フリーゲームの森

フリーゲームのレビューブログです。 ノベルゲーム・アドベンチャーゲームを中心にお勧めの作品を紹介します。
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恋愛

こんにちは。今回は妹れっぐぅおーまーさんの「Be alive ~What is your precious~」のレビューをしていこうと思います。
私は好きですが、本作はかなり人を選ぶ作品であることは間違いないので、注意書きなどをよく読んだうえで納得された方のみプレイしてください。

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★favo
ジャンル:王道学園ものエロゲ
プレイ時間:1ルート2~3時間。フルコンプまで5~6時間程度
分岐:攻略対象3人。計8エンド
ツール:NScripter
リリース:2006/12
備考:18禁。特定ルートで凌辱シーンあり。見たくない場合回避パッチを当てる事(後述)


さて、2年半ほど前にこのブログを開設し、週一弱のペースでレビューを書き続けてきましたが、今回で記念すべき100本目となります(コラム等があるため総記事数は128本となっています)。何か思い入れのある作品を取り上げたいなと思って考えていたのですが、私が初めてやり込んだフリーゲーム(カサハラン.COMさんの「漢字迷路三国志」です)はFlash製で既にプレイできなくなっていますし、ノベルゲームとの出会いのきっかけとなったむきりょくかん。さんの「ほしのの。」については過去に取り上げました。他に私に大きな影響を与えた作品と言えば、私が将棋を始めるきっかけとなったペットボトルココアさんの「夏ゆめ彼方」がありますがこれも以前にレビューしています。
色々考えた結果、今回は私が初めてプレイしたアダルトゲームであって大変印象に残っている本作を取り上げることにしました。というわけで1月にTetraScopeさんの「桜哉」の記事を書いた時以来の18禁作品となります。通常のレビューに比べて私の思い出話みたいなものも長くなるかもしれません。


本作は2006年のコミケが初出とかなり古く、現在公式ページのダウンロードリンクはミラーを含めすべて無効になっているため今からの入手はちょっと大変かもしれません。一応Wayback Machineでアーカイブをたどれば今でもダウンロードできることは確認しています。公開当時はエロゲと饗はおろかBOOTH(pixiv)すらなかったので配布場所は相当限られていたはずで、しょうがない面もあるとは思いますが昔の作品がプレイできなくなってしまうのは寂しいですね。


さて、では本作のあらすじ紹介に参りましょう。
主人公の藤原伸一は高校2年生。両親が海外出張中(お約束)のため、同じ高校に通う1年生の妹、千佳と一緒に家事を切り盛りして生活しています。学校では幼馴染の坂野恵理、悪友の北沢明と一緒になんだかんだ上手くやっています。最近では委員長キャラの榊原奏とも親しくなって、5人で楽しく高校生活を送っていました。期末試験のために勉強を教えてもらったり、試験終わりにゲームセンターで遊んだり。しかし時期はもう高校2年生の冬。受験勉強や卒業後のことを考えるとみんなで遊んでいられる時間もそれほど長くはありません。彼女らとの関係を一歩進めることはできるのでしょうか…。


と、こんな感じで基本的な設定を説明すると非常にオーソドックスな内容になっていると思います。
しかしこれまで文字通り健全なゲームしかプレイしていなかった私には、これがエロゲのノリなのか! と思った個所がいくつかありました。(もちろん、エロゲは全部そうだというわけではないのは今は知っているわけですが)

まず画面がピンク色!
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タイトル画面の色味もそうですし、この学校の制服はなぜか男女問わずピンク色のようで、立ち絵やスチルが自然とその色になっていきます。別に肌の露出が多かったりするわけではないのですが、なんか独特だなと思ってました。


そしてなぜか同性の悪友キャラ(明)がキモい。コイツ、何なんだ? というか公式サイトの攻略ページの中で作者にネタにされてるし…
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また、何でもないシーンでのサービスカット(?)が多い。最初の学食でのシーンからモブの女の子が普通にパンチラしているなど、そういった要素のあるスチルが多めです。

正直に言うとプレイしていた時には、これらの要素は良く分からないな、こういうノリなのかなと思って流していました。別にえっちなゲームじゃなくていいかと感じていたのです。しかし最後までプレイしてみると、私に強烈な印象と感動を残していったすごい作品だったのでした。それに関しては後述します。



さて、複数ヒロインである本作は当然、共通ルートと個別ルートに分かれています。クリスマス前までが共通ルート、それ以降が個別ルートとなっていますが、本作の特徴として共通ルートの比重が重めということが言えるでしょう。分岐直前まで5人で集まって遊んでいたりするので、複数ヒロインものでありがちな「後半で他のヒロインの存在感がなくなる」ような流れになりません。ヒロイン同士の掛け合いも描かれるなど、ただの賑やかし要員になっておらず丁寧に作られているんだなと感じられます。
個別ルートに入ってからも、きちんと友人同士の付き合いであった今までの関係性を踏まえた展開になっており好感を持てます。各ルートで恋人エンドと友人エンドにさらに分岐するわけですが、これはどちらに行っても言えるでしょう。

逆に言うと、恋愛ものとして見たときのどきどき感みたいなものはやや物足りないと感じるかもしれません。共通ルートの間の単なる友人としての関係が長く、その間は異性としての意識などは描かれないため終盤で突然恋愛ものになってしまう印象はぬぐえません。
その面で一番良くできていたと感じたのが委員長キャラである榊原ルートでした。幼馴染である恵理や妹である千佳とは違って、榊原だけはゲーム開始時点ではほとんどしゃべったことのない相手です。その状態から、何となく相手のことが気になるとか、少しずつ態度が軟化していくとかいった変化がほかのルートよりも濃く描かれていたように思います。このルートだけヒロイン視点が描かれているのも私の好みに合致するようでした。ご両親が良い人で良かったですね。
そしてルートの最後で18禁シーンがあります。初めて読んだ私は、なるほどそんなもんか(良く分からん)なんて思っていました。

千佳ルートについてはどちらのエンディングに行っても微笑ましい内容となっており、実の兄弟での近親相姦的な展開はありません。途中何回も伸一のことをシスコン扱いしたネタがありますが、このルートを読むとむしろ千佳の方が重度のブラコンでは? なんて思ったりします。

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ここまででも「良くできた作品」であると思いますが、これだけだとおそらく私にここまで強い印象を与えなかったでしょうし、正直わざわざ18禁の作品をやらなくても良かったかなと感じたでしょう。しかし本作は幼馴染の恵理ルートで本性を現します。

ヒロインが3人いて恵理ルートだけ1周目ルート制限がかかっています。1回目では強制的に友人エンドに。2周目で初めて「ホテルに入る」という選択肢が登場します。当然そこで恵理と行為に及ぶわけですが、問題はその後です。ずっとほのぼのとしていたこの作品の雰囲気はここで一気に反転します。

念のため再度警告しますが、このルートの先ではかなりショッキングな展開が続きます。具体的な暴行が行われるシーンはパッチ適用により飛ばす選択肢を有効化できますが、このルートの主題は事件によって深い心理的なダメージを受けた人物たちがその後どのように生きていくかです。鬱ゲーは受け付けないという方のプレイもお勧めしません。
気にしないという方もシナリオの加筆が若干あるためパッチ適用をお勧めします。公式サイトからver1.01パッチをDL・解凍し、作品フォルダのnscript.datを上書きしてください。パッチ適用後も該当のシーンを飛ばさずに読むこともできます。



このルートでは、伸一と恵理を追っていた千佳が暴漢に襲われてしまいます。それに感付いて現場に向かった伸一も犯人の手にかかって意識不明の大けがをさせられることになります。
幸いにも命に別状はなかった2人ですが、同時に負ったであろう精神的ショックの深さは計り知れません。そんな中で行われる千佳と恵理のあの会話シーン。愛し合っていたからこその行動だったのに、友達を大切に感じていたからこその気遣いだったのに、どうしてこう現実は悪い方向に進んでしまうのでしょうか。あの時こうしていればよかった、自分のせいでこんなことになってしまったという後悔が絶え間なくあふれ出てきて、優しさがあるからこその悲しみを際立たせるシーンです。しかし恵理の悲鳴交じりの決死の説得も届かないほど、千佳の心はずたずたに壊されてしまっていたのです。

そんなシーンの後、無音で始まるモノローグ。そこで事件がもたらした影響の大きさを再度実感させられることになります。伸一・千佳のみならず恵理や明、榊原を巻き込んで、事件から立ち直るための必死のリハビリが始まるのです。
確かに恵理は伸一とちょっと特別な関係になることを望みました。しかしそれは5人の友情を壊してまで望むものではありません。実際恵理は事件の前にも、これからもいつも通りで、と伸一に告げています。ところがそんな希望は事件によって完全に破壊され、悲痛な運命を甘んじて受け入れるしかなくなります。
生半可な友情だったらここで終わりになってしまうかもしれません。私だったらすべてをあきらめて自分の心も壊れてしまうかもしれません。しかし5人の友情はそうではありませんでした。恵理は自分にとって何が一番大事だったかに気付いたのです。まさに本作の副題にあるWhat is your preciousとは5人で遊んで楽しく過ごした日々、皆を思う友情であったのです。ほのぼの系の作品だったら何となく受け流してしまうであろう友情描写であったとしても、どうしようもなく悲しいこの状況だからこそ、こうも心に深く刻まれるものなのか、というのを強く感じたのを覚えています。
序盤のシーンではただの同級生でしかなかった榊原も、彼女がいないことに悪態をついてばっかりだった明も、こうも献身的に恵理や伸一を支えてくれます。こんな健気な友情だからこそ、全員を全力で応援しながら物語を読み進める手は止まりません。

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その後の学校のシーンなどは、今になって冷静に考えてみれば現実的ではないでしょう。しかしそんなことがどうでもよくなるほど私はこの作品に夢中になっていました。愛を越えた先にあるものをこんな形で描くことができるのかということに。そしてこの展開は同人の18禁作品でしか許されないだろうとも感じていました。

最後にクリスマスの日の会話などが伏線となって真実に気付くあの展開も良く作られています。私が最初に読んだときはこれが後で効いてくるなどとは全く思っていなかった何気ないシーンなのですが、そこまで計算されていたことに気付いてまた深く驚くのです。これも、伸一が恵理や千佳を大切に思っていて、しっかり観察していたゆえでしょう。

ラストシーンにはver1.01で加筆されたシナリオが出てきます。やや説明的過ぎるかなという感じもしますが、ここにきてようやくひと段落したと安心できる内容になっていて、全ルートの総まとめとしての終止感をしっかりと纏ったエンディングです。このエンドロールだけ振り返り的にこれまでのスチルがついていたりもしますしね。1つ注文を付けるとしたら、最後に全員で笑っているスチルとかあったらより感動的だな、というところでしょうか。
若干ネタバレ(クリックで展開) まさかタイトル画面の時点で盛大にあの展開を示していたとはね…全然気づきませんでした。

ちなみに本作の攻略は簡単です。攻略したいヒロインの選択肢を選び続ければよいです。優柔不断な選択をしているとノーマルエンドに行きます。


というわけで今回は「Be alive ~What is your precious~」でした。
本作が私にとって初めての18禁ゲームだったからこそ、単にえっちなシーンがあるだけでなく話のテーマに大きくかかわってくるような内容を含む作品が好きになったのかもしれません。この辺のことは「桜哉」で語りましたね。
あのルートを受け入れられる人はそう多くはないかもしれませんが、私を深く感動させたのもあのルートであることに間違いありません。鬱展開に耐性がある方、ぜひプレイしてみてください。このルートに出会ったからこそ、私はエロゲにもシナリオの良さやテーマ性を求めているといっても良いでしょう。

それでは。

こんにちは。今回は水温25℃さんの「月明かりと夜風のワルツ」のレビューとなります。

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ジャンル:魔術師ファンタジー乙女ゲーム
プレイ時間:1時間弱
分岐:なし
ツール:ティラノスクリプト
リリース:2023/8


本作についてはTwitter上などで制作過程を拝見していました。絵が割と私の好みのタイプであり、作者さんの過去作「はこにわのみこ」が良かったので公開を楽しみにしていました。結局プレイするまでに公開からしばらく時間がかかってしまいましたが先日読了したのでレビューという形にしておきたいと思います。


本作の舞台となるのは街のあらゆる場面で魔術の飛び交うルーナ王国です。空気中に漂う魔素を魔力に変換してエネルギー源として使用することで動く工業製品も身近な存在で、魔術を職業にすることのない一般人でも日常で魔術を使っています。
主人公のリシュア(ver1.02以降名前変更可能)は魔術学校に通う3年生。卒業研究に励みながらも、間近に迫った学校の創立記念ダンスパーティーに誰を誘うか迷っています。住み込みのお手伝いさんであるレナートのことが気になりますが、去年のパーティーへ誘ったところ断られてしまったため、声をかける勇気が出ないようです。二人の間を隔てる線とは何なのでしょうか。魔術学校を卒業するまでにその関係性に変化は訪れるのでしょうか…


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さて、本作の良かったところを簡単に説明していきますが、まず絵が可愛らしいですよね。最初にも書きましたがかなり私の好きな絵柄です。短編で登場人物の数も少なめですがみないい子たちで、登場機会の少ないサブキャラまで表情豊かに描かれています。私は何かしらの失敗をして涙目になったレナートが好きです(笑)
メインの画面に表示される立ち絵だけでなく、左下にいる主人公もまばたきしていて良く作りこまれてます。この主人公の顔グラですがかなりアップで表示されていますね。これまでプレイしてきた作品の中でも一番かも。それくらい存在感があります。

立ち絵やスチルのみならず、背景やUIなんかもきれいに統一された雰囲気をまとっていて素敵ですね。メニューや文字色などが主人公のテーマカラーと一緒になっていて気持ちいいですし、メニューアイコンも大きくて一見して意味が分かります。ゲーム内からヘルプや2次利用ガイドラインなどが読める仕組みまで整っています。これは過去作でもそうだったかな?
URLをクリックしても直接サイトへ飛ばない(クリップボードにコピーされた状態になる)のは掲載サイトの規約対策でしょうか。確かふりーむが最近その辺非常に厳しかったはずです。ちなみに私がこの記事を書く際に公式サイトにリンクを張るときにURLのコピーが一瞬でできて便利だったなんていうちょっとどうでもいい話もあります。



さて、シナリオの方に話を移しましょう。
本作の特徴として、物語開始時点からすでに主人公リシュアがレナートへ(恋愛的な意味で)好意を抱いているのが明らかというところが挙げられるでしょう。しかしそれに対して、レナートはそもそもリシュアのことは恋愛対象ではないといった様子。お手伝いさんと雇い主の娘という関係としては良好なので微笑ましいシーンがほとんどを占めるのですが、それ以外の個人的な関係についてはレナートが遠慮しているというか拒否しているように見えます。したがってリシュアの片思い的な面が強く、乙女ゲームとしての糖度は控えめな感じです。


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そんな本作のシナリオにおいて優れた点は、はっきりとした世界観の説明や設定が存在していること、それに基づいて登場人物の思いや行動が描写されていることでしょう。
舞台となっているルーナ王国では魔術が広く普及していることは最初に述べましたが、それはいわゆる魔法のように何でも好きなことができる、科学を無視したような特異な能力が使えるといったものではありません。大気中に存在している魔素を吸収して魔力に変換する、魔力を動力源として仕掛けを動かし、加熱器具にしたり玩具にしたりといった理屈が存在しているのです。

魔素の吸収効率に個人差がある、国家として定められた資格としての魔術師や魔導士などの肩書がある、といった設定が丁寧に説明されるからこそ、レナートが主人公の誘いに首を縦に振らない理由や主人公の父親トヴァルの矜持・信念といったものが理解できるのです。
科学との比較がされるシーンもあり、SFというにはファンタジー感が強いですがそれくらい設定がしっかりしており、だからこそ登場人物の心情が読者に伝わってくる構造になっていて、良く作られているなあと感じます。リシュアが卒業研究に力を入れている理由も分かりますし、授業のシーンはないですが魔術学校(高校卒業後に入学するということなので大学相当でしょう)に通っている必然性があるんですよね。学校が都合のいい行事が存在するだけの空想上の存在になっておらず、理由のある設定としてスムーズに受け入れられるようになっています。

先ほどシステムが整っていると言いましたが、その中の用語説明機能はこの点の理解にも寄与しているでしょう。右上のメニューボタンの下にある本のアイコンをクリックすると、作中に出てきた用語の解説を読むことができます。必要な部分だけをまとめて見られますし、UIもかわいくていい感じ。


物語終盤ではちょっとした事件が起こります。心を痛め、最善の選択ができなかったと悩むリシュア。そんな中でのレナートとの会話が、2人の信条を活かした内容になっていて上手いよなあと感じます。
事件をきっかけに決意をしてくれたレナート。優しいけれどもちょっぴりドジで、よくリシュアに慰められていた彼が初めてたくましく、かっこよく見えた瞬間でした。

そんなエンドロール後のエピローグ。あの台詞にはシリアスな雰囲気が吹き飛んで文字通り吹き出してしまいました。そして突然の糖度UP。これまでが爽やかなレモネードだとしたらガムシロップくらい甘いです(私は何を言ってるんだ?)。切実にスチル閲覧モードの実装を希望します!
(同日追記:スチル閲覧モードはチャプター選択画面の左上アイコンから行けるようです! 作者のななづこさんに直々に教えていただきました。ありがとうございます。)


というわけで今回は「月明かりと夜風のワルツ」でした。
エピローグまでちゃんと見て幸せな気分になってくださいね!

それでは。

こんにちは。今回はCynical Honeyさんの「終わりの鐘が鳴る前に Chapter.1」をご紹介しようと思います。

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※期間限定無料作品
ジャンル:学園ラブコメ
プレイ時間:4時間(ボイスを全て聞くともっと長いと思います)
分岐:基本1本道
ツール:ティラノスクリプト
リリース:2022/2
備考:Chapter.2公開以降有料化。今年夏予定
(9/10追記:現在本作品の無料公開は終了しています。Chapter.2の販売も開始しています)


昨年の冬に私がTwitterを見ようとしたとき、本作の作者であるCynical Honeyさんのアカウントからフォローされていることに気付きました。プロフィールを確認したところ、公開中というノベルゲーム(本作)が面白そうだったのでとりあえずDLしてプレイしたところ、かなり面白い作品でした。普段だったらレビューを書くかなというところだったのですが、私がこれまで書いてこなかったのは本作が純粋なフリーゲームではないからです。
というのも本作は昨年の2月にChapter.1が公開され、その時から現在までノベコレふりーむBooth等で無料で配布されていますが、Chapter.2の公開と同時に(Chapter.1含め)有料化されることが宣言されていたからです。

一応本ブログではフリーゲームを専門に扱っているので(一部有料のものもありますが、それらもフリー版で十分完結まで楽しめるもののみです)、本作を取り上げることにややためらいがありました。しかし先日Twitterのフォロワーに需要がありそうなことが分かったので、今回こうしてレビューを書くことにしました。普段のフリーゲームに比べるとやや厳しめの評価になっているかとは思いますが、大変いい作品ですのでぜひプレイしてみてください。



さて、本作のあらすじを説明しましょう。
主人公の長谷部涼平は高校2年生。友人の日高進や戸松香澄らと楽しい高校生活を送っています。
しかしある日、涼平の前に死神を自称する少女モトが現れ、同級生の菅野雪乃に年内に心から幸せを感じさせなければ涼平は死ぬと無理難題を押し付けられます。
途方に暮れる涼平は偶然にも雪乃が日高に恋心を抱いているのを知り、条件達成のチャンスと見て雪乃の恋愛をサポートすることを思いつきます。しかし校内で男勝りでワイルドと評判の彼女は恋愛に疎いようでその道は苦難の連続です。さらには何と肝心の日高が実は香澄のことが好きであることも発覚し、涼平は2人の板挟みになりながらもなんとか雪乃が幸せになれるようサポートします。
果たして雪乃の恋は実るのか、幸せにすることはできるのか。そして幸せとは何なのか。文字通り涼平の生死をかけた4か月間が始まる…


とまあこんな感じでしょう。
つまるところ本作は、「雪乃の恋路を応援する」というお話になります。ラブコメによくある展開で、他人の恋愛を応援するというと最近完結したことで話題の「その恋、保留シリーズ」が思い浮かびますね。あの作品では恋愛を応援する理由はお節介によるものが大きかったですが、本作においては恋愛の成否が文字通り生死に関わるという明確な理由があり、物語をよりシリアスな方向にしていると言えるでしょう。

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この無理難題を仕掛けてくるモトはかなり変わった人物(人ですらない?)です。常時涼平の行動を監視しているようで、たまに姿を現しては涼平に話しかけてきます。淡々とした口調でありながら条件達成について厳しく問い詰めてきます。幸せを感じさせるのは一時的でもいいのだから、自分の生死がかかっているのに常に誠実であろうとするのは非効率ではないか。そんな風にささやき涼平をいらだたせる様は死神というより悪魔のようです。

しかしやはりモトがいるからこそ本作の物語は成立しているんですよね。涼平の行動の理由はモトの存在があってこそですし、2人の対話から誠実であろうとする涼平の人柄も見えてきます。
こうしたシリアスめな青春物語というものは、登場人物の関係性であるとか性格であるとか、行動原理などが描けたうえで魅力的になるものだと思うのですが、本作はそのあたりの描写がしっかりしていて面白く感じられるのです。


ちなみに本作はシリアス一辺倒ではなく、時々漫画やアニメのネタが出てきたりといったギャグポイントもあります。
プロローグの時点でもすでにデスノートや北斗の拳と分かる台詞があったりして、相当な密度で組み込まれています。あまり詳しくない私でもたびたび出てくるなと感じたくらいなので、知っている方が見たら本当に多くのネタを拾えるんじゃないでしょうか。

あとは同級生の平野亜希による涼平の毒舌いじりなんかもギャグに分類されるでしょうか。ただあれは私にはちょっとやりすぎに感じました。流石にあそこまでの性格ならば何らかの理由付けとか説明が必要なんじゃないでしょうか。小学生の妹にもひどいことを言わせてますし…。

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さて、いったん本作のシナリオから離れてみます。
するとやはり目に付くのは、タイトル画面などからも分かるイラストの綺麗さです。ここに描かれたキャラクター以外にも多数の人物が登場する本作ですが、みな可愛らしくきれいに描かれていて製作者の気合を感じます。
イラスト面において私が特に良いなと感じたのは背景です。学校、自宅、喫茶店に遊園地といくつもの場所が登場しますが、それぞれ本作の立ち絵に合ったテイストで描かれていてとても綺麗。教室の画像なんかはモブの人物まで書き込まれていたりします。これは私が今までプレイしてきた作品の中でも珍しいんじゃないかと感じました。

また、本作では主人公以外の台詞にはすべて声が付いています。みなさん演技もうまいですし、普通のフリーの作品の範囲を超えているなあと思わされます。
そのキャラクターごとのボイス音量調整などシステム面においても機能は整っています。ただしメニュー画面の呼び出しが遅いのはストレスを感じるポイントでした。私の環境(OS: Win10Home 22H2, CPU: AMD Ryzen 7 4700U, メモリ: 16GB)ではメニュー呼び出しに平均6秒以上かかっています。特にクイックセーブ以外の通常セーブはメニューを経由しなければならないのでさすがにしんどかったです。メニュー呼び出しに時間がかかるなら、通常のメッセージウィンドウから直接セーブ/ロードできるだけでかなり違ったでしょう。欲を言えばセーブスロットも現状の6よりは多い方が良いかなと思います。
このあたりはChapter.2以降でUIの刷新も計画されているようですし今後に期待といったところでしょう。


さて、話は本作のシナリオに戻ります。
私が本作を気持ちよくプレイできた理由の一つとして、1つ1つのシーンが全体のストーリーに活きていて、キャラクターの心情や関係性を掴みやすかったというのがあるでしょう。
例えば本作の中盤くらいで涼平が雪乃を傷つけてしまうシーンがあります。事情を知っている私(プレイヤー)の目から見ればある程度仕方のないことでしたが、雪乃から見たらショックでしょう。涼平としては当然雪乃との関係を修復していかなくてはならないのですが、その時にきちんと過去の出来事などが前提としてあって、だからこそ雪乃と仲直りできたんだなと感じられる展開になっています。詳細は述べませんが、お悩みボックスに関する話とか、(雪乃の友人である)悠木さんとの信頼とか。そのあたりのことが意味を持ってくる分読んでいて気持ちがいいし、話にご都合主義というか作為的なものを感じないのです。
このように物語が1つの線につながり、因果もはっきりすることで人物の心の揺れ動きがより鮮明に見えてくるのでしょう。

これは物語冒頭のモノローグの部分もそうです。意味深な語り出しから始まる物語は多いですが、本作では冒頭で語られた「人は大切なものを失うことに怯える」というような内容の言葉の意味するところを涼平はしっかりと痛感させられます。やはり丁寧に作られた作品だなと思いました。
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ストーリー自体の話とはちょっと違いますが、本作の文章表現もなかなか面白いでしょう。ちょっとした比喩表現などが多用され、情景を思い描きやすくなっています。私が好きなのは、「バイブ機能が付いた携帯電話みたいに、菅野は小刻みに震えだした。」などでしょうか。

しかし文章表現は本作において気になった点の1つでもありました。やたらと複雑だったり、一文が非常に長かったり、前提が省略されていたりといった場面がしばしばみられます。
例えば、雪乃が涼平に対して何らかの手助けを申し出た場面の「彼女自身からしてみればフェアではないが、どちらかというと俺からしてみれば利用している形になっているので、後ろめたさもあった。」は「(涼平が見返りなしで雪乃の手助けをするという状況は)彼女自身からしてみればフェアではないが、(実は死神の条件達成のためにむしろ涼平が雪乃を)利用している形になっているので、(涼平は)後ろめたさもあった。」などと主語を補完しないといけない箇所が大分多いように感じます。おそらく読点の前後で主語が変わっているのに両方とも省略されているからややこしく感じるのでしょう。

また、誤字・誤変換・助詞の間違いなどが非常に多いです。文章が複雑な件と合わさり、意味の理解に時間がかかる文がたびたび出てきてゲーム体験を阻害していると言えるでしょう。


ちょっと厳しめの意見が続きましたが、印象的なセリフなどもあって文章も全体的には上手いのも確かです。「私の友達のためにあんなに怒ってくれてありがとう」とか、意外なところでスッといい台詞が出てくる印象があるんですよね。



そんな本作は雪乃が遊園地で日高に告白してクライマックスを迎えます。涼平は当事者ではないのでまさにそのシーンが描かれることはないのですが、私までドキドキしてしまうような描写にびっくりです。周囲の人の状況や台詞の描写だけであれだけ印象的なシーンになるんだなというのが驚きでした。

そしてその後、雪乃はどうするのか。Chapter.2に期待といった展開になっています。
雪乃の件だけでなく、涼平の過去についてなども意図的に隠された情報があるのでそれも合わせて楽しみにしておきましょう。沢城先生がなぜ涼平の進路にうるさいのか。涼平自身が恋愛をする気にならないというのはどういうことか。今後明らかになっていくのでしょう。



繰り返しますが本作の無償提供は期間限定なので興味のある方はお早目のプレイをお勧めします。
にぎやかだけどどこか切ない青春物語を楽しみたい方に。これが無料でプレイできるのか、と驚くこと間違いなしです。そしてChapter.2の公開を楽しみにしましょう。

それでは。

こんにちは。今回はOperation:Noveltyさんの「AlexiA~アレクシア~」をご紹介します。

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ジャンル:電波障害ノベルADV(ReadMeより引用)
プレイ時間:5時間
分岐:大きく2つ
ツール:Light.vn
リリース:2019/8



今回ご紹介する作品はまた一風変わった作品となります。どういうことか順を追って説明していきましょう。

ReadMeにもある通り、本作はA,B,Cパートの3つのパートに分かれています。はじめからをクリックすればAパートから物語は開始します。主人公は上條游雅(かみじょう・ゆうが)。訳あって一人暮らし中の高校生です。隣に住んでいる幼馴染の東雲穂多留(しののめ・ほたる)は毎日游雅を起こしに来てくれる世話焼きさん。まだ早いし寝ていたいなどと悪態をつくも結局は一緒に登校している仲良しです。(本作の登場人物はみんな漢字が難しいですね。游という字は游ゴシック等のフォント名以外で初めて見ました)
始業よりも早めに教室に着き、なんと穂多留の作った朝ごはん(サンドウィッチ)を一緒に食べます。「いつもと違うところはどこでしょう?」なんて言うオーソドックスな難問にうろたえたり、食事を用意してくれることに感謝を述べたり、そういった幸せな日常が繰り返されていきます。
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ここまで読んでくると、いや典型的なギャルゲーじゃねえか、と感じると思いますが、本作の正体が露わになるのはこの後です。

いわゆるギャルゲーであるならどんな形であれ恋愛に関係したイベントがどこかで起こるはずです。しかし本作においてはそのようなイベントが起きる雰囲気が感じられません。游雅はどう見ても草食系で今以上の親密な関係を望んでいるようには見えませんし、穂多留の方もどちらかというと世話焼きなお姉さん風。お互いに好意はあるんだなというのは分かりますが、毎日一緒に登下校する以外の描写が一切ありません。
つまりギャルゲーにしてはあまりに単調でシナリオに山がなく、つまらなすぎるのです。

そんな中で本作を読み進めていくと、徐々に違和感が浮かび上がってくるはずです。
私が最初に明確に引っかかったのはテスト対策のシーン。游雅の教科書は開いたことすらないほど新品同様。そういえばこれまで勉強をするシーンは一切ありませんでした。どうも勉強に拒否感があるらしい游雅ですが、穂多留に促されて教科書を読めばさらりと理解できる。そのことに何より游雅自身が驚いています。
教科書を読めば一発で理解できるような頭脳を持っていながら、まるでこれまで勉強なんてしたことがないというような游雅の発言。ギャルゲーなんだからそんなの日常茶飯事だろうと受け流すこともできましたが、私にこの違和感を決定的に意識づけたのはテスト返しのシーンでした。

游雅のテストの結果は全教科で満点。いくらギャルゲーであってもよほどの天才キャラでなければ取れない点数を、数日前からテスト勉強をしただけの游雅があっさりとってしまうのはやはり不自然。
そして何より、画面に一瞬映る游雅の答案です。
名前の記入欄には、「上じょうゆうが」と書かれています。
そして一番上に見えている答案は数学の物ですが、そこに書かれた解答はどう見ても中学校レベルです。
高校生にもなって自分の名前が漢字で書けないのか。テストの内容はなぜ中学校レベルなのか。本作をこれまで読んでくれば、その理由は容易に想像がつきます。いま游雅が生きている世界は妄想の世界だからです。


テストの返却が終わった後またいつもの楽しい日常が始まり、この何の変哲もない楽しい日常こそが高校生上條游雅が生きる道なのだ、という妙に確信めいたモノローグが語られた直後にエンディングを迎えてしまいます。そこで流れる異様といえるエンドロールがショッキングです。


本作はこの平和なギャルゲーの皮をかぶった異様なループのAパートから抜け出さない限り真のエンディングにはたどり着くことができません。ループから抜け出すための鍵となるのは、穂多留と下校途中に寄ったゲームセンターでした。

このAパートを抜けてBパートに行く部分はかなり難しいですが、ここを抜けないと本作の真価にたどり着けないのでぜひ頑張ってください。選択肢ごとの細かい展開の違いを追って行けば抜け出せるはずです。どうしてもわからなかった場合、作者さんサイトにヒントがあるのでそれを参考にしてください。


さて、Bパートに入ると雰囲気はガラッと変わり、游雅は中学生であること、そして勉強の苦手ないじめられっ子であることが明らかになります。別にさぼっているわけでもないのにできない勉強。クラスメイトにはバカにされ続け、親も先生も味方にはなってくれません。

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非常に悲しい展開ですが、私には游雅が勉強を苦手とする理由がすぐに分かりました。
答案に書かれたへたくそな文字。心象風景に現れる異世界の文字のような呪文のような図形たち。そして本作の副題「電波障害ノベルADV」。これだけのヒントがあれば正解を導くのは容易でした。游雅は読字障害を抱えていたのです。

それさえ分かればAパートにおいて私が保留にした違和感も解決します。教科書を読むという行為自体に拒否反応まで見えた高校生の游雅ですが、それは現実における中学生の游雅が読字障害を抱えていて教科書を読めなかったから。テストの内容が中学生レベルだったのは、実際には中学生である游雅は妄想の中であっても高校レベルの内容を想起することができないから。

しかしそうしたことがプレイヤーである私に分かっても、游雅が救われるわけではありません。勉強をしても結果が伴わない。どちらにせよ怒られるなら勉強なんかしないで怒られた方がまし、という思考に至ってしまうのは悲しいですが、この状況下では仕方のないことでしょう。

学校にも家庭にも味方がいない游雅が心のよりどころとして見つけたのは、ゲームセンターにあるコインゲームと、一緒に遊んでくれる高校生のお姉さん、車窓眞那彌(しゃそう・まなみ)でした。(またしても漢字が難しい)

勉強も運動も、いままでに成功するという体験をしたことがない游雅がコインゲームに手を出し、たまたまとはいえ上手くいって大量のコインが排出されたときの高揚感が動画で表現され、非常に説得力のあるものになっています。游雅がコインゲームにハマり、まなみさんにある種依存していく心理を追体験しているようです。

学校や家になるべく居たくない游雅は毎日ゲームセンターへ通うようになります。そこでしばらくまなみさんと交流を重ねたのち、まなみさんにディスレクシア(知的能力は正常であるにもかかわらず文字の読み書きが困難となる障害。日本語で識字障害、読字障害などと言われる)の可能性を指摘されます。

勉強ができないのが自分の努力不足のせいではない可能性に気付き、一筋の希望を見出した游雅は早速親や先生に相談します。障害について理解されて以前よりも良い方向に進んでいくと思われましたが、それは長続きしませんでした。文字の読み書きに困難を抱えている状況が変わるわけではなく、また一般の中学校で一人一人の生徒に対してできるサポートにも限界があります。

結局游雅が本当の意味で心を開けたのはまなみさんだけでしたが、その彼女も問題を抱えているらしいことが次第にわかってきます。こちらについて詳述することは避けますが、游雅の件とはまた違う方向ながら福祉の面で何とかならなかったかなあと思える状況でした。

そしてCパートにたどり着いたら、游雅が前を向いて歩いていけるかどうかを見守ってあげてください。



本作全体の特徴として、演出面における独特な表現が挙げられるでしょう。
ReadMeにはこう書いてあります。
また、本作品は心情描写、伏線、背景描写、動作描写の大部分をCGと音に依存しています。
先述したメダルゲームにのめり込むきっかけとなったシーンだけでなく、学校でのシーンにも、穂多留を説得するシーンにおいても動画が多用され、微笑ましいようでありながら不気味にも感じるような本作の独特な世界観が築き上げられています。特にBパート以降ではボイスもその表現に貢献しているでしょう。ぜひサウンド・ボイスONでプレイしてみてください。


なかなか一筋縄ではいかないショッキングな作品ではありますが、この作品が持つただのギャルゲーではない側面に気付けばきっと物語にのめり込めるはずです。游雅を応援してあげてください。

それでは。

こんにちは。今回は、九州壇氏さんの眠れない夜にをご紹介します。


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ジャンル:ちょっと大人向けな幼馴染み系ノベルゲーム
プレイ時間:1時間15分
分岐:なし
ツール:NScripter
リリース:2016/12
備考:第12回ふりーむ!ゲームコンテスト健闘賞受賞作


私は以前、【検証】ギャルゲー主人公の両親、海外出張しがち説という記事で(現代日本が舞台の)恋愛系ノベルゲームでは主人公の年齢設定は高校生が最も多いと書きました。特別な設定なしでも毎日学校でヒロインと顔を合わせるし、体育祭や文化祭といったイベントで話を盛り上げることも、定期テストや受験といった分かりやすい壁を提示することもできる。私がプレイした範囲では、過半数が高校生が主人公のものでした。しかし大学生やそれ以上の年齢帯になっている作品も面白いものは数多くあります。本作はそれらのちょうど中間にある特殊な作品といえるのではないでしょうか。高校はすでに卒業しているけれども高校時代の思い出が大きな比重を占めるようなシナリオで、現在の状態は過去の出来事が連なった結果なんだなあという物語の説得力のようなものがしっかりしている作品です。

本作の主人公は木野下淳。およそ半年前に高校を卒業して大学生になったばかり。ヒロインの木野田茜も同学年です。彼らは小学校に上がる前からの幼馴染で、高校時代から付き合うことになります。しかし本作のメインの時間軸は、大学生になった淳と茜が何気ない夜のドライブをしているところから始まります。物語開始時点で二人はすでに恋人の距離なわけですが、ここに至る過程もしっかり描写されています。そう、本作は回想シーンを多用しているのです。これがなかなかうまいですね。回想では背景がセピア調になるのでいつの話をしているか混乱することはないですし、現在と過去のシーンの間にぶつ切り感がありません。子供時代のこんな経験や、中学生の時のあの出来事が現在の淳の感情をこんな風に動かしている、というところが丁寧に描き出されるので、これが上述の説得力につながっているのではないでしょうか。この丁寧かつ素朴な描写が作者さんの持ち味ですね。最小限の演出と写真背景はその素朴さを邪魔しません。見た目の華やかさがないという言い方もできるかもしれませんが、私はとてもフリーゲームらしくて魅力的なんじゃないかなと思っています。

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そんな穏やかな雰囲気のドライブから始まるストーリーですが、物語前半の割と早い時間帯で茜を襲った悲劇が明らかになります。突然病気で倒れ、運よく一命をとりとめたはいいものの記憶の一部が失われてしまったのです。普通ならこんなシーンは鬱々とした空気が流れ、読者に負担を感じさせることもあるでしょう。しかし本作ではこれは1か月前の出来事として淳も茜もすでに受け入れているので、その暗い雰囲気をかなり軽減しているのです。

そんな悲しみを抱えながらも、ゲームセンターで遊んだり、思い出の場所で語り合ったりしてほのぼのとした展開が続くのかな……と思っていると物語は急展開を迎えます。トイレに行くと言って席を外した茜が戻ってこないのです。必死に茜を探す淳。そんな中、茜の妹の香澄から電話がかかってきます。そこからの展開はなかなか衝撃的でした。このほのぼの系幼馴染ものに計算された伏線が張られているとは思っていなかったのです。うまいですね。淳が受けた衝撃と悲しみをプレイヤーにも直接的に与えてくる感じがしました。
しかしこの伏線、間違った解釈から急展開後の正しい解釈まですべて主人公がモノローグで語ってしまうんですね。ここは、「そうだったのか!」と読者に一回思わせた後は細かい解説はせず(するとしても会話文の中で自然に行う程度で)、プレイヤー自身に該当箇所を探してもらう、2周目をプレイしてもらうよう仕向けたほうがより印象に残った気がします。なんというか、余韻みたいなものが失われてしまう感じがしました。「君と再会した日」の時も似たことを書いた気がしますので、これは作者さんの特徴かもしれませんね。逆に、その後淳が正気を失っているシーンなどは、より分量を割いて描写しても良かったんじゃないでしょうか。明らかになった事実に驚きはしたものの、プレイヤーにとっては淳も茜も物語の登場人物に過ぎないので、淳の混乱の程度までは(少なくとも私は)感じ取れなかったのです。ここで、茜が病気で倒れてから浜辺で再会するまでの1か月弱を回想する描写があった方が、淳がいろいろと思い詰めてしまったことに対してぐっと説得力が増すと思うのです。茜と約束するシーンが淳の決心とラストシーンにうまくつながっていて綺麗な展開だったと感じるので、尚更納得感が欲しいところではありました。


いろいろと書きましたが、子供時代のなれそめや甘酸っぱい思い出を楽しみつつ、よくある恋愛ものよりちょっとだけ落ち着いた雰囲気と同時に驚きの展開を味わえる素敵な作品です。夜明けを迎えてエンドロールに入るのがとても気持ちいいのでぜひ読んでみてください。

それでは。

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