フリーゲームの森

フリーゲームのレビューブログです。 ノベルゲーム・アドベンチャーゲームを中心にお勧めの作品を紹介します。
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2時間前後

こんにちは。今回はa.r.b. Gamesさん制作の「RADIANT*SIGN」をご紹介します。

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ジャンル:ドラマチックアイドル活動ADV(公式より引用)
プレイ時間:すべて読むのに1時間半程度
分岐:なし
ツール:ティラノスクリプト
リリース:2019/8


本作は、新人アイドルの一之瀬夏姫がアイドル活動を通じて成長し、同じユニットのメンバーとともにFiveStarCupというイベントでの上位入賞を目指す物語となっています。最近レビューした「いちばん星の願いごと」もアイドルが主人公でしたが、あちらはスターアイドルが路線変更を目指して修行をするという内容であり、新人の活動の軌跡を描いた本作はまた違った魅力を感じさせるものになっています。

スクリーンショットを見るとまず気付くと思いますが、本作は縦長の画面となっています。おそらくスマートフォンでのプレイを念頭に置いているのでしょう。マルチプラットフォームで動作するというのはティラノスクリプトの強みの一つですね。UIもスマートフォンアプリを意識したつくりとなっており、一般的なPC向けノベルゲームとは違った形ですが、十分作りこまれており特に不満に感じる点はありませんでした。ひとつだけ、SKIPは早送りではなくそのシーンを丸ごと飛ばしてシナリオ選択画面に戻る機能なことは注意です。各シーンは短いので操作を間違えなければ特に支障はないでしょう。


最初に述べたように、オーディションを受けまくって落ちまくって、ようやく合格を掴んだ一之瀬夏姫が先輩や仲間と出会って視野を広げていき、パフォーマンスを広げていくというのが本作のメインの見どころです。一般的なノベルゲームでは主人公に感情移入して読むタイプの私ですが、本作に関してはちょっと違う視点がメインとなった気がします。それは、夏姫や彼女の所属するユニットSeventh Heavenのファンとしてのような視点です。そこの世界観づくりがこれまでになくすぐれた作品であると感じました。

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というのも、本作のメイン画面は上のスクリーンショットの画面です。普通のノベルゲームだと、はじめから、つづきから、といったボタンがあってそこから読み始めるものでしょう。しかし本作のメインストーリーは「活動記録」から読むことができます。もうこの時点で、すでに活躍しているアイドルグループの成長記録を追う、という意識に誘い込まれるんです。さらにうまいのが、「幕間」「iPedia」です。本編の舞台裏を別人物の視点で見ることができる「幕間」で本編の内容を補完できます。「iPedia」はウィキペディアのような感じですね。本作に登場する人物やグループに関する情報がシナリオ進行とともに追加されていきます。出典の脚注などもあって結構手が込んでますよ。本編内で逆にアイペディアに関する反応などもあるので(緊張してミスったところを記事に書かれて恥ずかしい~など)、読了後にまとめて読むよりは1話読むごとに追記された部分を探す感じで読むのをお勧めしたいです。


さて、ストーリーについての話をしていませんでした。メインのストーリーは、「活動記録」から全9話に分けて読むことができます。各話はさらに短く4分割されているのでサクッと読み進めることができます。これもソーシャルゲームのシナリオを意識されたのでしょうか。
1話開始の時点では、主人公夏姫はアイドルになってすらいません。オーディションの合格発表に緊張して自分で封筒を開封できず、友人のほとりに開封を依頼してしまうほどです。そこで合格であることが分かり、アイドルとして活躍するという目標に向かって歩みだします。

ところでこの友人のほとりがいい子ですね。ほめてくれるし最初のファンになるといってくれるし、実際に夏姫がステージに立つ際はいつも駆けつけてくれます。このほとりと絡んで、夏姫がアイドルを目指すことになった理由がしっかり語られたおかげで、より夏姫を応援したい気持ちになりました。

そんな夏姫ですが、とにかくアイドルの小此木陽菜に憧れているばかりで、業界についての知識が全然ありませんでした。そこから先輩だったり仲間だったり、事務所の社長だったりに影響を受け、自分なりのキャラクターやパフォーマンスを身に着けていくのですが、その過程がすごくコンパクトに凝縮されていて分かりやすかったです。それぞれの章が短めで、テーマも分かりやすい(例えば、夏姫がアイドルになるとか、グループのメンバーが増えるとか)ので、アイドルとしての成長物語のいいところをつまみ食い、という印象があります。
逆に、これだけコンパクトにまとまっているとなると、他のメンバーの葛藤だったり成長だったりを盛り込むには少々尺が足りなかった感じがします。特に晶のエピソードなどは、唐突すぎるしそんなに簡単にスカウトしてよいのかという点は気になります。晶の話にとどまらず、何か問題が発生したとしてもとんとん拍子に解決してしまう感が否めません(だからこそ、いい意味でも悪い意味でもつまみ食いと感じたのです)。癒月のエピソードについては、幕間での補足も効いていて彼女の決断に厚みを加えてくれたと感じました。


というわけで、今回は「RADIANT*SIGN」でした。芸能に詳しい方だと、この名前は実在の人物のもじりだな~などといったことも楽しめるのではないでしょうか(私は芸能はからきしなので、いくつか気付いたくらいですが)。また、アイドルがテーマなだけあって立ち絵やその他のイラストもとてもかわいらしいですよ。
ここ1か月ほどで紹介した作品はどれも演出面に優れたものばかりですね。ゲームという媒体だからこそできる、物語を楽しみやすくする工夫や世界観の創出にも注目して読んでみてくださいね。

こんにちは。今回は月の側面さんの「夕暮れ叙事詩」のご紹介です。


ジャンル:現代探索ホラーアドベンチャー
プレイ時間:1時間半
分岐:なし(ゲームオーバーあり)
ツール:RPGツクール
リリース:2017/8

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本作は、一人の小説家にかかわる物語を追うアドベンチャーゲームとなっています。最近はホラー系の作品の記事が続いています。本作はその中でも割としっかりホラー要素がありますが、そんなに得意でもない私でも十分クリアできたので、苦手な方でも物語を楽しめる範囲でしょう。


本作の物語は、主人公の高月秋乃が謎の少女から「近くの石碑に来て」という電話を受けるところから始まります。不審に思ったもののその声にどこか聞き覚えがあるようにも感じた秋乃は、指示通り石碑に向かいます。そこで何かを埋めた跡を発見した秋乃は掘り返してみると、なんと先ほど電話をかけてきたと思しい少女の遺体が埋まっているのだった…。
さらに電話で謎の男から、少女の名前は帷(とばり)ということを聞き、また帷の遺体を持って家に来いと要求される秋乃。困惑しながらも指示に従って男の家に行くと、なんと目を離した隙に帷が動き出した。さらには家の中に散在していた帷の日記らしきメモ。男に監禁されていたと読めるそのメモの内容に、秋乃は帷を救うことを決意する。

このあたりまでが本作の導入部分と言えるでしょう。帷はなぜ男の家にいたのか、そもそも何者なのかといったあたりは物語の大切なテーマとなります。
本作ではそれ以外に、"戸隠桂馬"という作家の人物像や、その作品たちも非常に大きな役割を果たします。彼はどうやって作品を書いていたのか、帷とはどういう関係なのかというあたりが物語中盤以降の肝となってくるでしょう。


概要の説明はこのあたりにしておいて、本作をプレイした感想としてまず思うのは、雰囲気などの演出が優れているなというところです。冒頭の、秋乃が石碑のところに向かう場面。山道を歩いていくのがオープニングムービーを兼ねるような演出となっており、単純ながら面白い手法だなと感じました。イラストもすごくかわいらしいですね。土の中に埋まっていたはずの帷ですが、どこか美しいと感じられるスチル。動き出してからの寡黙なキャラクター性も謎に包まれた感じを出していてストーリーに合っていたと思います。
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その他でいうと、メモの中で足音が迫ってくる場面。帷のメモがそのまま秋乃たちの世界に影響してコツ、コツと得体の知れない足音が迫ってくるのが上手かったと思います。その後はそのまま探索ホラー定番の追いかけっことなるのですが、狭い場所で切り返して脱出する必要があり結構難しいです。その他にも何度か追いかけっこのシーンがありますが、当然どれも一発ミスれば死亡の上追手の速度も速いので、そこに来るまでの探索中にしっかりとマップの通路を把握しておかないと逃げきれないでしょう。頻繁なセーブで自衛しましょう。
また、終盤の病院で患者たちを避けるところもかなり難しかったです。ちょっと観察すれば、簡単な行動パターンをしていることがわかるので、落ち着いて安全なルートを考察し出口に向かいましょう。


さて、本作の特徴的な要素として、ストーリー中の多くの場面で見ることのできる"フェイスチャット"があります。進行フラグを進めるとよく左下に、その場面のタイトルっぽかったり、人物の感想っぽかったりするテキストが表示されます。私は初回プレイでは、フラグが進行したことを示したり、行動指針のための親切な設計なのかなと思っていたのですが、後からそこをクリックできることに気付きました。吹き出しアイコンをクリック、あるいはキーボードのC押下でちょっとした会話を見ることができます。なかなか面白い仕掛けですが、いかんせん気付きにくい。readmeにもこの機能の紹介は一応あるのですが、イベントの発生のさせ方が書いていなかったのでスルーしちゃってました。というわけで皆さんは見逃さないようにしてくださいね。


本作において様々な怪奇現象やホラー的要素が現れる原因としては、"小説を書く者の恨み"のような部分があります。ファンレターはたくさん来るが、その中にはどれ一つとっても作家である自分を理解してくれる内容はない。こうした状況がまた孤独感を強めたとも読めます。なるほどと思いますし、本作における帷の悲劇性をよく表しているなとも感じるのですが、同時にゲームの作者もこうした感情を持つことがあるのだろうかと少しだけ気になりました。私は小説ではありませんが、ゲームについてこうして感想やレビューを書いているのであまり他人事ともいえないですね。もし私が書いた内容が作者の意図からして的外れだったとしても、そう感じる人もいるんだなあくらいに思ってもらえたらうれしいです。


脱線はこのくらいにしておいて、本作の重要な登場人物は他にも、秋乃の親戚(はとこ)の朱莉と、その友人の千歳がいます。彼女らもキャラクターが立っていて、フェイスチャットの会話の幅が広がり良いですね。さらに終盤では彼女らの友情、過去といったところに帷が干渉していきます。この展開については、なぜ帷は朱莉にも手を加えるのだろうという疑問が先立ってしまいます。帷が秋乃にこだわる理由については納得感もあったし、良い話だなと思えたのですが朱莉と千歳の過去も知っているとなるとこれは単なる超能力ではないかと感じてしまいます。秋乃については(中盤くらいで見当がつくと思いますが)プレイヤーにしっかりと因果関係が見えて気持ち良いです。私はやっぱり、ゲームの中といえどなんでそうなるか全くわからない理不尽な部分はあまり好きになれないみたいです(そのシュールさが逆に笑えるコメディなら別なのですが)。


といろいろ書きましたが、エンディングがとても綺麗で、冒頭部分の秋乃の行動が回収されていたので(私はそれまですっかり忘れていました)、読後感もすっきり良好な作品です。きちんと理解者に出会えてよかったですね。

それでは。

こんにちは。今回は皐月の夢さんの新作「ミライカガミ」をご紹介します。

(2023/6/20追記:現在、本作品のフリー版は公開を終了しています。追加シナリオ、スチルの入った製品版が公開中です)


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ジャンル:サスペンスアドベンチャーゲーム(ちょっぴり陰鬱)
プレイ時間:1時間半、フルコンプで2時間強
分岐:Bad3、Happy1
ツール:WOLF RPGエディター
リリース:2022/1


まずは本作のあらすじを軽くまとめておきましょう。
柊イツキと有明アカネは高校2年生。ともに吹奏楽部へ入っており親友でもある彼女らは、進路に関する雑談をしたりする中で、10年後の夢を見られるというおまじないを試すという話になる。信じてはいなかったイツキだが、夢の中で本当に自分が10年後の自分になっていることに気付く。しかしなぜか見知らぬ男と手錠につながれ、燃え盛る倉庫の中に倒れているという恐ろしい状況。もう2度とおまじないを試すことはないと思うイツキであったが、なんとアカネの見た10年後は棺桶の中だったという。アカネの死を阻止するべく、イツキは再び10年後の世界へ行って事件の真相を突き止めることを誓うのだった…。

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ちょっと長くなりましたがこんなところでしょう。本作のタイトルとなっている「ミライカガミ」は、この10年後の夢を見られるというおまじないのことです。手鏡に口紅で名前を書いて枕の下に入れておくと、自分の10年後の夢が見られるという都市伝説風のおまじないです。ホラーの導入としてもすごくよくありそうな内容ですが、本作はホラー要素はほとんどありません。しかし、"ホラー風"の演出は所々に仕掛けられており、本作の面白いところの1つでしょう。タクシーの運転手の話とか、めちゃくちゃホラーっぽいのに直後に脱力系のオチがあってめちゃくちゃ意外でした。
また、調査の最終局面では暗い室内を探索する場面があります。ここではホラー的ギミックもありますが、これも苦手な人にも問題なくプレイできる範囲でしょう。しかもこのギミックが物語の進行にかかわっており良いですね。

また、本作では登場人物のキャラクター性や背景などがきちんと描かれているのも良いですね。最初の夢の時点ではさっぱり正体の分からない謎の人物であった灰谷ムツミ。イツキのことを知っている風だけれども別に未来の友人とは思えない態度には、最初のうちはコイツ誰だよと感じますが、居酒屋調査でのいたずらだったり、メロンパンのエピソードだったりといったものが挟まっていくうちに親近感の持てるキャラクターになっていきます。イツキの依頼を受けて調査に付き合ってくれる理由が語られるシーンなどはおおっと思いました。
その他にも、被害者であるアカネ、吹奏楽部の先輩でアカネと付き合っているイオリ先輩、先輩と以前に付き合っていたらしいミナコ先輩なども魅力的に描けており、イツキが現在時間での彼らとの交流から10年後の世界で調査を頑張るエネルギーをもらう様子も納得感のあるものでした。

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さて、無視するわけにはいかない事件の捜査パートのお話です。
現在と10年後を行き来しながら情報を仕入れ、真相解明に向かうというのは先に述べたとおりです。この捜査パート、難易度という面では高くありません。特定の場所を調べたり、簡単な暗号を解いて鍵を開けたりすることでフラグが進行します。Bad End1、Bad End2の分岐に関しても、かなりわかりやすいと思います。詰まった場合でもreadmeに攻略ページへのリンクがあるので安心です。
また、夢(10年後)の世界と現在の世界の2つを交互に探索し調査するという仕組みのため、情報が次第に手に入ってきて真相に次第に近づいていくという演出に関して、とてもよくできていると感じました。
そしてBad End3とHappy Endの分岐ですが、ここはきちんと探索をしておかなくてはなりません(とはいっても難しくはありませんが)。主にムツミさんに指示を受けて調査する夢の世界ではなく、イツキ自身が動いて立てるフラグがHappy Endへのカギを握っているため、自らの手で未来を切り開いたという達成感を得ることができるでしょう。ちなみにその反面、3つのBad Endはどれも救いのない内容です。特にBad End3は落差があるのでわりとショックでした。


というわけで今回は「ミライカガミ」でした。最後のシーンのムツミさんがかっこいいのとアカネの貢献が素晴らしかった(時差をうまく活用してますね)のでぜひHappy End回収までプレイしてみてください。ちなみに、作者さんの前作「親愛なる○○へ」がプレイ済みだとにやりとできる場面多数です。陸と陽介が仲良さそうなのを見ると、良かったな~という気持ちになります。また、現在と10年後と言いながら、生年月日の設定を見る限り2022年なのは10年後の世界のようです。でないと"事故物件"も時効ですね。

それでは。

今回は、ペットボトルココアさんの夏ゆめ彼方をご紹介します。
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オススメ!
ジャンル:夢を追い求める熱い青春ノベルゲーム
プレイ時間:2時間半
分岐:1か所あり。メインルートとサブルートに分岐
ツール:吉里吉里
リリース:2017/9


いやあ、本作は凄いです。ノベルゲームとの出会いという思い出補正の強いむきりょくかん。さんの作品を除くと多分本作が一番強く印象に残っています。というわけで、今回は長くなります。

本作のあらすじを簡単にまとめると、こんな感じです。

主人公の桂一は天才将棋棋士の父を持つ小学生で、自身も小学生名人戦優勝などの実績があり、神童と呼ばれ将来を期待されていた。しかし憧れの父は病に侵され、ついには名人を獲るという夢を果たせぬまま亡くなってしまい、桂一自身もそれを機に将棋とは疎遠になってしまう。毎日を無為に過ごしていたある日神社の裏山で出会った自称神様の少女"杏"との出会いをきっかけに、プロになり、そして名人になるという忘れていた夢を取り戻していく……

本作がすごいのは、この夢への想いの描き方が半端ではないことです。これほどまでに天才の努力や葛藤をまっすぐに表現した作品は初めてみました。桂一は天才とはいえ、当然ながらすべてが順調に進むわけではない。理想と現実の間で思い悩むリアルな描写の説得力が、私をこの物語に引き込んで放しませんでした。
天才が主人公の作品って、往々にしてやたらと冷静だったり超合理主義だったりして人間味が無いように感じられることも多いのですが、本作の桂一はいい意味で人間味にあふれ、泥臭い努力を重ねていきます。そんな熱心さが、読者を感情移入させるにあたっての強力な武器となっているように感じます。
私は、ゲームには感情移入しやすいというメリットがあると考えています。物語を紡ぐにはべつにノベルゲームという媒体にこだわる必要はなく、小説やアニメ、ドラマといった手法もあります。それらに比べてゲームでは必ずプレイヤー(読者)の操作が必要となり、その分主人公の行動や考えを自分に重ね合わせてストーリーを楽しむことができます。本作ではそうしたゲームの強みをさらに生かしているのではないでしょうか。

そんな本作ですが、前半部分ではそれほど夢に関して踏み込んだ描写はありません。何しろ桂一は完全に将棋をやめてしまっている状態からのスタートですからね。特に何をする気のないまま妹の晴香に振り回されてやってきた神社の裏山で杏と出会う。この杏がねえ、魅力的なんですよ。少女のような見た目をしていながら将棋がめちゃくちゃ強い。桂一を将棋でいじめたり、毒舌で唸らせたりしますが、将棋に関してきちんと助言をくれますし、それどころか学校になじめない桂一をクラスメートの大悟と友達になれるよう気遣ってくれたりします。立ち絵も可愛らしいしね。欲を言うともうすこしスチルが欲しかったでしょうか。

物語前半の描写は、コメディチックな部分も多いです。大悟たちはしっかり小学生らしくて微笑ましいですし、杏の毒舌にやり込められる桂一の様子とかも良い。私が好きなのは、「友達をなくす将棋」のところです。(注:形勢が相当に傾いた局面で、普通に相手の王様を攻めても勝てるのに、杏のように守り重視の手を指して相手に一切の逆転の望みを持たせないような棋風を俗にそう呼びます)

「『友達をなくす将棋』と思うたか?」
「でも、友達がいないのは桂一のほうでした。めでたしめでたし」
(舌鋒は攻めの棋風である。)

という軽快なやり取りについ笑ってしまいます。
ところで、舌鋒とか普通の小学生が使う語彙じゃないですよね。桂一は頭がいいという設定なのでまあわからんでもないですが、「全身が瘧のように震える」とかはさすがに…と感じました。読めなかったので調べましたし。

そんな笑いのあるシナリオですが、将棋を指すシーンの面白さもまた特筆に値するでしょう。私がこの作品を最初に読んだときは、将棋についてはほとんど知識がありませんでした。駒の動かし方とルールくらいは知っているけど戦略は何も知らない、藤井聡太さんが連勝記録を打ち立てて話題になったのは知っているけどその他の将棋棋士は羽生さんくらいしか知らないというレベルです。そんな状態でもしっかり戦況が分かるような解説が入ります。将棋を知らなくても決して暇にならないのです。父の棋風を受け継いで攻めっ気たっぷりな桂一と、受け潰しの棋風で決して勝ちを焦らない杏の対比も効いて、分からないなりにも盤上で熱烈なドラマが繰り広げられていることを理解できます。すると、自宅で棋譜を振り返って研究する桂一の気持ちもなんとなくわかってきます。そして翌日研究内容を頭に入れて再度杏に挑む。その繰り返しだけで本当に面白いんです。四間飛車とか早石田とか、急戦矢倉とかの具体的な戦型が出てきますが、様々な作戦がありそれぞれに特徴があるという事がしっかり分かるように語られるので、普通に読む分ではこれだけで十分です(赤野流っていうのは横歩取り青野流のことですよね?なんでこれだけ実在の名前と変えたんだろう)

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上の画像くらい専門的なやり取りもありますが、様々な定跡が研究され続け、多様な駆け引きが行われているということが分かれば物語は十分に楽しめます。むしろ、本作において将棋が単なる味付けではなくがっつりと描写されることによって、より桂一の挑戦の真剣さが前面に押し出され、私はそれに夢中になりました。

私は趣味で囲碁をやっているのですが(アマ三~四段くらいです)、将棋には触れたことのなかったので、本作に出会ったことを1つのきっかけにして昨年将棋を始めました。現在初段あるかないかといったレベルですが、ある程度将棋が分かるようになってから本作を再読すると、前は分からなかった箇所が分かるようになっており、感動の幅が広がりました。特に第1部最後の対局ですね。
「詰めろ」を掛けられた状態でどう指し手が制限されるか、「1手を争う終盤戦」とはどういうことかを自分が将棋を指すうえで実感していると、同じテキストから得られる情報量が桁違いになります。
ちなみに、この対局にはモデルとなった実際の対局があるようです。
ややネタバレ、特に将棋に詳しい方は注意。クリックで展開それは、第60期王座戦5番勝負の第4局です。こちらから棋譜が読めるので将棋が分かる方はぜひ参照しながら該当シーンを読んでみてください。桂一が度肝を抜かれ、人間業でないと評した奇手から終局までの流れ。これが実際のタイトル戦で現れた羽生二冠(当時)の伝説の妙手だったと知ると、また新たな感動があります。作内での戦況や着手の解説も、ここのことを言っていたのかと納得できるでしょう。
将棋の内容以外の面でも、「この興奮。この充実感。これを味わうために……僕は将棋を指しているんだ。」というような一言が胸に突き刺さるようになりました。

また、本作には1か所選択肢があり、それによって杏ルートと歌音ルートに分岐します。メインの杏ルートでは桂一は将棋一直線。叶えたい夢が大きい分、リスクも大きくなります。こちらのルートでは「将棋なんてやらなきゃ良かった!」と後悔するシーンがあります。歌音ルートはまさにこの将棋の名人を目指さなかった場合のIFルートと思うことができるでしょう。誰もが桂一のように大きな夢に向かって進んでいけるわけではありません。もっと身近な幸せを目指す歌音ルートが用意されていることで、ホッとすることができました。

総じて非常に面白い作品だと思うので、未読の方はぜひプレイしてみてください。
桂一と一緒に将棋に夢中になり、挫折し、それでも非情な現実に立ち向かわなければならない、そんな激動の人生を追体験して最後には温かい気持ちになれること間違いなしです。

ちなみに全然本質的ではないですが、本作に関して一つだけ物申したい点があります。
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ふりーむさん!! いくらテーマが将棋だとしても、「囲碁・将棋ゲーム」のジャンルに本作が含まれるのはおかしくないですか!!! 明らかに浮いてますよ!
(ふりーむのジャンル分けは作者による分類ではなくふりーむ運営による分類だったはず)

以上です。それでは。

こんにちは。今回は、コトリノスさんのMimicをご紹介します。

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ジャンル:可愛い系脱出ゲーム
プレイ時間:私の初見ノーヒントプレイで脱出まで1時間半ほど
分岐:なし
ツール:Unity(ブラウザ・iPhone・Android版あり)
リリース:2021/3


今回ご紹介する「Mimic」は本格脱出ゲームです。操作はいたってシンプル。マウスクリックのみです。ドラッグやキーボード操作不要・PCでもスマホでもプレイ可とお手軽ながら、中身はしっかりとボリュームとクオリティを両立させた作品となっています。

脱出ゲームで何より大事なのは、部屋に仕込まれた謎を解いたときの快感ですよね。分からないなあと悩むのも楽しいですが、ずっと分からないままでは次第にイライラしてきて、最後には投げてしまいます。私自身、脱出系の謎解きはそれほど得意ではないので、これまでプレイした数多くの脱出ゲームの中には、途中でにっちもさっちもいかなくなり諦めたり、攻略サイトに手を出したりしたものもいくつもあります。
しかし本作を作られたコトリノスの作品群は、ちょうどよい難易度に収まっていて解けた時の快感を味わいやすいです。「そんなの分かるか!」と言いたくなるような理不尽・意地悪な展開は滅多にないし、やけにクリックポイントが小さいアイテム探しや、画面の見にくさで難易度をあげるような部分も一切なく、プレイしていてほとんどストレスがありません。一度済んだ謎解きが再度要求されるようなこともなく、いろいろな面で直感に沿った構成になっているのです。もちろん簡単すぎるわけではなく、与えられたヒントを十分に観察し、関連しそうなアイテムが無いか部屋中を探索していく必要があります。
本作でうまいなと感じたのは、脱出間際の最後の謎です。実はプレイ中盤くらいでその形に気付いたとき、「こういうデザインなのか~おしゃれだな」などと思っていたのですが、進行上意味のあるデザインだったことに気付かされ感嘆しました。あとは魚の絵ですね。それを見た時、当然ながら似た形や配置のものを探したわけですが全然見つからず、絵とにらめっこしていたらふとひらめいたときの驚きと、検証してその通りだった時のしてやったりという気持ちは脱出ゲームの醍醐味でしょう。


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そして本作の特徴といえば、グラフィックが可愛らしいところでしょう。作者さんの他の作品はどちらかというとスタイリッシュなデザインだったりシンプルな内装だったりというイメージがあるのですが、本作では色鉛筆画のような優しい絵柄がまず目を引きます。そして画面下にいつもいる謎の小動物。今回は彼が脱出の主人公なのです。彼が閉じ込められるとはどういう状況だったのか、またタイトルの意味なんかも脱出すると分かります。
ちなみに脱出に使うアイテムの中にも、ぬいぐるみ(?)があってなかなか癒しを与えてくれます。この猫のぬいぐるみにもまさかの機能があるので、拾ったアイテムはしっかり詳細画面で調べましょう。本作は所持しているアイテムが自動で使用されるシステムではないので、ここに使えそうかなと思ったらどんどん試していくという姿勢も大事です。
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ちなみに私はブラウザでプレイしましたが、スマホアプリ版では高画質な上ヒント機能も使用可能なようです。ノーヒントでは行き詰まりそうという方はスマホで試すといいかもしれません。

というわけで今回はMimicをご紹介しました。しっかりと骨がありながらも気持ちよく解ける脱出ゲーム、ぜひプレイしてみてください。

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