなってやらないこともない、と何とも遠回しに明日も会う約束をします。
そんな翌日、女の子はいつものようにベンチで待っているのですが、男の子はいつになっても現れません。その日は妙な胸騒ぎがするまま帰宅することにしますがやはり不安。翌日、森の方で見たという目撃証言をもとに探しに行くことにします。しかし結局見つけることは叶わず、彼の家に帰った痕跡もなく、完全に行方不明となってしまうのです。

失意の中帰宅した女の子のもとへ、突然「願いを叶えてやってもいいんだぜ」などと言う怪しい男が現れます。怪しいとは思いつつも藁にも縋る思いで彼を返して欲しいと望んだ少女は、クリスマスの2日前、彼と喋っているところに戻ってきます。そう、本作はループものであったことがここで明らかになるのです。



ループものに慣れた皆さんなら大体予想がつくでしょう。何度ループを繰り返そうと、簡単に彼を救うことはできません。森へ行かないよう忠告したり、見張ったりもしますがことごとく失敗してしまいます。そんな彼女がたどり着く真相とは一体どんなものなのでしょうか。


ループという形式をとる作品は他にも多くあります。当然ながら同じ時間を何度も繰り返すことになるため、中にはその繰り返しの描写が単調でダレてきてしまう作品もあるのですが、本作は本筋に必須な描写だけに絞ってテンポよく進んでいくのが長所の1つかなと感じました。

2周目の段階では森へ行くなと忠告し、それ以外はいつものように彼とじゃれ合っていたところまで書かれていますが、再度救出に失敗して以降はもう各周回ごとの様子が細かく出てくることはありません。その分女の子の頭の中には彼を救出することだけしかない様子がプレイヤーにも伝わってくるのです。

その後もメインのストーリーに絡んでくるシーンだけが細かく描写されるので本筋が掴みやすく、また途中で飽きたりすることなく読み進められるのです。
本質でない部分が省かれている分密度が高く、プレイ時間のわりに大作をプレイした気分にもなれます。


そんな感じで結構な分量のある作品なのですが、この間ずっと登場人物に名前がないのはさすがに寂しいなと感じました。レビューでも男の子とか女の子としか書けませんし、作内でも常にお互いのことを「あいつ」「おまえ」のように呼んでいます。15分の短編とかならそれでも十分かもしれませんが、2時間ほどそのままだと名前がないのがかわいそうな気もします。あとはたまにどっちのセリフか分かりにくくて一瞬考えないといけなかったりといった場面も出てきます。

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さて、本作をプレイしていいと感じたところの1つとして、優しい雰囲気を挙げておきましょう。
先述したようにこの物語に出てくる人物はきつい性格をしているわけですが、そんな2人の交流からこんなに優しいというか微笑ましい空気感になるとは驚きでした。表面上の冷たい態度だけでなく、内心の友情や良心みたいなところがしっかりと描写されているおかげだと思います。子供って変なところで意地を張ることがあるよね~、と温かく見守りながらプレイしていくことができます。ツンデレ系の恋愛ものなどとはここが決定的に読み心地が異なるかなと感じました。

また、世界観もそれに合わせて優しく、程よくファンタジックに作られています。私は以前、同じ作者さんの作品で「わたしの愛する、壊れたせかい」や「空っぽたまごは泥を見る」などをプレイしているのですが、本作もこれらに近い雰囲気で進行します。本作には悪役っぽい人物(?)も登場するわけですが、それ以外の町の人なんかは皆優しく良識のある大人たちといった感じで安心して読み進められますね。童話風の世界観とスノードームというアイテムの相性もばっちりだと思います。


逆に少し気になる点は、結局この世界で2人がどうなるのか、謎の男の正体は何なのか、といったところにはっきりした答えが与えられないまま終わってしまうところでしょうか。意味深なセリフによってプレイヤーの興味を引いたり、「男の言う対価とは何だろう」みたいな疑問を引っ張って物語の推進力にしたりといったあたりは上手いなあと感じるのですが、最終的に疑問の解消に向かわない印象を受けました。
私はどちらかというと「プレイヤーの想像にお任せします」タイプの作品よりははっきりした結論が提示されるものの方が好きなんですよね。

ついでにもう一つ、序盤の特定のBGMがひどい音割れを起こしているのはさすがに気になりました。テストプレイしたら気付かないはずはないだろうというレベルだったのでもしかしたら私の環境の問題なんでしょうか?
選曲などの意味では雰囲気に合っているなと思ったので少しもったいなく感じました。

ちなみに本作には立ち絵はありません。しかし大変想像力をかき立ててくれる文章ですので寂しさを感じたりすることもなく、物語に合っているように思います。


こんなところでしょうか。強情ツンデレ少年少女が心を開いていくさまを見たければ本作以上の適任はいないと思います。おまけで男の子視点の方も読める仕掛けも良いですよ! ぜひプレイしてください。

それでは。

こんにちは。今回はパルソニックさんの「決戦前のヒトリ~主人公以外全員『カップル』がいるアドベンチャー~」のレビューをお送りします。

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ジャンル:ラブコメ推理パズル?
プレイ時間:私の初見プレイでTRUE ENDまで1時間半
分岐:エンディング2種
ツール:RPGツクール
リリース:2022/9


さて、本作の作者であるパルソニックさんと言えば、有名作「かわいいは壊せる」でお馴染みです。(私もそのうちプレイしなきゃな~と思っていつつ実はまだプレイしていないのです)
ある日ふりーむをいろいろと探索しているとき、たまたま本作が目に入りました。論理パズルは割と好き(得意分野でもある)ので興味を惹かれ、作者名を見ると見覚えのある方だったのでびっくり。早速ダウンロードしてプレイしてみたところ、バカゲーに見えてかなりよく練られた作品だったので今回ご紹介しようと思います。



いつものように本作の大まかな内容を最初にお話ししましょう。

主人公であるヒトリは最強の勇者。姫であるヒロを救うための冒険を続け、ついに魔王との対決に挑みます。ところが最強であるヒトリの力もわずかに及ばず、捨て身の攻撃でも魔王をしとめるには至らずに負けてしまいます。
そんなときに突然現れたのは神を名乗る人物。”世界の真実”を解き明かせばヒトリを生き返らせてくれると言います。当然その条件をのんだヒトリでしたが、要求されていたことはなんと、この世界において誰と誰がカップルであるかを全て突き止めることだったのです。
誰と誰が付き合っているのか、怪しいところを調べて証拠をつかみ、世界の真実を見つけ出せるのか、ヒトリの第2の冒険が始まる……

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というわけで本作は推理ゲームとなっています。
魔王との決戦前夜、パーティーを組む仲間たちや村に住む人々の家を探っていく勇者のヒトリ。勇者というよりは泥棒みたいです(普通のRPGでも割とよくある光景ですが…)。そして翌朝には村人たちも起きて活気のある村を再度探索、会話などからヒントを探っていきます。一見ラブラブに見える2人が本当にカップルであるのか、あの家に住んでいるのは誰なのか、誓いのアイテムを持っているのは誰なのか……、いろいろ考えることがあってこの推理部分が良くできている作品だと思いました。

特に、本作においては魔王戦後の答え合わせで間違えると再度神に決戦前夜まで戻されるループシステムを採用しています。このシステムがなければ解けないような謎が仕掛けられているのが上手いなと思ったポイントでした。翌朝手に入るはずの情報をもって夜のうちに行動を起こすとどうなるのか、夜と朝で会話内容の整合性をとるにはどういった前提が必要なのかなど考えながら進めていきましょう。
RPGツクールのシステムもうまく生かしていて良いですね。

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という感じで、推理部分がなかなか難しめに作られています。ミスリードを誘う展開もあったりして、1度や2度では正解にたどり着けないでしょう。(私は5答目で正解しました)

しかしこのあたりの推理の苦手な方でも安心な要素として、神からのヒントがあります。2度目以降誤答するごとに1つヒントがもらえます。そのまま答えがもらえるわけではありませんが、ヒントの通りに行動してみれば決定的な場面に立ち会うことができるでしょう。



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さて、本作のゲーム部分は今まで書いてきたように結構真面目に作られており、解きごたえがあるのですが、全体的な雰囲気を見るとかなりふざけています。神様の俗っぽい言葉遣いだったり、自分一人だけ相手のいないヒトリが嫉妬に狂ったり、分かりやすすぎるすれ違いカップルだったりには苦笑させられたりも。ループものにおいて主人公が過去の周回の経験をもとに現在の状況についてツッコむというパターンは多いですが、それがこんなに笑える作品は珍しいと思います。

さらになんとおしがまイベントあり(特にそれがメインとかじゃないです)。こんなクレジット表記初めて見ましたよ…(笑)
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ちょっと気になる点について。内容というか宣伝文句についてなんですが、「論理パズル」というのとはちょっと違うかなと思いました。私が最初に見たときはそのように紹介されていて、論理パズルだったら得意分野だなと思って手を出したのですが、本作はサスペンス・探偵もの寄りなので期待していたものとちょっと違いました。論理パズルというと、Dominion's Restさんの「魔女っこと封印の石版」ですとか、にほへさんの「ミミックロジック」などを思い浮かべます。こうしたゴリゴリのパズルとは違った作品でしたが、別の意味での面白さは十分にあったので結果オーライです。

あと、解答画面の操作方法がやや直感的じゃないかなと感じました。男性キャラの位置はデフォルトのまま変更できず、女性キャラの位置だけ変更できるようです。つまり画面上で右半分だけしか操作できないのです。慣れるまで全然思い通りに動いてくれませんでした。

そういえば、本作でいう”カップル”は男女の組み合わせのみです。同性の組み合わせがあったら難易度が爆上がりしていたと思うので助かりました。
ゲーム内でいう”カップル”の定義もしっかり提示されるのでそこに悩むことはありません。ゲームとして楽しみやすくなっていると思います。



本作のエンディングは2種類あります。
1周目はTRUE ENDは無理なので普通に頑張ってエンディングまで行きましょう。クリアデータを使えばTRUE END回収は難なくできるはずです。ある真実が明らかになるTRUE ENDでは、ヒトリの最後の行動が180度変わります。ヒトリの苦労が報われるのか、ぜひいろいろ試して頑張ってみてくださいね。
どちらのエンディングでもラブコメの王道的な展開で楽しい気分で終えられる後味の良い作品となっています。

それでは。

こんにちは。今回は時雨屋さんの「黄昏が落ちてくる街に」のレビューとなります。

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ジャンル:ループ系短編RPG
プレイ時間:エンディングまで4時間/1周10分~
分岐:なし
ツール:RPGツクール
リリース:2022/10



以前紹介した「1000文字勇者」と同じ作者さんの作品ですが、ほぼコメディだったあの作品とは違ってシリアス系のシナリオとなっています。


本作の開始時点では設定はほとんど明かされず、プレイヤーは何もわからないまま主人公の”天使サマ”を操作していくことになります。
片腕と片方の羽を失っていることは冒頭で分かりますが、それ以上のことは街を調べながら察していくしかありません。どうやら自分が目覚めることはもうないと思われていたらしい、この世界の文字の読み方を忘れてしまったらしい……など。

街を探索しているうちに、本作には時刻という概念があることに気付くでしょう。物語開始時点で朝の7時。時間は常に経過し続け、1時間ごとに時刻を示す時計のイラストが表示されます。リアルタイムで時間が過ぎるのはRPGには珍しい仕掛けかなと思います。

単純に数字が動いていくだけでなく、時間の経過に応じて天気が変わったり、夕方になったら西日が差してきたり、このような部分まできれいに演出されていてとてもいいなと感じました。マップがきれいなんですよね。時間になったらパッと切り替わるのではなく、フェードがかかるように自然に変化していくこの作り込みは本作の魅力の1つと言ってよいでしょう。

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ちなみに町での最初のBGMがRamineさんの「southern cross」で個人的に好きな曲だったのでその点でも良かったです。タイトル画面は同じくRamineさんの「45度だけ開けた世界」ですね。


さて、黄昏が落ちてきた午後7時、町の様子は一変します。町はどこもかしこも大炎上。さらには大量の悪魔が押し寄せ、天使サマは無惨にも死んでしまいます。そこで本作のループが発動します。2周目も同じように朝7時から開始しますが、この周回からは街の人を連れて町の外に出ることができるようになります。目的地は4つの聖堂。戦闘も含まれ、RPGらしくなってきます。

本作の戦闘部分はノンフィールドRPGの要領で各聖堂ごとにザコ敵と6戦、その後にボス戦があります。ボスを倒したら一緒に討伐を行った人物からスキルを教わることができます。このスキルが非常に重要です。中にはエンディング到達に事実上必須なものもあるくらいです。
仲間とともにボスを倒すことでスキルを習得できるというのは、本作の戦闘部分を面白くしているポイントだと思うのでぜひいろいろな仲間を連れて冒険してみてください。

主人公と一緒に戦ってくれるメンバーは街の中から毎回一人選べますが、この世界はループしているため彼らのレベルは次の周回時には戻ってしまいます。しかし主人公のレベルと覚えたスキルは引き継がれます。初期状態ではラスボスはおろか最初の中ボスに立ち向かうのも困難なので、どんどんループを繰り返してスキルを覚えていきましょう。
単純にクリアするだけでは物足りない場合、ループ回数を最小化する縛りプレイなんていう遊び方も可能かなと思いました。

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さて、町を探索したり中ボスを倒したりしていくと”記憶のカケラ”という特殊なアイテムが手に入ることがあります。これを使用すると、主人公の隠された記憶を思い出していき、ストーリーを進めることができます。さらに最大MPが上昇するので、手に入れたら即使いましょう。ストーリーはのちに自宅から鑑賞しなおすこともできます。
天使が人間を守ってきた歴史やそれに対する天使の認識、そして悪魔との闘いといった内容ですが、この内容がRPGの戦闘部分、特にラスボス戦に生きていてすごく良かったです。


最後に攻略ヒント的なものを少々。

  • 初期状態では文字は全く読めないので張り紙や図書館を調べるのは全くの無駄足。学校で3回授業に出ると読めるようになる。その状態で図書館の魔法書を調べるとスキルを習得できる(時間はかかる)
  • 街にいる人はそれぞれ強さが全く違う。セントクレア、ムラサキあたりはだいぶ強い。
  • 装備品は購入できない。強い装備を持つ人をいったん仲間にして装備を外し、その後本命の仲間を誘って装備しなおすことができる。お勧めはムラサキ(着物)、ホウセンカ(クナイ)など
  • 習得をお勧めするスキルを教えてくれる人
    • 実質必須級なスキル
      • ミッドナイト(聖堂内)…各ボス戦の位置まで瞬間移動できる
      • クラリッサ(病院内)…毒を無効化する
      • テンプル(宿屋内)…1ターンのみ全ての攻撃を無効化できる
      • ネレス(図書館内)…自動回復の強化
      • モリアン(聖堂のそば)…戦闘不能回復
    • ボス戦に有利なスキル
      • セントクレア(門番)…ボス戦時などに攻撃力が上昇する
      • クリス(墓場内)…強力なデバフスキル
      • リッツ(床屋内)…強力なバフスキル
      • シャルル(噴水の隣)…状態異常耐性
    • ザコ戦で有利なスキル
      • マルタ(墓場の北)…戦闘開始前に1撃できる
      • アオギリ(薬屋内)…全体攻撃スキル
シナリオとシステムに一貫性があって効果を上げている作品だと思いますので、気になった方はぜひプレイしてみてください。 それでは。

こんにちは。今回は★Blue Cometさんの「クロノスの箱庭」のご紹介です。

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ジャンル:ループ系学園ものノベルゲーム
プレイ時間:1時間/すべてのルートを読むと1時間半くらい
分岐:細かな分岐は多数。エンディングは2つ
ツール:NScripter
リリース:2022/2


今回もなかなか面白い作品を見つけました。いつも通り、本作のあらすじを最初にご紹介します。

猪苗代朝日は石郷岡高校の1年生で生徒会の会計担当。友人の小暮日奈太や生徒会の先輩たちと楽しく過ごしていたが、生徒総会を間近に控えた10月18日、日奈太が校舎から転落して死んでしまう事故に遭遇する。ショックを受ける朝日だが、翌日起きたらなんと事故の日が繰り返していた! どうにかして日奈太を生き残らせようとする朝日。何か知っている風な生徒会の会長。彼らが笑って10月19日を迎えることはできるのか…

といったところでしょう。というわけで今回はループものです。かなり久々に出会った気がします。
この手の作品では、ループという通常あり得ない現象がテーマになっているので、当然ながらその理由や解決方法に焦点が当たります。詳細は後述しますが、本作はこの点でもよくできていたように感じました。

さて、朝日はある夜日奈太が死んでいるのを目撃する嫌な夢を見るシーンが冒頭にあるのですが、本作はその暗さを感じさせないような明るさやスピード感といったものにあふれています。これを可能にしているのは、日奈太のあまりにも一直線で友達想いな性格付けが第一でしょう。朝日は石郷岡には高校から入学していますが、幼稚舎から存在し多くの児童・生徒がエスカレーター式に進学する石郷岡では、先輩・後輩の垣根を感じさせないほど生徒同士の距離感が近いのです。逆に朝日にしてみれば、いつもくっついてきたり、生徒会長を"お花ちゃん"とあだ名で呼ぶ日奈太の言動を馴れ馴れしくて不遜と感じたりするわけです。このような、ちょっとクールな主人公とべったりくっついてくる頭が弱い系(?)の友人という組み合わせはよく見ますが、それに至った背景などに筋が通っていて本作はよいですね。ちなみに日奈太は一見バカっぽいですが、勉強はできるようでとくに理系科目が得意のようですね。この辺はおまけショートストーリーでも楽しめるのでぜひ読んでみてください。

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もう一つ、優れた演出という面も見逃せません。本作はNScripterを使った作品です。NScripterと言えばシンプルに必要最低限のシステムを備えたソフトという印象が大きいですが、本作はかなり演出に力が入っています。立ち絵が左右にも上下にもよく動いたり、ロード時の画面が設定されていたり、雨が降っているシーンの背景がアニメーションしていたり、人物の初登場時にカットインが入って自然に紹介していたり、といった工夫によって、とても読みやすく物語にも入り込みやすくなっているように感じます。重要なのは、この演出がやりすぎているのではなく、動作が重くならず、またしつこくならない範囲でしっかり要所で効いているというところです。日奈太が朝日を引っ張って連れていくシーンで立ち絵もビューンと引っ張られているのを見ると、文章とイラストの両面からそのシーンが頭に入ってくるのですらすらと読み進めやすいのです。


そして重要なシナリオです。本作ではループに至ってしまう条件は日奈太の死亡です。ショッキングな出来事であり、それによって普段は感情をあまり表に出さないタイプの朝日が動揺したり、様々な対策を尽くしても死んでしまうことにあきらめモードになったり、でも先輩や日奈太本人との交流から何とか解決の糸口を見つけようとするのがよくできていたように思います。ややネタバレになりますが、本作のループには、生徒会の"呪い"が関わっています。代々続いてきたこの呪いについて、先輩方が朝日たちよりも情報を持っているというのは自然ですし、過去の事例も明らかになっていくにつれ、徐々に呪いの核心に迫っていく感覚が得られました。多くの登場人物がいる本作ですが、その各人が呪い解決に向けた役割を果たし、朝日と日奈太を救おうとするのは見ていて気持ちよくさえあります。

ところで、この登場人物が多いという点は同時に気になった点でもあります。物語冒頭で朝日と日奈太の2人、その後すぐに会長の緒花、副会長のはじめと計4人が登場。通常なら一度に出てくるのはこのくらいの人数までかなと思いますが、本作ではさらにその後また立て続けに生徒会メンバー5人が登場。流石にこの人数になると覚えられません。例えば、サッカー部と野球部があって…みたいに大まかに属性を分けられると覚えやすいのかなという気はしますが、本作では全員生徒会所属。生徒会の会議ということで大人数が集まるというのは分かるのですが、ここでちょっとついていけないなあと感じてしまいました。
とはいえおそらく作者さんも気にしたのか、人物初登場時には名前、立ち絵、役職や学年の記載のあるカットインが入ります。この演出も軽快で大変気持ちよく、覚えやすくするための工夫だなあとは思いましたが、それでも開始5分以内に9人も登場するのは無茶と感じました。本作のテンポの良さもこの点については災いしているでしょう。

最終的に立ち絵のあるメインの人物は12人にも及びます。これは1時間程度の短編ということをのぞいて考えてもかなり多い部類に入るでしょう。この人数それぞれに活躍の場を与えるのは相当大変だと思うのですが、本作はそれをやり遂げているのも評価したいです。エンディングは2種類ですが、途中の選択肢は多数ある本作、選択次第で同じ結果に向かってはいるが呪いへのアプローチが変わったり、話を聞いてくれる先輩が変わったりなど、周回プレイを楽しみながらキャラクターの魅力に気付いていくことができるでしょう。スキップも軽快でUIもきれいなので、ぜひ全部のルートを巡ってみてください。
学年ごとのつながり、生徒会内の役職での繋がり、石郷岡に入った時期などがだんだん把握できてくると、彼らの個性が感じられて素晴らしいなと感じてきます。エンディング到達後に見ることができるおまけシナリオでは各キャラクターにフォーカスしたコメディ調のショートストーリーが見られます。相当に作りこまれていますよ。私は由香と安純の話が好きです。
ちなみにおまけのキャラクター紹介では、立ち絵をクリックすると短い台詞が出てきます。人物ごとに3種類あるようなのでいろいろクリックしてみるといいでしょう。

細かいですがもう一つ気になったのは、いわゆる心の声が区別しづらいという点です。
本作は地の文がなく、すべてが台詞か心の声で進行します。声に出した時とそうでないときでは一応吹き出しの角が丸くなったりといった違いはあるのですが、台詞にかぎかっこがついているわけではないのでちょっとわかりにくい。このせいで、緒花に心の声を読まれた!みたいな表現が分かりにくい(というかその後で今のは声に出してなかったんだと気づくことも何度も…)という状態です。吹き出しの背景色を暗めにするとかの方が分かりやすいかな。


というわけで今回は「クロノスの箱庭」でした。1時間程度で密度の高い満足感が得られると思いますよ。

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